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2021.11.17

令和3年度第5回講義:生巣 俊之さん(H1卒)「⽇本における⽔産業の現状」

講義概要(11月17日)

 

○講師:生巣 俊之氏(平成元年商学部商学科卒/日本水産株式会社 仙台支社食材営業課課長)

 

○題目:「⽇本における⽔産業の現状」

 

○内容:

1989年、私は水産業界に就職した。他の業界は好況にわいていたが、200海里水域制限や商業捕鯨の終焉などのあとで、当時の水産業界の動向は必ずしもそうではなかった。その後も含めて水産業界を取り巻く大きな変化は、そのまま世界経済や環境問題の動向に直結していく。講義では日本の水産業の歩みと現状を通して、社会経済のサスティナビリティやSDGsといった今日的な課題群も俯瞰しながら、進路選択のヒントを提供したい。

 

 

 

水産業の現場から世界が見える

 

 

生巣 俊之氏(平成元年商学部商学科卒/日本水産株式会社 仙台支社食材営業課課長)

 

 

 

 

そもそも水産業とは

 

今日は30年ぶりくらいに小樽と母校に帰ってきました。

小樽は、街並みは変わりましたが、まちが持っている佇まいのようなものはやはり変わっていないな、と感じました。学生時代の私はアメリカンフットボールに熱中しましたが、思い出す風景は、例えばグラウンドから見おろした、暗く冷たい冬が明けて明るい色に変わっていく、緑みを帯びた春の日本海です。

1989(平成元)年に卒業して、日本水産株式会社に就職しました。以来、仙台と東京で勤務し、現在は仙台支社で東北六県への水産食材と業務用食品のセールスを統括する仕事をしています。今日は、日本水産株式会社を通して、日本の水産業の歩みや現在についてお話しします。

 

皆さんは日本海に面したまちで学んでいるわけですが、魚が大好きで毎日食べている、という人はおそらく少ないと思います。日本人の魚介の消費量は減り続けています。ですからそもそも、という話からはじめます。

「漁業」と「水産業」の違いを知っているでしょうか。

漁業は、漁や養殖などで水産物を直接水揚げする営みです。水産業は、それに加えて魚貝類を加工したり保管、出荷して消費者に届けます。

漁業といっても、いくつか種類があります。まず、日本を遠く離れた公海上で行う「遠洋漁業」。これは底引き網(トロール)漁業がメインです。マグロのはえ縄漁やカツオの一本釣りなどもあります。

そして、23⽇で帰ることができる海域で、イワシ、サンマ、サバ、アジ、エビ、タコ、カニなどを獲る「沖合漁業」。それから、日帰りできる範囲で獲る「沿岸漁業」があります。沿岸漁業では、ほとんどが家族単位で経営されているのが実情です。

そしてもうひとつ。

これから何度も話題にしますが、陸に近い一定の海面の区間の中で行う「養殖業」があります。

 

日本の水産業はいま、いくつかの課題を抱えています。はじめにそこを頭にいれてください。

まず、ご多分に漏れず「高齢化」が進んでいます。農水省のデータでは、漁業従事者の平均年齢は56.9歳。そして「漁業協同組合の機能低下」。それから、いま言った「日本人の魚離れ」も大きな問題です。さらには、「漁業のサスティナビリティ」が強く求められている一方で、「資源の乱獲」や、温暖化による「海水温の上昇」があります。乱獲と温暖化、このふたつが近年の日本の漁獲量を押し下げています。また、中国や東南アジアが豊かになって魚食が盛んになり、海外から水産物を調達しづらくなる、「買い負け」の現状もあります。

こうした課題を意識しながら、話を進めます。

 

 

日本の水産業の歴史

 

実は日本水産と小樽商科大学には、誕生した年が1911(明治44)年という共通点があります。私にとっては、両者を結ぶ深い縁です。

この1911年、田村市郎という人物が下関で田村汽船漁業部を立ち上げ、イギリスで建造した湊丸によって、国司浩助らとトロール漁業を始めました。これが今日の日本水産の源流です。

湊丸は日本初のトロール船でした。トロール船とは、船を⾛らせながら網を引いて漁獲する漁法で、効率が良い反⾯、一度にたくさんの魚をまとめて獲るので、資源を乱暴に消費してしまいます。まさに近代の科学技術が生み出した漁法と言えますが、この一隻のトロール船が日本の近代漁業の扉を開けました。

 

田村漁業部は以後トロール船を作り、世界の漁場を目指します。

私たちの大先輩である小林多喜二の代表作に、カムチャッカ半島沖のカニ漁を舞台にした『蟹工船』があります。夏でも気温が10度を超えないという厳しい労働環境で必死に働く男たちと、彼らを使う水産会社の物語ですが、ともあれ北洋漁業は日本人の食生活を豊かにして、水産会社に巨額の利益をもたらしました。『蟹工船』は、水産史や労働史、あるいはイデオロギーからといろんな読み方ができる作品ですので、ぜひ読んでみてください。

 

1917(大正6)年、社名が日本水産株式会社となりました。

『蟹工船』は昭和初頭の話ですが、それから時代はアジア太平洋戦争へと流れを加速させます。1938(昭和13)年に国家総動員法が制定されると、各業界の統合が始まります。1942(昭和17)年9月、水産統制令で日本水産を分けて「日本海洋漁業統制(株)」と「帝国⽔産統制(株)」が設立され、日本水産は後者の帝国⽔産統制(株)に陸上の設備や工場、販売機能を譲渡します。これが、日本で初めて冷凍食品を作った、現在の株式会社ニチレイです。

ちなみに日本で最初に冷凍食品が事業化された土地は、道南の森町で、1920(大正9)年のことでした。

 

苦しかった戦争の時代が終わると、日本海洋漁業統制株式会社は、日本水産株式会社の名前をとりもどしますが、同時に業界再編も行われ、大手水産会社が、当社を含めて5社生まれます(ほかに大洋漁業、極洋捕鯨、日魯漁業、日本冷蔵)。

戦争は日本に途方もない被害をもたらしましたが、食糧生産で国に奉仕する(食糧報国)ことに全力をあげた当社の戦争被害もまた、甚大でした。保有船236隻(162,091トン)のうち、隻数で65%、トン数で83%が被害を受けたのです。それに伴って失われたおびただしい数の人命にも心が痛むばかりです。

 

日本の戦後復興のために、食料を担う水産業界はふたたび全力で取り組みます。語り継がれる事業を一つあげると、かつては当社の捕鯨船で、戦時中は輸送船に改装され、西太平洋のトラック島沖で米軍の攻撃を受けて座礁、沈没した第三図南丸の再生があります。この船は再び浮揚されて日本まで曳航され、播磨造船所(現・IHI)で大修理がおこなわれました。そしてまた南極海の捕鯨に使われたのです。日本の近代捕鯨史については今日は触れられませんが、興味のある方はぜひ調べてみてください。

 

北洋へ、南極海へと、遠洋漁業が再開されました。日本は次々に大型船を建造して、その母船を中心にした船団が組織されます。北洋では、缶詰工場や冷凍庫を装備した巨大な母船と、実際に漁を行う数十隻の漁船が船団を組みサケ・マスなどを獲りました。いまとまったくちがって魚やクジラがいる公海であればどこに出かけて、盛大に獲ることができた時代です。遠洋漁業の最適解は、他国の漁場で乱獲をして、⿂が減ったら別の場所に移るという、「焼き畑漁業」。中国をはじめとする当時の途上国は、まだ動力漁船を持っていなかったために、⽇本は公海自由の原則のメリットを一方的に享受することができたのです。

 

 

 

乱獲、そして温暖化。水産業を取り巻く課題

 

しかしそんな好都合な時代にも終わりはいきなりやってきます。いわゆる「200海里水域制限」の問題です。1970年代半ば以降、それぞれの国の岸から200海里(約370㎞)の中に、外国の船は勝手に入って漁をしてはいけないという国際的なルールが決まりました。各国が次々にルール設定を行い、遠洋漁業が難しくなっていきます。結果、自由に漁ができる公海の面積は大幅に減って、かつては漁船漁業全体の4割を占めていた遠洋漁業の⽣産量は、平成以降は1割にも満たなくなりました。日本は閉め出され、水産会社はたいへんな危機と直面することになります。日本の漁業は縮み始めます。

 

遠洋漁業、沖合漁業、沿岸漁業、そして海面養殖業を合わせた日本の水産業の生産量のピークは1984(昭和59)年で、1,282万トン。これが2016(平成28)年には436万トンにまで減り、なお少しずつ減少が続いています。遠洋漁業は各国の200海里の外で行うことで生き残りましたが、海域の面積が急減しましたし、沖合漁業も90年代に入って大きく減少しています。沖合漁業については、乱獲、つまり獲りすぎが指摘されています。その要因には漁法の進化もあるでしょう。沖合漁業では、網船、探索船兼灯船、運搬船が45隻で船団を組んで、「巻き網」という方法で効率良く魚を獲ります。

 

水産庁の調査では、1990年代半ば以降、日本周辺の水産資源の8割近くが乱獲で不安定な状態にあると考えられています。

具体的な魚種のデータを農水省の「海⾯漁業⽣産統計調査」で見てみましょう。北海道や東北、特に函館と八戸に加工業者が集積している「するめいか」は、1970年ころ70万トン近くあった年間の漁獲量が、現在は4.6万トン。

これも北海道と岩手や宮城が中心の「さんま」は、1960年ころに60万トン近くあったものが現在は2.9万トン。90年代半ばには32万トンほどあった「サケ・マス類」が、6.2万トンに。北海道が97%を占める「ほっけ」は、2000年ころに25万トン近くあったものが2015年ころには過去最低の1.7万トン。厳しい規制を掛けた結果2010年代後半にはほんの少し持ち直しましたが、回復には遠いでしょう。

日本でいちばんたくさん獲れる白身魚であるスケソウタラ(卵は明太子になります)は、1972年に約300万トンを記録しましたが、現在はその19分の1しか獲れません。

 

さてここまで漁獲が減ってきたことには、乱獲だけでは説明できない原因もあります。そうです、温暖化による海水温の上昇です。

日本近海の2019年までの100年間にわたる海域平均海⾯⽔温の上昇率は、+1.14℃。これは世界全体で平均した海⾯⽔温の上昇率(+0.55℃/100年)よりも⼤きく、⽇本の気温の上昇率(+1.24℃/100年)と同程度になります(気象庁地球環境・海洋部『海⾯⽔温の⻑期変化傾向(⽇本近海)』)。1℃ちょっとなら影響は小さいのでは、と思いがちですが、海洋生物にとって海水温1℃のちがいは、陸上での10℃もの違いに匹敵すると考えられているのです。その影響がどれほどのものか、容易に想像できますね。

 

 

 

 

次世代の養殖の取り組み

 

海が変わり、獲れる魚も変わってきた。その象徴的な例が、本来は南方系の魚で、水温が18℃以下では生きられないブリの漁獲が、北海道で増えていることです。2018年の農水省の数字(海⾯漁業⽣産統計調査)では、北海道で8,231トンのブリが獲れて、全国の8%もの量を占めています。ブリは養殖がとても盛んな魚種で、直近の数字では天然ブリが1,052千トン、養殖が1,371千トン(農水省・同調査)。

 

養殖には、ホタテなどの貝類やコンブなどの海藻類で行われる、人間がエサを与えない「無給餌養殖」と、ブリやタイなどの魚で行われる「給餌養殖」があり、日本では無給餌養殖が75%くらいを占めています。

沿岸漁業が大きく衰退する中で、海面養殖業は成⻑・安定で推移しています。中でも、全国的にはブリやマダイ、ギンザケの給餌養殖が伸びています。ブリの養殖は、九州や四国の太平洋側で盛んです。

私がいる宮城県では、ギンザケの養殖が盛んで、9割近い全国シェアがあります。ギンザケをはじめニジマスやサクラマスなども含めたサーモン類は、各地で特色のある養殖が行われていて、「ご当地サーモン」とも呼ばれています。この仲間は高水温では生きられないので、夏場を除いた時期の養殖になります。

北海道での代表的な養殖と言えばホタテで、これは無給餌。オホーツク産の冷凍貝柱(玉冷)は、中国などへの重要な輸出品になっています。

北海道に暮らす皆さんは身の回りに天然の魚がたくさんあるので意識することが少ないと思いますが、日本では養殖の取り組みが進み、養殖魚の生産が着実に伸びているのです。

 

魚離れ、という言葉は聞いたことがあるでしょう。日本人が食べる魚の量は減っています。家庭の食糧支出額に占める魚介類の割合は、1989(平成元)年には14%近くあったものが、2018年には8%を切ってしまいました。しかしその中でも、養殖可能なブリ、マグロ、サケなどは少しずつ増えています。

 

養殖をめぐってはさまざまな研究が行われていますが、次世代を見すえた研究が、「完全養殖」です。これは、人工孵化から育てた成⿂が産卵して、その卵をもとにふたたび人工孵化を行うこと。こうすれば天然の卵や幼魚に頼ることなく持続的な養殖が可能になります。いまのところブリ、サケ、タイ、マグロなどは商業ベースで完全養殖ができるようになっています。

中でも当社グループが九州南部で取り組んでいるのが「黒瀬ぶり」です。天然のサイクルより半年ずらした養殖を実現しているので、本来は脂がのらない夏に市場価値の高いブリを出荷することができます。

また「陸上養殖」も次世代の養殖です。海の生け簀ではなく、完全に陸上で管理しながらサバやマスを育てる取り組みが進んでいます。高度なろ過技術を使って水を循環させますから、環境に負荷を与える排水も出ません。

 

 

 

世界規模で伸びる魚食とその課題

 

日本は人口が減る時代にありますが、全世界的には、途上国などの人口はまだまだ増え続けています。それに連れて魚介の消費量も増え、世界全体での⿂介類消費量は過去半世紀で約5倍となりました。今後も消費量の伸びが予測されます。特にアジアの伸びが顕著で、中国では50年間で約8倍、インドネシアでは約3倍の伸び。減っているのは日本だけです。

世界の漁業全体で見ても、漁船漁業は1980年代後半からだいたい横這い状態ですが、養殖による生産は急伸しています。とりわけ中国の伸びが大きく、魚種ではコイやフナ類の淡水魚です。国土の大きな中国では古来、魚と言えば川や湖のものが一般的でした。

 

人口増、食糧難、温暖化といった課題に直面する世界の漁業ではいま、「TAC(Total allowable catch)漁獲可能量」というキーワードが重要になっています。地球環境に負荷をかけずに持続的な漁業を営むために、特定の魚種ごとに捕獲できる総量を科学的に定めた国際ルールです。自然界の再生産の仕組みや規模にのっとり、つねに一定の量が維持できる範囲で漁をすることが目標です。

TACが対象とする魚は、「クロマグロ」、「サンマ」、「マアジ」、「マイワシ」、「マサバ」、「スルメイカ」、「ズワイガニ」、「スケトウダラ」などです。日本列島近海には世界有数の好漁場がありますが、世界全体を視野に入れながら、その資源を大切に守って持続的な漁業を行わなければなりません。

 

資源と海洋環境を持続的に守り、責任ある漁業・流通を行うために、国際的な認証制度があります。以下3つを上げておきます。

海のエコラベルと呼ばれる「MSCMarineStewardshipCouncil)」(本部イギリス)。

ASC(Aqua culture Stewardship Council・本部オランダ)。

そして3つ目が、日本発の認証である「MELMarine Eco-Label Japan)」。

北海道のホタテはMSC認証を受けていますし、宮城のカキはASC認証。MEL認証は、北海道のアキサケ、福岡のトラフグといった漁業から、ブリやマダイ、ヒラマサなどの養殖業など、7漁業・41養殖業、58の流通加工事業者が受けています。詳しくは水産庁のHPなどで解説されていますから、興味を持った方は調べてみてください。

 

また日本水産は、「SeaBosSeafood Business for Ocean Stewardship)」という、世界の大手水産会社が協働する、海洋管理のためのグローバルなイニシアティブに参画しています。欧米とアジアの世界の代表的な水産企業が立ち上げたSeaBosは、「⽔産資源の持続的利用と地球環境の保全に配慮し、⽔産物をはじめとした資源から多様な価値を創造し続け、世界の人々のいきいきとした生活と希望ある未来に貢献する」ことを目指しています。

 

 

 

SDGsを道しるべに、高まっていく魚食の価値

 

漁業・水産業の枠組を超えて、いま世界の海洋環境には多くの問題があります。これまで上げてきた乱獲などのほかに、例えば海洋汚染や海洋プラスチックごみの問題があり、埋め立てや工事による表土の流出、生物多様性の危機などもあるでしょう。

企業として世界の海洋環境に関わっていく上でいま重要な指標となっているのが、皆さんもよくご存知だと思いますが、SDGsです。

当社にとってまず直接的には、17の目標の中の14番、「海の豊かさを守ろう」があります。ほかに2の「飢餓をゼロに」。3の「すべての人に健康と福祉を」。12の「つくる責任・つかう責任」。13の「気候変動に具体的な対策を」もあります。

業種を離れれば、5の「ジェンダー平等を実現しよう」。8の「働きがいも経済成長も」、も重要です。

SDGsの17の⽬標には社会が抱える課題が、網羅されています。適正な利益を上げながら、持続可能な社会づくりに貢献していくという、企業が成⻑するための道しるべがSDGsにはあるのです。当社の針路も、そこにあります。

 

日本人は古来、土地ごとのさまざまな魚を獲り、おいしく食べて来ました。魚は、日本の食文化の柱です。日本の料理の基本となる「だし」も、コンブやカツオなどが軸になっています。つまりユネスコの世界無形文化財にも登録されている「和食」を支えているのは、魚食の文化なのです。スーパーでパック詰めされただけの魚からはイメージしにくいかもしれませんが、そういう面にも意識を向けてみてください。

 

さらには、サバやイワシなどの青魚に多く含まれる「DHA(ドコサヘキサエン酸)」や「EPA(エイコサペンタエン酸)」が健康に良い、ということは聞いたことがあるでしょう。それらに限らず、脂質の少ない魚食は成人病のリスクを下げる健康食である、ということは世界で認められています。健康寿命の大切さが強調される長寿社会において、海の幸はますます価値を高めていくと思います。

今日この講義を聞いた皆さんが、もっと魚を食べてみようかな、と思ったり、水産業界を針路の選択肢に加えていただけたらうれしい限りです。

 

SDGsを経済や仕事という枠に引き寄せて考えれば、私は、社会課題の解決にこそ会社の使命があると思います。

皆さんは将来何の仕事に就くかについて、これから本格的に考えていくでしょう。たくさん給料がほしいとか、出世したいとか、充実した福利厚生がほしいなど、いろんな希望や判断材料があるでしょう。私はこう思います。その会社が、事業を通して社会に貢献できるかどうか、そこが重要ではないか—。そんな点も考えていただきたいと思います。

 

 

 

 

<生巣 俊之さんへの質問>担当教員より

 

 

Q 学生時代に熱中したことや、日本水産を選んだ生巣さんの就職活動について教えていただけますか?

 

 

A 私の商大生活は、勉強よりもアメフトの部活が中心でした。1989年卒業ですから、世の中はたいへんな好況でした。就活では金融や不動産デベロッパーなどが特に人気でしたが、私は少し斜めに見ていました。はたしていまそんなに勢いのある業界が、20年、30年後にも成長しているだろうかな、と。それに対して水産業界は、200海里ショック以降の停滞状態にあり、学生たちにあまり人気はありませんでした。当時は現在のような養殖の取り組みもありませんから、私は、商社の水産部に就職するようなイメージを持っていました。ノルウェーやアラスカに行って水産物を買い付けするような仕事をしてみたい、と思ったのです。現実はそうはなりませんでしたが(笑)。

 

 

 

Q 認証マークのことを教えていただきました。消費側も、海洋環境に対する問題意識を共有しなければならないということになりますが、どのように認知されていくと良いとお考えですか?

 

 

A 海のエコラベルであるMSCMarine Stewardship Council)など、欧米で始まった認証制度は、日本の文化となじまない部分もあり、国内での浸透には時間がかかると思います。一般の方はやはり、認証マークを確認するよりも、値段やおいしさを重視するでしょう。つまりこうした制度は、感覚よりも合理的な論理を重視する欧米人の発想からくるわけです。

そして一般に欧米人が食べる魚の種類は限られていますが、日本人は古くからほんとうにたくさんの魚介を楽しんできました。前浜ごとに海の幸には個性があるのですから、単純に一括した認証は難しいでしょう。とはいっても、認証制度の流れは変わりませんから、日本でもとくに養殖の分野で取り組みが進んでいるわけです。時間はかかりますが、海のエコラベルなどは次第に認知されるようになると思います。

 

 

 

<生巣 俊之さんへの質問>学生より

 

 

Q 北海道での赤潮や、海底火山の噴火による沖縄などでの軽石の被害が大きなニュースになっています。また、中長期的には温暖化、気候変動による災害の増加という大きな問題もあります。水産業はつねに大自然がもたらすいろいろなリスクと直面していますが、業界としてどのように対処しているのでしょうか?

 

 

A 赤潮や軽石では現地の被害は甚大ですが、当社が直接受けた被害はまだありません。といってもこの先のリスクの可能性はあります。師走は日本人の魚の消費金額がいつもの倍になる魚もありますから、懸念しています。

不安定な自然相手の産業である水産業が、海洋環境の変動をそのまま受けてしまうことは宿命です。ですから私たちは、魚介を安定して育てられる養殖に力を入れて取り組んできたわけです。流通側にも、決まった魚を確実に仕入れたいというニーズがあり、養殖漁業を後押ししてきました。品質の面でも、遠くから獲ってくる魚とちがって陸から近いところで締めてすぐ出荷できますから、有利です。

ただ一方で各地には、流通に乗せるだけの安定した量は獲れないにしても、昔からそこの名物として愛されてきた魚介(地魚)がたくさんあります。BS朝日で「魚が食べたい!〜地魚さがして3000港〜」という番組がありますが、そこではそうした希少魚種がいかにおいしいか、という主張が繰り返されていて、私は大好きなのです。そのことも知ってほしいと思います。

 

 

 

Q 一般的に、養殖と沖合漁業はどちらがコスト高になるのでしょうか?

 

 

A 昔は、漁業は泳いでいる魚をタダで獲ってくるんだからうらやましい、などと言われました(笑)。しかしもちろん、船を作り、網などの道具を揃え、大自然相手に出港して人件費や燃料費がかかるわけですから、コストがかさみます。とくに今は燃料コストが上がっていますから、遠くまで出かけるサンマ漁船などの負担は大きいのです。養殖には、設備やエサにコストがかかっても陸の近くで安定した生産ができるので、確実さが望めます。

 

 

 

Q 養殖には、病気の問題やエサの安全性への不安も感じますが、いかがでしょうか?

 

 

A MSCなどの認証を受けるには、エサの安全性が厳しく問われます。エサの製造では、低魚粉化(魚以外の配合飼料の開発)が進み、病気に対しては、例えばブリでは幼魚にワクチンを打ったり、安全な薬品で健康管理を行います。卵から始まる完全養殖では、出荷までの工程の履歴(トレーサビリティ)をしっかり確保しています。

またテクノロジーの分野では、養殖池の中にカメラを据えて魚の状態を正確にモニタリングしたり、死んだ魚がいるかどうかを調べるために水中ドローンを使う取り組みも始まっています。水中ドローンを使えば、ダイバーの負担は大きく軽減されます。

 

 

 

Q 水産業の未来に興味があります。日本水産の場合、SDGsへの取り組みは具体的にどのように行っていますか?

 

 

A 海洋環境や水産業に関わる分野で、数値目標も掲げたさまざまな取り組みを行い、HPなどで発信しています。ぜひご覧になっていただきたいと思います。また、私の在学中よりもずいぶん女子学生の割合が増えている小樽商大ですが(今日はそれを実感して驚きました)、女性社員の比率も高める方向にあります。私の入社当時は、女子はまだ事務職だけの募集でしたが、いまはもちろん違います。働き方の変化で言えば、私が入る2年前まで、新人には長崎で2週間、小さな漁船に乗り込む航海研修がありました。これが苦しくて、それだけで辞めてしまう人間がでるほどだったのです。いまはそうした実習もありません。また陸の仕事が多い養殖の分野では、女性が活躍できる仕事はたくさんあります。

 

 

 

Q コロナ禍で水産業も大きな影響受けたと思いますが、その先を見すえて、先輩からのメッセージをいただきたいと思います。

 

 

A コロナ禍で飲食業にはたいへんな逆風が吹き、水産業も、とくに高級魚の売り上げが激減しました。流通などへの国からの補助も行われています。こうした逆境でも、養殖魚の場合はまだ生産管理ができますから、沖合漁業に比べればリスクは比較的低いといえます。

私の学生時代は部活中心で偉そうなことは言えないのですが、自分のことに寄せて言えば、何か挑戦してみたいことがあったとき、怯(ひる)むか、進むか—。私は、もしそれが失敗したとしても、挑戦せずに後悔するより、挑んだ方がずっと良いと思います。実は今日のこの講義、私にとってはチャンスにひるまずやってみたことでした。その過程で、自分としてあらためていろんな気づきがあり、講義を終える今は、やってほんとに良かったと思っています(笑)。高校生の私は、仙台から、東京ではなく北に行ってみようと思い、小樽という個性的なまちで学生生活をおくりました。皆さんもこの小樽の地に腰を据えて、このまちでじっくりと自分のこと、人生のことを考えてみてください。

 

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