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エバーグリーンからのお知らせ

2021.11.10

令和3年度第4回講義:高山 博貴さん(H19卒)「危機と変化を成長機会として捉える—グローバル×デジタル×コロナがもたらす新しい働き方と労働観」

講義概要(11月10日)

 

○講師:高山 博貴氏(平成19年商学部経済学科卒/JT International SA

 

○題目:「危機と変化を成長機会として捉える—グローバル×デジタル×コロナがもたらす新しい働き方と労働観」

 

○内容:

北海道から一歩も出たくないと思っていた私が、気づいてみればジュネーブ(スイス)で働いていた。私を動かしたのは、グローバル化とDXによって深みから大きく変容した世界の潮流だった。その世界が、コロナ禍の危機で、さらに破壊的な変化に襲われている。そのことの意味や展望を、自分の体験をもとに考えながら、これからの時代の働き方や労働観について、いくつかのヒントを提供したい。

 

 

 

大きな危機と変化の潮流を、自分の成長に繋げたい

 

 

高山 博貴氏(平成19年商学部経済学科卒/JT International SA)

 

 

 

 

JAからJTJへ転職

 

 

今日は皆さんに、「変化」、「脅威」、「機会」といったことをめぐって、僕が体験してきたことをもとにお話しします。講義の副題、「グローバル×デジタル×コロナ」は、この3つをめぐるキーワードです。僕の講義が、皆さんの生き方や働き方のヒントになると良いな、と思っています。いろいろなことを話しますが、そのうちの一つでも二つでも、何かを確実に持ち帰っていただけたら良いと思います。

 

僕は胆振管内の伊達市に生まれ育って、商大では経済学科。江頭進先生のゼミで学びました。2007年に卒業。北海道を絶対に離れたくなかったので、This is北海道ともいえるホクレン農業協同組合連合会に入りました。所属先は、経理部情報システム課(当時)です。

7年ほどこのIT部門に所属しましたが、転職を考えたのは入社4年がたったころでした。そして2014年にJTJAPAN TOBACCO・日本たばこ産業株式会社)のIT部門に移りました。そのころ、「JAJapan Agricultural Cooperatives)からJTに来た高山です」、という挨拶が僕の鉄板ネタでした(笑)。

一貫して日本と海外のITの橋渡しの仕事で、2019年からつい先日まで、スイスのジュネーブに家族を連れて赴任していました。職種名でいえば、プロジェクトマネジメント、チェンジマネジメントといった仕事です。

ヨーロッパに赴任して、一応TOEIC900点、簿記2級、プロジェクトマネジメントに関する国際資格であるPMPなどを持っていますが、僕はいわゆる秀才タイプではまったくなく、どこにでもいる「凡人」です。転職して3つの大きな波にもまれていろいろなことを学んだので、今日こうして皆さんの前にいます。

3つの波とは何か—。

まず「デジタル」、次に「グローバル」、そして「コロナ」です。

 

そもそも、なぜ転職したのか。

ホクレンは働くにはとても良い大きな組織です。終身雇用が前提ですから人生設計も立てやすいし、リストラなんてありません。いろいろな福利厚生も手厚く整っています。

でも僕は、保守的で変化のない環境に飽き足らなくなりました。ほかの民間企業に行って第一線でがんばっているゼミの同期生なんかと話すと、IT部門にいるのに自分が時代に置いていかれているように感じました。北海道を離れたくない、と思っていた自分ですが、いつしかそんなこだわりも消え、もっと活き活きと厳しい環境で自分を鍛えたいと思ったのです。

日本では、文系はとくに、転職しないとやりたい仕事につくことはほぼできません。文系ではジェネラルな仕事につけることを目的として採用しているため、本⼈の要望は受け⼊れてくれないのです。営業畑で⼊るとずっと営業だし、「就職」よりも「就社」に近いため、会社によってはキャリアを無視されがちです。やりたい仕事と会社の提供する仕事が合致するかどうかは、いまでいう「ガチャ」の世界なのです。

転職活動をはじめてJTに決めるまで、3年もかかってしまいました。内定をもらった会社はいくつかあったのですが、うじうじ悩んでしまいました。JTに決めたのも、最後は「いいかげん決めてもらわないともう離婚だよ」、という妻の厳しい言葉でした。

 

 

 

デジタルが仕事を変えていくことを実感

 

 

転職して出くわした一つ目の大波は、「デジタル」でした。

JTでまず驚いたのが、ITの取り組みです。ITをめぐって僕がホクレンで悶々と腐っていたことが、すでにほとんど実現されていました。

 

思えば、僕が商大を卒業した2007年に流行っていた消費サービスは、「iモード」、「mixi」、「ヤフオク」、「TSUTAYA」、「TOWER RECORDS」、「H.I.S」、「HotPepper」といったもの。それが2014年にはどうなっていたか。

みんなスマホを持ち、フェイスブックを使い、ヤフオクよりメルカリに。本や音楽はAmazonSpotifyで、旅行のプランニングはSkyscanner。飲食店の情報は食べログから、という具合です。

 

ホクレンで思い悩んでいたというのは例えば、自宅で仕事がしたい!(テレワーク)、仕事でスマホを使いたい! 基幹システムもクラウドが良い! ハンコが面倒! 社内全域で無線LANがあれば良いのに! といったことです。当時は、自分のデスクではノートPCを使っているのに、ミーティングにはみんな紙のノートとペンを持って集まっていました。なんでパソコンを使えるようにしないんだ、と苛立っていたわけです。

 

JTでは2014年の段階ですでにこれらのことが当たり前でした。びっくりです。コーポレートIT部に配属されましたが、僕は、入社初日から浦島太郎の気持ちになってしまいました。こんな会社で自分に何ができるんだろう?!

でも落ち込んでいるヒマはありません。なんたってやるしかないのです。

 

僕は、恥ずかしさをなんとか隠して、わからないことや知らないことはとにかく聞いてまわり、議論をし、関連の資料や本を必死に読みました。教えてくださいとすなおに聞いてまわれば、時には嫌味や落ち込むことも言われましたが、みんなとにかく応えてくれました。自分は自分だ。自分はこの会社でどうなりたいのか、そのために必要なのは何か—。そう考えれば、投げ出さずに一歩ずつ進むことができました。

 

 

 

グローバルの意味を知る

 

 

そしてふたつ目の大波が、「グローバル」。

2019年。僕はJTIに出向となり、本社ジュネーブへ異動。念願の海外赴任がかないます。JTIは世界130カ国くらいでビジネスを展開していて、社員の国籍はなんと100以上あります。

 

いまの仕事は、ひとつひとつの中味はそれほど高度なものではありませんが、規模だけはやたらとグローバルです。

例えばITに関わる投資の意志決定をサポートする「投資管理」の仕事では、スイス⼈の上司とアメリカ⼈のCIO(情報統括役員)、各領域のトップ、エリアのIT責任者などがコミュニケーションの相手です。

組織やシステムの変更に伴う「チェンジマネージャー」の仕事では、上司はスコットランドにいるイギリス人で、南アフリカとロンドンにいる同僚と協⼒しながら進めます。また、JTJTIのコミュニケーションのためにツールを開発していますが、そこではスポンサーはユダヤ人で、同僚が二人のロシア⼈(サンクトペテルブルクとモスクワ)、外注のデザイナーがメキシコとアメリカのアラバマにいます。つまり膝をつき合わせなくても、ネットとパソコン(ビデオ会議やメールなど)があれば場所と時間を超えてこういう仕事がふつうにできる。これがグローバルです。

 

⼊社当初、僕は勘違いをしていました。東京のJTが世界のグループ会社すべてを仕切っていると思っていて、グローバルに詳しい先輩がたくさんいるからいろいろ教えてもらおうと思っていたのです。でもJTは⽇本市場に特化した会社で、グローバルなのはJTIの方でした。

日本国内のビジネスとグローバルなビジネスシーンはかなり違います。「慎重で完璧を求める」日本に対して、グローバルな世界では「経験主義でスピードが大事」。「空気を読みながら、困っている人にはこちらから手を差し伸べる」日本に対して、「仕事はあくまで役割分担通りで、自己主張がなければ何も始まらない」。「英語を使うことに抵抗がある日本」に対して、「英語はデフォルト」。

グローバルで働こうとすればするほど、ともすればその人は、⽇本社会では単に「嫌な野郎」になってしまいます。目の前の効率やあうんの呼吸を重視する日本国内では、グローバルに働くのは、一見すると⾮常にコスパが悪いことなのです。だから両者のあいだではものすごい板挟み状態が起こります。

 

JTIに移った当初、鬼軍曹のような厳しい上司に就きました。まず、それまで仕事で英語なんてほとんど使ったことのない僕ですが、ロシアとスイスとトルコと東京を結ぶビデオ会議の仕切り役をやれ、と言われました。冷や汗をびっしょりかきながら必死に務めましたが、結果はもちろんボロボロです。「やったことないし、教えてもらってないのでできないです」、なんて言えません。そんなことの繰り返しで、今度もこの調子なら次はないぞ、などと言われながら、少しずつスキルアップしてきました。⾃分のプライドをかなぐり捨てる「覚悟」が持てたので、成長できたと思います。

 

「グローバル」とは、外国とビジネスをしているとか、社内に外国人がいる、ということではありません。グローバルとは、人材をはじめ、事業のリソースを地球規模で調達してビジネスを展開すること。僕のスコットランドの上司は、彼しか持っていない職能に高い価値があるので、イギリスからJTIの事業に参画しているわけです。

グローバルな世界で仕事をすることで重要なのは、英語力はもちろんですが、その上で根底に置かなければならないのは、相手への興味と尊敬、そして粘り強さです。

 

異文化をつなぐあるシステムを日本に導入するために、世界に散らばっている同僚たちを東京に呼んだことがありました。僕の役割は、海外メンバーたちと日本の研究開発部門をつなぐことです。

ルーマニア人、トルコ人、ドイツ人、ロシア人、そして僕が集まって、膝をつき合わせてとことん話合い、東京観光もしてもらいました。僕はあなたたちと話したい。あなたたちを理解したい、という強い気持ちがすべてです。経費がかかってコスパは悪かったけれど、文化も仕事の仕方もちがう人間が理解し合い尊敬しあうというマインドセットを共有することができて、結果、プロジェクトはとてもうまく行きました。お酒を飲みながら彼らから、お前のことを信頼している、かんばろう、と言われたときは泣きそうになりました。

 

 

 

コロナが自分と家族を強くした

 

 

念願だった海外赴任ですが、ご承知のように世界はコロナで苦しんでいました。家族でスイスに入った時点で、なんといきなりロックダウン。はじめての海外生活は、逆風の嵐の中でした。

勤務は当然リモート。外に出ても店は最低限の食料品店しか開いていないし、まわりはすべてフランス語(ジュネーブ州はフランス語圏です)。小さな子どもは騒ぐし、妻のストレスも大変なものでした。コロナが引き起こしたあらゆる負担が僕と家族に降りかかってきたと感じました。スイスに赴任したら、休暇にはヨーロッパをたくさん旅行したいね、なんて言っていたことが夢のようです。ちくしょう、すべてをコロナにぶち壊された。そんなふうに思いました。

 

でも、そこはグローバル企業。そんな中でも業務はほぼ平常通りに進みます。すべてのやり取りがオンラインで⾏われますが、これは以前からやっていたこととさほど変わりません。⾃分で仕事を作って遂⾏し、失敗したら⾃分の責任。必要な情報は⾃分でかき集め、結果を出します。上司との生の会話は1週間に1時間程度で、歓迎会や送別会、表彰式すらもオンラインで行われました。

この間、社員たちはしっかりミッションを達成して、全社的にも業績目標をクリアしました。

1日の仕事配分を説明すると、まず朝は日本との打ち合わせ。時差が8時間ありますから、日本では夕方です。昼前後は資料を作ったりして、午後はヨーロッパの人たちと打ち合わせ、夕方はアメリカの人たちと打ち合わせ。家にいるので、その間適宜休憩したり生活の用を足したり。夜6時くらいには仕事は終わって、家族とすごせます。

パソコンとネットがあれば、いつでもどこでも仕事ができる。それがITであり、グローバル、という意味なんですね。

 

いま思えば、コロナという試練で僕はずいぶん鍛えられました。

日々世界のニュースに⽬を通して今後の展開について仮説を⽴てて行動しています。欧米のいろんな人に日夜ヒヤリングもしています。また、この時間を使って日本では取れない資格に挑戦したり、メンター業を始めました。そして、尊敬する方にメンターをお願いしました。

妻の働きも大きく、彼女もグンとタフになりました。フランス語はどんどんうまくなりましたし、オンラインでいろんな勉強会にも参加して友人も増やしました。滞在に関わるいろいろな手続きも、彼女なしでは進みませんでした。コロナは僕たち家族をうんと強くしました。厳しい毎日だけれど、「ああ生きているな!」という実感がありました。

 

 

 

3つの波から考えたこと

 

 

僕はいま、これからの世界ではさらに破壊的な変化が進むと思っています。デジタル技術がグローバル化を助長して、グローバル化がコロナによる危機を助⻑しました。誰もがどこでもほしい情報を手に入れ、世界の人やモノがこれほど地球を大きく移動して繋がっている時代だからこそ、コロナ禍はあっというまに地球をおおってしまいました。しかしこの危機はまた、例えばコミュニケーションの分野でさらに新しいデジタル技術のイノベーションを起こしています。そしてイノベーションという化け物が、既存の「規制・ルール・既得権益」を次々と破壊していきます。

世界の企業ランキング、「Fortune500」の企業の平均寿命は75年から15年以下になっています。この分野は絶対大丈夫、とたかをくくっている業界ほど一気に勢力図が塗り替えられてしまいます。こういう時代には、北海道の農業でさえ安泰ではないと思います。皆さんはこういう時代に経済を学び、世界へ飛び出して行くわけです。

 

ではどうすれば良いのか—。

鍵を握るのは、マインドセットの問題です。つまり、「変化を受け入れ、自ら変わっていける人」になること。現代は、単に優秀な人材よりも、変化する力をもった人が求められています。

いまの日本経済を見れば一目瞭然ですが、人は変化が嫌いです。なぜ変わらないでいるのかの理由や理屈を生み出す天才ではあるのですが(笑)。

どうすれば変われるのか。「学び」と「向き合い」が重要だと思います。

 

もう少し具体的に言いましょう。5つ提案します。

一つ目は、「デジタルに強くなる」。

自分はスマホをいじるだけ。ITはよくわからないから得意な人に任せておけば良い、という考えはもうすでに通用しなくなっています。

例えば新しくプログラミングやビジネススキルを学ぶならUdemy。そしてDeepL翻訳を使えば世界のさまざまな言語が全部一気に翻訳で読めますし、プログラミングの基礎を勉強したいならProgateなど、かつては考えられなかったeラーニングの手法が、今なら誰でも使える。こういうことを知っているか否かで、大きな差がつきます。

 

二つ目は、「英語の基礎力を固める」。

英語は、自分の市場価値を上げるための手段だし、自分の人生の「損」と「得」に直結します。これも、例えばDMM英会話など、今なら安く学べる手段がいろいろあります。一方で、強調しておきたいのは、英語はあくまで道具のひとつにしかすぎない、ということ。ジュネーブへの赴任の人選では、僕より英語ができて僕よりITに習熟している人は社内にたくさんいました。でも、あきらめない気持ちとか挑戦心とか、そういうマインドセットのレベルで見て、僕が評価されたのかな、と思うのです。

 

三つ目は、「言語化力を磨く」。

ビジネスを動かすのは、なんといってコミュニケーションです。現場では、とにかくわかりやすく正確に伝わる日本語を使うことがとても大切です。きれいな日本語とか、表現が巧みな日本語は要らないのです。

僕は30歳くらいのときに上司に徹底的に鍛えられました。自分の考えや想いを、ちゃんと論理的に言語化できないと、相手に伝わりません。だから「日本語力」というよりも「言語化力」が重要なのです。「ロジカルシンキング」とか「ロジカルライティング」というテーマの本がいろいろ出ていますから、手に取ってみてください。

 

四つ目は、「自分のことをよく理解する」。

自分は何のために働くのか。自分の幸福とは何か。自分は何をしたいのか。何ができるのか—。今まで生きてきて経験したことの中から、こういう自問を重ねることで、自分の軸ができていくと思います。そして大事なのは、そうしたことを自分の内面だけで煮詰めてしまうのではなく、友人や家族など、いろんな人と意見を交わし合ってみること。

例えば好きな人と結婚して、良い会社に入って、マイホームを建ててカッコイイ車に乗って…といった、右上がり経済が前提だった昭和の幸福像が、いま通用するでしょうか。いまこの時代の現実や価値観で、幸福の定義をアップデートしていかなければならないと思います。幸福とはあくまで、「現在の自分なりの幸福」のことなのです。いまの日本全体は、このアップデートができていないのではないか、と感じます。

 

五つ目は、「『人』を大事にする」。

時代や技術がいくら変わっても、仕事は人と人との繋がりで進みます。高度な専⾨家になればなるほど、一人だけでは何もできないのですし、イノベーションは人間が感じる課題や問題に由来します。仕事の現場では、学生生活や日常生活では絶対に出会えないような人に会えて、ワクワクする刺激がもらえます。また、手痛い失敗や深い挫折を味わうこともあるでしょう。でもそうしたことのすべてが、自分を成長させてくれる。これが仕事の醍醐味かもしれません。

ビジネスにはただ一つの答え、というものはありません。仕事の世界で自分を進化させるといっても、唯一の答えなどないのですから、「自分なりの進化」を遂げれば良いのです。

例えば初音ミクだって、小さな思いつきがどんどんまわりを巻き込んで大きな進化を遂げたように思えます。

毎日少しずつでもいろんなことを学び、自分をアップデートさせていく。こうした態度は、大学を出てからも一生つづけるべきです。生涯をかけた成長を意識することで、社会との関わりも自ずと深まるし、社会をもっと良くしたい、という気持ちになるでしょう。僕ももちろん、まだ成長の途中です。皆さんと共に、「自分なりの進化」を目指しています。

 

 

 

 

 

<高山 博貴さんへの質問>担当教員より

 

 

Q JTJAPAN TOBACCO)、そしてJTIJAPAN TOBACCO International)について興味を持った学生もいると思います。社風や仕事についてもう少し教えていただけますか?

 

 

A はい、まず、タバコを吸わなきゃ入社できないのか、といえば、それは違います。僕も喫煙はしません。タバコに対して嫌悪感さえ持っていなければ、就活の間口は広いと思います。

社風としては、ちょっと変わった人が多い(笑)。まだ生煮えのものでも、自分がしっかりあって、何かをしたいという「想い」が強くある人を求めていて、フランクなコミュニケーションが基本です。JTCMなどで「ひとのときを、想う。」というスローガンを掲げていますが、「想い」を大切する企業です。自己管理ができて何ごとにも自律的に取り組めるなら、やりがいのある仕事がたくさんあると思います。

それと、いまの出社率は5%くらいで、つまりそのくらいIT化が進んでいます。将来的に転職するにしても、ITやグローバルなビジネスの現場でキャリアを積めますから、最初の会社としても良いのではないでしょうか。

そして、とにかく休みが取りやすい。これは強調しておきます。私生活を大事にしたい人にも向いていると思います。

 

 

 

<高山 博貴さんへの質問>学生より

 

 

Q 大学時代の学びや経験でいま役立っていることはどんなことですか?

 

 

A 在学中、僕は小樽観光を楽しむ人たちを見かけたら、道案内でもなんでも、お手伝いしたいと思って行動していました。国籍を問わず、こちらが心からその人の役に立ちたいと思えば、相手にちゃんと伝わるんだ、という経験を何度かして、それが今の自分につながっていると思います。大事なのはやはり「想い」の深さですね。

勉強では、卒論ですね。eラーニングなどをめぐる論考だったのですが、商大以外の大学にひとりで取材に行って話を聞いたり、自分で生の情報を得ようと取材を重ねました。問いを立てて仮説をつくり、それを検証していくという一連の学びが自律的にできたと思っていて、それも今につながっています。

 

 

 

Q 困難にぶつかっても高山さんがそこでくじけずに自分を変えられたことが印象的でした。その原動力になったのはどんなことですか?

 

 

A それは、伊達という小さなまちから商大に来たことにも繋がっていると思いますが、まずひとつは、恐れだと思います。このまちを一度出てみたい、ここに居続けたらどうなってしまうだろう? という不安な気持ちが始まりでした。いまこの状況は良くない、まずいぞ、という恐れです。

そして社会人になって、過労で腰を痛めてしまったことがありました。休まざるをえなくなり、そのときに改めて自分の軸を深く考えてみたのです。自分は何のために毎日仕事をするのか。それが社会や世界とどのように繋がっているのか—。そのとき僕は、「楽しく働いて、その結果がわかる社会を作りたい」と思いました。給料はガマン料なんだから、つまらない仕事でもしっかりやれ、などという考え方はおかしいと思いました。だから違う方向へ、まず一歩でも進まないと何もはじまらない、と考えました。立ち止まって頭を抱えていても、ほんとうに何もはじまらないのです。

 

 

 

Q 「グローバル・デジタル・コロナ」への対応で、外国企業と日本企業の違いは主にどんなところにあるとお考えですか? 古いスタイルの日本の企業はどのように変わっていくでしょうか?

 

 

A 一般論として、DX(デジタル・トランスフォーメーション)でいえば日本の企業は先進国から3周くらい遅れていると思います。そこにあるのは、今日の講義にもあげましたが、変化への対応力です。変化に対峙するマインドセットが決定的に違うと思います。コロナ禍もあって向こうでは近年ますます、会社での仕事と家庭生活の区別がなくなっています。日本でもその傾向はありますが、次元がちがう感じです。生活の中にワークとライフを自律的にうまく両立させようとしているので、ひいてはそれが、変化に対応する機敏性を生み出しています。機敏さがないと企業は生き残れないでしょう。日本でもそうした潮流向けにアップデートできる人と企業が、これから生き残って行けるのだと思います。

 

 

 

Q 留学も考えているのですが、学生時代にこれだけはやっておいた方が良いということをアドバイスしてください。

 

 

A 留学するのであれば、最低限、日常会話レベルではない英語でのしっかりしたコミュニケーション力をつけることを目指してください。そのためのTOEICの勉強は、中年の人のダイエットと同じように(笑)、すぐ結果が出るものではありません。毎日の地道な積み重ねです。少しずつでもとにかく止まらずに進みましょう。そして、半年とか一年という留学の時間はあっという間ですが、そこで感じたこと、考えたこと、経験したことをちゃんと言語化していくことを意識してください。自分の考えを他人に正確に伝えることができる、ロジカルな文章力を鍛えてください。

そして、ゼミでもほかの授業でも、答えは自分で調べて自分で出しましょう。答えは教えてもらうものではないと思います。ここでも、コツコツと考え行動する習慣が大事だと思います。

 

 

 

Q 北海道を出たくなくてホクレンに勤めたけれど、気がついたらスイスにいた、という話に惹かれました。いま、外からの目をいろいろ経験した高山さんに、北海道はどのように映っていますか?

 

 

A 北海道が好きな気持ちは変わりませんし、老後はやっぱり北海道に住みたいな、と思います。DXのことを言いましたが、北海道はやはり変化のスピードがとても遅いと思います。それと、ちがう文脈で繰り返しますが、自らを言語化することに慣れていない。

JTの仲間を誘って函館に旅行したことがありました。僕としては、北海道の風景やおいしいものを知ってほしかったのですが、食べ物に対する彼らの反応は、「うん、うまい! でも説明とか情報がなさすぎだよ」。

僕たちは、「うまいんだから黙って食べろ!」と思いますが、彼らにしてみれば、帰ってからそれを誰かに伝えたくても、情報がなさすぎるのです。このメニューはどういうもので、なぜこんなにうまいのかが、言語化されていない。それじゃダメだよ、と。なるほど、と思いました。確かに、九州とか長野とかでは、それが北海道よりずっとちゃんとしています。

 

 

 

Q 慎重で、正確さや完璧を求めすぎる日本人、というご指摘に、自分のことかと思いました。私は、初対面の人とうまく話したり、関係を深めていくことが苦手です。どうすればうまくできますか?

 

 

A コミュニケーションでは、とにかく躊躇せず話しかけること。—だからそれができないんだ、という悩みだと思いますが(笑)、やるしかありません。「初対面での理想の会話」なんて考えずに、どんなことでもまず自分から話しかけてみる。そのためには、まず相手にちゃんと興味を持てば良いのです。

僕の場合コミュニケーションでは、「失敗したらどうなるか?」、そして、「どうすればそれがリカバリーできるか」、と2段階で考えます。ビジネスの現場では簡単に点数はつきません。とりあえずいろんなことを試してみるしかないのです。まわりの人や先生からの評価に対応することで育ってきた皆さんには難しいかもしれませんが、大学の授業の外でいろんなことを経験することも大事だと思います。

コロナ禍で、想像していた大学生活とのギャップに苦しんでいる人もいるでしょう。僕の海外赴任もそうでした。でもとにかく、立ち止まって悩むより、できることの方向へ一歩でも前進するしかありません。とにかく何かを新たに始めましょう。皆さんへの先輩からのエールとして、そんな呼びかけをしたいと思います。

 

 

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