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2021.11.24

令和3年度第6回講義:田中 真由美さん(H5卒)「日米の損害保険業界とCPCU取得—“よい選択”のために必要なこと」

講義概要(11月24日)

 

○講師:田中 真由美氏(平成5年商学部商学科卒/株式会社甲南保険センター取締役)

 

○題目:「日米の損害保険業界とCPCU取得—“よい選択”のために必要なこと」

 

○内容:

私が就職をした1993年は、まだ女性の総合職が珍しかった時代。初の女性営業職として大阪の損害保険代理店に就職した私は、損保の世界でキャリアを積みながら、アメリカでの研修も重ね、自分なりの仕事観を作ってきた。日米の損害保険業界の比較や、思いがけないチャンスでつかんだCPCU資格をめぐる話を通して、人生を拓くより良い選択をするためのヒントを伝えたい。

 

 

チャンスの神様の前髪をつかむために大切なこと

 

 

田中 真由美氏(平成5年商学部商学科卒/株式会社甲南保険センター取締役)

 

 

 

 

損害保険代理店の世界

 

 

私は1993年に商学部商学科を卒業して、株式会社甲南保険センターという、大阪に本社のある保険代理店に就職しました。現在までずっと勤務しています。当社では損害保険も生命保険も両方取り扱っていますが、業務体系や売上は損害保険によるところが大きくなっていますので、今日は損害保険、そして特に企業リスクのことを中心にお話しします。

この講義を受けてくださっている方は1年生が多いとのことなので、基本的な説明から始めましょう。

 

保険代理店は、保険会社と委託契約を結んで、その代理人としてお客さまと保険契約を結びます。代理店にとって保険会社は、保険商品のメーカーのような存在です。

当社のような保険代理店は、保険会社と保険代理店委託契約を結び、その保険会社の損害保険商品や生命保険商品を販売します。

保険の販売を専業とする代理店を「専業代理店」。ほかの業種もあわせて営んでいるところは「兼業代理店」と呼びます。例えば自動車保険も扱っているカーディーラーは兼業代理店ですね。

さらに代理店には、1社の保険会社とだけ契約をしている「専属代理店」と、複数の保険会社の商品を扱う「乗合代理店」があります。顧客第一主義を掲げる当社ですが、その姿勢を貫くことができるのは、独立した「乗合代理店」であるからです。お客さまのために、いろいろな保険会社の商品の中から最適なものを組み合わせてリスクに適した補償をご提案することができます。当社は、内外20数社の保険会社の商品を扱うことができる専業乗合代理店です。

また大企業が自社グループのために子会社として保険代理店をつくる場合、これを「機関代理店」と呼びます。

 

日本の損害保険の代理店の数はどのくらいあると思いますか?

専業および兼業代理店の合計の数字は、1996年度に623741店ありました。これが2020年度には165185店に減少しています。一方で保険募集に従事する人数は、 1996年に1181865人でしたが、2020年度には204486人に増えています 。

保険募集従事者の増加は、2001年に銀行窓販が解禁されたことによって銀行員が保険募集従事者になったことの影響や、昨今の代理店の大型化によるものといわれています。

2018年におけるアメリカの生損保合わせた保険代理店・ブローカーの雇用者数は、約825000人です。日本の保険募集従事者に比べかなり少ないですね。

 

保険の販売チャネルとしては代理店のほかに保険ブローカーがあります。

保険代理店が保険会社の代理人として保険を販売するのに対して、保険ブローカーは、お客さまから委託を受けて保険会社との媒介役となり、お客さまのリスクに合った保険を保険会社との交渉により引き出して、保険会社との契約締結をサポートします。

 

 

 

リスクマネジメントとは

 

 

当社が業界に先駆けて経営の柱のひとつとしてきた「リスクマネジメント」についてお話しします。

リスクマネジメントとは、企業の経営(あるいは個人の生活)における顕在・潜在するリスクを洗い出しながら分析・評価して、損害発生を予防するための対策を講じることで事業の継続を確保する手法です。不測の事態が起こったときには、その損失を最小限にするなど、事後対策を効果的・効率的に行います。企業経営には絶対に欠かすことのできない重要なもので、次の5つのステップにより実施されます。

 

1. リスクの発見・確認
2. リスクの分析・評価
3. リスクの処理・選択
4. 選択したリスク処理の実行
5. 検証

 

「リスクの分析・評価」のステップでリスクを可視化する際には、リスクマッピングを作成します。企業が被るリスクをめぐって、発生規模を縦軸、発生頻度を横軸のマップに配置していくのです。例えば百年単位の時間で起こるような大地震・大津波はマップの左上に。発生頻度が高く、損害額が小さい商品の盗難などは右下に配置されます。

 

「リスクの処理・選択」では、「リスクの分析・評価」で得た、その規模や発生頻度などのリスクの性質に応じて、被(こうむ)る可能性のある損害を緩和・軽減したり、排除・消滅されたりする事前のリスク処理手段である「リスクコントロール」や、損害が発生した場合の資金手当てである「リスクファイナンシング」による適切なリスク処理を行います。

リスクコントロールでは、例えばある企業が新規出店を検討している場合、そのエリアの犯罪率が高くて万引きや放火のリスクが非常に高ければ、出店しないといった判断もあるでしょう。これは「回避 avoidance」に該当します。

万引き防止のために防犯カメラを設置したり、放火防止のために可燃物を店舗の周りに置かないといった対策は、「損害の防止 loss prevention」に当たります。火災警報器やスプリンクラーを設置するのは、「損害の軽減 loss reduction」に該当します。

またその店舗のバックヤードに在庫を最小限しか置かず、安全なエリアの倉庫に保管する、といった対策をとることもあるでしょう。これは「分散 separation」。バックアップをとったりスペアやコピーをもつこともリスクコントロールのひとつで、これを「複製 duplication」といいます。

「多様化 diversification」は、分散 Separationや複製 Duplicationに似ていますが、事業としてのリスクコントロールの際に行われます。例えば1つの地域だけでなく2つの地域に出店したり、インターネット販売を同時に行うなど、多様な事業形態を選択するわけです。

 

技術的、あるいは経済的にリスクの全てを排除することは難しいとされています。

リスクコントロールでも対処しきれず残ったリスクは、自社で保有するか、他者へ移転することになります。

自社でリスクを保有するというのは、損害額が小さく経営に影響がない場合に適した損害の費用処理と言われています。

他者への移転ですが、最も広く普及しているのは保険です。保険は、リスクファイナンシングのひとつで、発生頻度額が低く損害額が大きいリスクに適した処理と言われています。保険以外のリスク移転では、商取引の契約書に、今後起きうるリスクについての責任を相手に負担させる、ホールドハームレスといわれる免責条項があります。そうして自社のリスク負担を削減するのです。リスクファイナンシングには、保険のほかにリスクの証券化、デリバティブなど、金融マーケットに移転させる方法もあります。

このようにリスクをハンドリングして、乗り合い代理店のインデペンデントな立場を最大限に活用した最善で最良のリスクカバープログラムを提供することが、当社の使命であると考えています。私たちはそのことを通じて、お客さまの事業の継続と発展に寄与しています。

 

 

 

日米の保険業界を比べてみれば

 

 

日米の保険会社を比較してみましょう。

損害保険会社は、日本では54社ですが、アメリカでは2507社。生命保険会社は、日本の42社に対してアメリカでは841社あります(日本の数字は20216月、アメリカは2018年末)。日本の保険会社は内閣総理大臣の免許を受けた企業ですが、アメリカでは州単位の免許になります。

 

保険会社には元受保険会社と再保会社があり、両方行っている保険会社と、片方だけを行っている保険会社があります。先に述べた保険会社の数には再保険会社も含まれています。元受保険会社は、代理店やブローカー経由、あるいは自らの保険募集を通じて契約者と保険契約を締結して、保険料を受け取ります。元受保険会社が契約の責任を全部引き受けることもありますが、保険責任の一部または全部を他の保険会社に転嫁することがあります。これを再保険といいます。再保険会社は、元受け保険会社の保険会社になります。

損害保険会社には、保険契約者に万一の損害が起こった場合に、補償を提供する使命があります。そのためには、つねに安定した経営を行わなければなりません。しかしあまりにも大きな事故や自然災害が起こったときには、巨額の保険金支払が経営を揺るがせてしまう事態になりかねません。

そこで損害保険会社は、巨額の保険金支払いに見舞われた場合に備えて、引き受けた保険契約上の責任の一部、または全部を他の保険会社に引き受けてもらいます。これを引き受けるのが、再保険会社です。

アメリカで、保険を供給するチャネルはその他にもあります。

ひとつは、サープラス・ライン・ブローカーと呼ばれる、州免許のある保険会社の受け皿としての役割を担うブローカーです。サープラスとは、過剰・余剰の意味です。例えば、自動車事故を繰り返しているために州免許を受けた保険会社から自動車保険契約を拒絶された人は、このブローカーを通じて保険に入ることができます。その分、保険料が高額だったり高額な免責金額が設定されています。

もうひとつは、MGA(Managing General Agent)という、保険の卸売りです。

MGAは、エージェントやブローカーと保険会社の間に立って卸売りに携わります。MGAを使うことによって保険会社は、自らの業務の一部の代行によるコストの削減や、特定の専門分野の保険プログラムを提供できる、といったメリットを享受できます。

 

 

 

初の女性営業社員として

 

 

私が卒業した1993年はいわゆるバブルが崩壊し始め、年々就職活動が厳しくなっていった時期です。1985年に男女雇用機会均等法が制定されて、雇用には男女均等の機会が提供されるようになりました。でも、現実はやはりそうはいきません。男子は総合職、女子は事務職、という線引きがまだ一般の認識でした。男子といっしょに面接を受けても、担当者が向ける熱量が、男女では明らかに違うように感じました。

 

当社のかつての採用担当者は北大OBだったこともあって北海道での採用活動に力が入っていて、「わが社は1932年創業で伝統と実績がある代理店だ。アメリカでは保険会社よりも大きな保険代理店があり、我々はそうした世界を見すえている少数精鋭の集団なのだ」と、夢を語ると天下一品でした。

確かに、例えばアメリカのブローカーであるマーシュ・アンド・マクレナンは、世界100カ国以上で事業を展開して、年間収入総額は168億ドル、なんと18500億円にもなります(収入総額は取扱保険料ではなくフィーや手数料)。

 

そのリクルーターは、我々は保険会社に従属するのではなく、真に顧客のための保険サービスを提供するインデペンデントな企業であり、その姿勢を支えるのが高度な技能をもった社員と、優れたリスクマネジメント力なのだ、と力説しました。なるほど、こういう会社で働いてみたいな、と思いました。なんと純粋な学生だったのだろう、と思います(笑)。

早くに内定が出たことと、少数精鋭への憧れによって、私はこうして、それまで縁もゆかりもなかった大阪に暮らすことになりました。

 

入社当初は、こてこての関西弁が聞き取れなかったり、最初の女性営業職なのでまわりも私の扱いに戸惑っていたりと、ストレスが募る日々を過ごしました。少数精鋭のカッコ良い会社、というイメージが、入って気づけば夢の無いふつうの昭和っぽい会社でした。イメージと現実のギャップが生み出すジレンマを「リアリティショック」といい多くの人が経験するそうですが、まさに私もその一人でした。

自分は何をしたいのか。そのことを明確にせず安易に就職先を選択したことが原因の一つなのだと思います。これから何十年も働くかもしれない業界や会社を深く調べもせず、他人の言葉で勝手に想像して決めたのですから。

でも私はこの会社で働き続けました。いま振り返っても、モヤモヤをブレークスルーできた「これだ!」というきっかけは無かったように思います。もしかしたら葛藤の中でも現実を受け入れ、成果はどうあれ仕事には真面目に向き合い続けてきたことが、ゆるやかなブレークスルーになったのかもしれません。

 

継続は力なりと言いますが、目の前の事象に真剣に向き合い続けると、何かが形成されるのでしょう。周囲の目が変わっていき、そして認められ、自分を引き上げてくれるのだと思います。

大きな選択をするとき、たとえ熟慮の上の判断だとしても、その選択が間違っていたと後で思うことがあるかもしれません。しかし別の選択をしていた場合でも、思うような結果になっていたかどうかはわかりません。就職してすぐにグループ会社に出向になった同級生や、就職した会社が倒産した先輩、そして保険業界でいえば、私が社会人になったときには存在していた保険会社が今は合併により何社も消滅しています。初めから正しい選択ができる人は、世の中にそんなに多くないのかもしれません。

皆さんにはこれから、さまざまな紆余曲折があるでしょう。まずは目の前のことを受け入れ、とにかく一生懸命やってみることが必要なのだと思います。

その結果、改めて考え新たな選択をすることになるかもしれませんし、目の前のことをしながら新しい選択の機会に出会うかもしれません。

自分は何をしたいのか?どうなりたいのか?自分のことを良く知っていると良い選択ができると思います。そのためには日頃から自分とポジティブに対話して自分の特性を知り、それらと向き合うことが大切なのではないかと思います。

 

ギリシャ神話にカイロスというチャンスの神様がいることをご存じでしょうか?

チャンスの神様といわれる美少年の神で、前髪は長いのですが、後頭部が禿げていて、両足には翼が生えています。つまりカイロスは、チャンスが来たら迷わずすぐつかまえろ、という教えを告げる神なのです。ある日突然、足の速いカイロスが目の前に現れて、あなたの前を通り過ぎます。彼の後ろ髪を掴むことはできません。チャンスを掴むには、ここぞというときの瞬発力を生む、ふだんの心構えが必要なのです。

 

 

 

 

 

アメリカの同業者から受けた刺激

 

 

今までに5回のアメリカ研修に参加しました。初めてアメリカの研修に参加したのは20084月です。太平洋損害保険代理店研修、通称PIASと言われる研修でした。私が参加した年は損害保険を主に扱う代理店が全国から10社、主に代理店の店主が参加して、ロサンゼルスとサンフランシスコを中心に、現地の損害保険会社と代理店やブローカーを回りました。

何社か見学したところで、いっしょに参加した代理店経営をされている方が「アメリカの代理店も我々と同じだね」と言いました。ハッとしました。

はたから見るとキラキラした青い芝に見えても、実際にそこで働くと1時間程度の訪問では見えない泥臭いことや、ねちっこいこと、そしてマンネリがあるかもしれません。

 

その後、2014年、2015年、2016年そして2018年と4回、IIABA(The Independent Insurance Agents and Brokers of America・アメリカ独立エージェンツ&ブローカー協会)の日本支部であるIIABJが主催する米国研修に参加しました。

IIABAはアメリカ国内で25,000社ほどの会員企業をもち、日本やオーストラリア、イタリアなどに支部があります。会員である独立エージェンシーやブローカーに競争優位性を与えるために、情報や教育、オリジナル保険商品などのツール、そして提唱やサポートを提供します。米国研修は、ワシントンDCで開催されるIIABAの年次大会に日程を合わせて予定が組まれることがほとんどです。年次大会の朝食会はピンクやブルーの照明のなかで行われ、民主党と共和党の国会議員がひとりずつスピーチを行います。大会開催期間中には会員がロビー活動のため連邦議事堂へ訪問して、陳述や意見交換をします。

全米の独立エージェンシーやブローカーから参加する優秀なプロデューサーたちが集まり、とても活気があります。

 

大会ではさまざまな分科会が開催されますが、たまたま参加した、多様性をテーマにした分科会では、質疑応答の時間に手を挙げた方が、自分の意見だけを5分間くらい滔々と述べ、まわりが真剣に耳を傾けているようすを見ました。自己主張がしっかりしたアメリカのお国柄を実感させられました。

米国研修の一番の目的は、ベスト・プラクティス・エージェンシーへの訪問です。成長率や生産性、利益率、継続率、安定性の面で優れ、経営や業務慣行に秀でた優秀なエージェンシーとして、IIABAに選ばれた企業です。研修中5社程訪問します。

訪問先のエージェンシーやブローカーでは、長くても1時間半程度しか滞在できないのですが、スイーツやコーヒーが用意されていることが多くありました。ときには花が飾られていました。「おもてなし」は別に日本だけのものではなく、ベスト・プラクティスに選ばれている一流のエージェントたちは、誰に対しても常日頃からホスピタリティーをもっているのだと感動しました。

機能的なオフィスにも感心させられました。ペーパーレスが進んでいてキャビネットには書類がなく、一人一人パーティションがあって、3つのモニターを前に仕事をしています。インターネット動画を配信するための専用スタジオを設けているオフィスもありました。

 

日本でも最近見られるようになりましたが、2016年のころからアメリカでは健康と仕事のパフォーマンスのためスタンディングデスクを採用しているオフィスが多くありました。さらに上をいくオフィスでは、トレッドミル、いわゆるランニングマシンに乗りながらパソコンを使って仕事ができるようにしているところもありました。

福利厚生も充実していて、食堂にはコーヒーやドリンクが無料で提供されています。

無料のスナックを置いているオフィスもあります。食堂でのドリンクの無料提供は単に福利厚生の目的に留まらず、インフォーマルな社員の集まりが仕事の情報や知識の共有、チームとしてのモチベーションアップに繋がるように意図されているのだ、と思われました。

トレッドミルやウェイトマシンなどが置かれたトレーニングルームのあるオフィスからは、社員の健康は企業の大切なリソースだ、という理念が感じられました。

 

ベスト・プラクティス・エージェンシーは、特色や得意分野をもった経営をしているように思います。

移民が多い地域では、マイノリティーを対象としたマーケティングを展開しているエージェンシーが多いようです。あるベスト・プラクティス・エージェンシーでは、顧客の60%がマイノリティーで、スタッフも多国籍で6か国語に対応できるそうです。別のベスト・プラクティス・エージェンシーでは、移民に関するリスクカバーとしてオリジナルの送金保険を販売しているとのことでした。途上国からアメリカに渡った移民がふるさとへ仕送りすることがありますが、もしその移民が死亡したり大けがや失業によって送金不能になった場合、仕送りを頼りにしているふるさとの家族は大変困ったことになります。

このようなリスクを補償するのが送金保険です。移民の多いアメリカらしい保険ですね。

 

西海岸の成功しているベスト・プラクティス・エージェンシーでは、ピザチェーン店のリスクである、自動車リスク、財物リスク、賠償リスク、サイバーリスク、雇用リスクなどを包括的に補償する保険をPizzainsuranceを掛けたPizzsuranceとしてパッケージ化して、最新のテクノロジーを駆使して販売していました。

アメリカでは従業員個人の自動車をピザデリバリーに使うこともあり、その場合は従業員の免許の有効性やその車の車検や自動車保険の契約などを会社が管理しなければなりません。その管理も、Pizzasuranceのアプリで対応可能です。

 

施設賠償責任の代表的な事故として、店舗でお客さんが滑って転倒して傷害を負ってしまい、店が訴えられるといった例があります。アメリカでは「スリップ・アンド・フォール」と言われる、典型的な施設賠償リスクです。

日本でも近年、店舗内での転倒事故によって負傷したお客さんが店側に損害賠償を請求する訴えが増えており、野菜売り場の濡れた床や、レジの近くに落ちていたてんぷらのために転倒して負傷した、といったニュースを皆さんも耳にされたかもしれません。

生産物賠償責任リスクはPLリスクとも言われます。飲食店においては、食中毒や異物混入による身体障害が生産物賠償リスクの代表的なものとなっています。

 

アルコール賠償リスクは、アメリカ特有のリスクだと思いますが、ピザレストランに限らずアルコールを提供する飲食店では、州によって、不適切なアルコール提供があったとして飲食店が顧客から訴えられることがあります。例えば、お客さんが酩酊してケガをしたのはバーテンダーがアルコールを勧めたためだ、として訴えられるのです。法律は国や州によって大きく違いますから、賠償責任リスクを考えるときには注意が必要です。

米国研修で共通して感じたのは、「従業員教育の大切さ」、「多様性の重視」、「ホスピタリティー」、そして「テクノロジーによる効率化推進」です。

 

 

 

CPCUへの挑戦

 

 

チャンスの前髪を掴んだということでは、私にとってCPCUChartered Property Casualty Underwriter・米国認定損害保険士)の取得もそうでした。

CPCUとは、損害保険分野におけるアメリカの民間資格で、この分野の最高峰に位置づけられています。取得には2年の実務経験と、倫理のほか、8科目の試験に合格することが要件とされます。試験はもちろん英語です。アメリカ人の平均で取得に2〜3年かかると言われており、日本では現在およそ175名がこの資格を保有していますが、ほとんどが保険会社や大手ブローカーの社員です。私のような代理店所属の資格保有者は3名とごく少数です。受験方法や科目にもよりますが、私の場合、テキスト代と受験料の合計が円換算で7080万円かかりましたが、全て会社が負担してくれました。

 

きっかけは、ランチの席でした。

当社のグループ会社の社員で前職は外資系のブローカーに勤務していた人がランチの席で社長に、アメリカの保険業界ではCPCUの取得が推奨されいて、テキスト代から受験料、そして合格すれば毎年全米の各都市で開催される資格授与式の参加費や交通費、宿泊費、そしてボーナスまで会社から支給されるのですよ、と話しかけました。その上で、「自分もCPCUに挑戦したいので会社でサポートしてくれませんか」、と直訴しました。そのときたまたま私も同じテーブルにいたのです。

社長は、「ええよ。それで田中さんもどう?」、「合格したら特別ボーナスあげるよ」と言いました。

研修中に抱いていたCPCUへのほのかな憧れが、アメリカ研修のたびに痛感していた英語力の必要性と共によみがえりました。そして特別ボーナスを含めてとても魅力的なチャンスであることと、そのためには数年間仕事と勉強を両立しなければならないといったプレッシャーが同時に頭をよぎりました。でもせっかくのお話なので、快諾することにしました。

 

仕事に支障がないよう受験スケジュールを立てて、2017年秋に学習を始めました。

資格授与式の開催都市をチェックすると、2021年はフロリダ州のオーランドのディズニーリゾートです。うれしいことに、商大の卒業旅行でゼミの仲間と訪れた地でした。学習期間と授与式開催地を検討して、2021年のオーランドの授与式参加を目標に定めました。

社会人が勉強する場合、その時間を捻出するのは大変です。なんといっても仕事をおろそかにするわけにはいきません。私は長い社会人生活の中で自分が朝型であることを知っていましたから、平日は毎朝5時に起きて、出社前に30分、出社後始業までに20分、そして昼休みに1520分と、隙間時間を利用して勉強する習慣をつけました。そして計画通り今年(2021年)にCPCU資格を取得して、オーランドの資格授与式に参加する権利を獲得しました。しかし、残念ながらコロナ禍のため参加は叶いませんでした。

 

 

 

習慣が蓄積になる

 

 

早起きの習慣は現在も続いています。今は、早朝の時間をCPCUCFP(日本FP協会の資格)の継続学習や読書のために使っています。この講義の準備も、その時間で重ねました。

良い習慣として継続したことは蓄積され、年月を経て周囲との大きな差を生むことでしょう。でも、ことさら気合いを入れて心を奮い立たせて挑むのではなく、歯磨きをしないで寝るのが気持ち悪いように、毎日のルーティンにすることが継続のポイントだと思います。退職したら私は、仕事に関係のないジャンルの勉強をしてみたいと思っています。

 

損保総研という、日本の損害保険をめぐる教育研修や調査などを行っている公益財団法人があって、年1CPCU受験説明会も行っています。私は資格取得まであと一歩、残り1科目というタイミングでしたが、今年はオンラインだったので初めて参加して、合格者の体験談を聞くことができました。ひとりの方は、なんと1年間の集中勉強で合格したといいます。私の場合、まわりにロールモデルになる人もいなかったため、アメリカ人で平均23年要するのだから日本人の自分は4年で合格すれば上出来だと考えていたので、とても驚きました(CPCU受験を社長に談判した同僚は、理由があって勉強をやめてしまっていました)。もっと情報をしっかり集めていれば、と、私は就活のあとで感じたような後悔を少し覚えました。

 

今日のこの講義を聞いて、損害保険会社やCPCUについて、皆さんが少しでも興味をもってくださったら幸いです。もし損保業界に入ったなら、実務経験2年があればCPCUの取得資格を得ることができますので、ぜひチャレンジしてみてください。

 

できるだけ「良い選択」をするために私が心がけているのは、日ごろから自分の望むもの、譲れないもの、自分自身の癖や性質を知り、情報収集を行うこと。そして選択後は、現実を受け入れ、向き合っていくことです。

どんな選択でも100%の正解はありません。自分やまわりの環境は変わります。たとえ間違った選択でも経験になり、次はより良い選択ができるはず。人生は選択の連続であることを、自分に言い聞かせています。習慣と継続がもたらす糧は、選択の幅を広げてくれるでしょう。

人生100年時代になったと言われています。皆さんは、これから沢山の経験をしていくと思います。選択に迷ったときは、チャンスの神様の前髪を掴み損ねることがないよう、縁だと思って受け入れてみることも人生の幅を広げるのに役立つのではないでしょうか。

今日私がこの場でお話することができたのは、商大4年生で就職活動をしていたときの素敵な縁に導かれたものです。世間の狭さと縁の不思議さを感じます。経験は財産です。経験の積み重ねと自己認知が、次の選択をより良くするはずです。

 

 

 

 

<田中 真由美さんへの質問>担当教員より

 

 

Q この講義には1年生も多いので、「リスクファイナンシング」の考え方や手法についてもう少し説明していただけますか?

 

 

A はい。リスクファイナンシングとは、リスクを想定して企業が金銭的に備えたり、現実に被害が出たときに金銭的に対処したりすることです。それには、大きくいってふたつの方法があります。「保有」と「移転」です。

保有では、発生した損害を経常費処理したり、引当金や準備金を充てたり、あるいは借り入れを起こしたりと、自社で処理します。

移転とは第三者に損失を移転して発生する損害を負担してもらうことで、代表的なものが保険になります。損害保険の保険料は、企業の経費として処理できます。また、リスクを金融市場に移転する、証券化という手法もあります。詳しくは専門の講義でぜひ勉強してみてください。

 

 

 

Q スーパーマーケットの「安全配慮義務」をめぐる近年の「スリップ・アンド・フォール」の例を興味深く伺いました。こうしたことから、日本もアメリカのような訴訟社会になってきている、と説明できるのでしょうか。

 

 

A それは言えると思います。そしてもうひとつの面もあります。高齢化が進んで、こうした類の事故がさらに増えていくだろう、という側面です。

ニュースにもなっていましたが、レジ前に落ちていたカボチャの天ぷらを踏んで転倒して男性が負傷した事例では、店に賠償を命じた一審の東京地裁の判決は、高裁に控訴されると、原告側の請求を棄却する逆の判決が言い渡されました。サニーレタスから落ちた水で転んだ人が訴えた事例では、店側に賠償が命じられましたね。

それと、飲食業界での「安全配慮義務」をめぐる事例では、まず食中毒のリスクがあげられます。そして異物混入で歯が欠けたとか、服が汚れたので店を訴える、などということもあります。

 

 

 

Q アメリカと日本の保険業界を比較して、日本はまだこの部分は遅れているな、と感じるところはどんなところでしょうか?

 

 

A 講義でも触れましたが、まず保険会社の数が圧倒的に違いますし、商品もアメリカの方が多様です。お客さまのリスクに応じた補償プログラムを提案する際に、保険会社の引受体制や商品数において選択肢がずっと多いアメリカの状況を羨ましく思います。また日本では各社ごとに証券や書類のフォーマットが違いますが、アメリカでは合理的にほぼ統一されています。これは日本ではなかなか考えづらいことです。でも日本でもアメリカでも、代理店やブローカーはお客さまとそのリスクを良く知り、信頼していただける人間関係を作って営業活動を行っているという意味では、全く同じです。

 

 

 

<田中 真由美さんへの質問>学生より

 

 

Q 入社前と後でイメージのギャップが大きかったとおっしゃいましたが、どんなところでそれを感じましたか? そして、コロナ禍に直面しているも現在、働き方などはどのように変わっているのでしょうか?

 

 

A 少数精鋭企業と聞かされていたのでなんとなくドラマに出てくるような格好いいオフィスを想像していたのですが、事務の女性は地味な事務制服のようなファッションですし、昭和生まれの私が言うのもなんですが、まさに昭和の世界でした。いまも基本的にはそんなに変わっていませんが、私の方が慣れてしまいました(笑)。研修で行ったアメリカの保険会社のオフィスは機能的で洗練されてうて、憧れました。

働き方でいえば、当社は時間の長さよりも仕事の中味を重視しているので、コロナ禍のいまは事務職の社員は6時間半の勤務体制となっています。能率優先で合理的に働こうという社風が、コロナ禍でさらに進化しているといえます。

 

 

 

Q 自然災害の増加や高齢化など、社会の変化によって保険の役割はさらに重要になっているように思えます。これからの保険商品はどのように変わっていくでしょうか?

 

 

A テクノロジーやビジネスモデルの進化に伴って社会が直面するリスクも変化していますから、新たな保険商品が生まれていきます。このサイクルは変わらないでしょう。また気候変動によるリスクの脅威は高まっていて、損害保険の役割はますます重要なものになってくると思われます。新しいリスクとしては、アメリカではいま、サイバーリスクが高まっていて、サイバー保険の保険料の上昇と補償内容と引受の制限が行われています。サイバー保険とは、企業のコンピューターなどが不正アクセス攻撃を受けることよって被る損害を補償する保険です。

 

 

 

Q CPCUの資格を取ると、日本でどんなメリットがあるのでしょうか?

 

 

A CPCU(認定損害保険士)は、日本の一般の方にはほとんど知られていない資格だと思います。しかし保険の先進国であるアメリカの最高峰といわれる資格ですから、これを持っていることは保険やリスクマネジメントの高度なプロフェッショナルであることの証明になります。CPCU日本支部や損保総研では、取得者を増やそうと努力していますので今後は徐々に増えていくかもしれません。

一般的に資格取得は、その業界に関する知識をまんべんなく効率的に取得できるひとつの方法だと思います。保険業界において日本がアメリカから学んだことは多く、CPCU資格取得のために私が学んだことは、そのとき持っていた知識に加えて、将来得るだろう知識や経験と深く結びついて、これからの業務のさまざまな場面で役に立つと考えています。

 

 

 

Q 学生時代でいちばんの思い出となっているのはどんなことですか?

 

 

A 卒論の仕上げと卒業旅行を兼ねて、当時アメリカのデトロイトにいらした高田聡先生を訪ねたことです。先ほどふれましたが、その途中に、学友たちとフロリダ州オーランドにあるディズニーワールドまで足を伸ばしました。今年(2021年)のCPCUの年次総会がオーランドであったのですが、そのことが、今年受験しようと思った強い動機になりました(講義で触れたように、コロナ禍で泣く泣く参加を諦めたのですが)。

 

 

 

Q 学生がいま入っておくべき保険がありますか?

 

 

A 例えば「個人賠償責任保険」ですね。自動車保険や火災保険の特約として加入できます。大学の保険ですでに加入されているかもしれません。この保険では、日常生活で第三者の身体や財物に損害を与えた場合に、被保険者が負う法律上の損害賠償責任を補償します。例えば自転車に乗っていて歩行者に追突してケガをさせてしまったとか、マンションで洗濯中にホースが外れて階下に水漏れが起こり、階下の住人の家財に損害を与えてしまった場合など、広い範囲に補償が用意されています。

 

 

 

Q 保険業界はこれからどのように変わっていくと思われますか?

 

 

A 大きな流れのひとつは、やはりDXです。社内体制の変革とサービス提供における変革が両輪で進められています。AIの進化によってデータがさらに重要視されて、データドリブンのカルチャーへの志向が強まっていますから、データリテラシー教育を全社的に取り組む保険会社も見られます。DXによる価値の提供はまず個人の分野で開始されて、ユーザーは保険情報の収集や契約手続きをネットで簡単にできるようになっています。またテクノロジーの活用によって、引受困難なリスクや料率の算定が難しいリスクをはじめ、新しいマーケットに対する商品の提供がより柔軟になされていくと思います。

 

 

 

Q もし学生時代に戻れるなら、次はこういう学びをしてみたい、ということはありますか?

 

 

A 教科書や専門書を、もっと深く広く読み込んできちんと学びたいと思います。当時はやはり試験や単位のためだけに本を読んでいて、理解しようなんて思っていなかったので、テストが終わるとすぐに忘れました。今思えばもったいないことです。

 

 

 

Q 最後に先輩からのメッセージをいただけますか?

 

 

A 何かをしようと考えたら、まず幅広く情報を集めてください。インターネットやSNSを使いこなす皆さんなら身についた行動だと思いますが、ネットに限らない方法も意識してください。ロールモデルになる人や先達からの生の声を聞くことも大切だと思います。よりよい選択のためには、「自分の望むもの/譲れないもの」、そして「自分の癖や性格」を冷静に理解しすることも大事だと思います。

選択に100%の正解はありません。うまくいかない場合もあるでしょう。でも間違った選択をしても、経験として次の選択に活かせるとポジティブに考えてください。チャンスはいつ出会うかわかりません。いつも心構えを持って、チャンスだと思ったらその前髪をエイヤッとつかんでください。

 

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