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エバーグリーンからのお知らせ

2015.11.11

平成27年度第5回講義:「挑戦が夢・目標を生み、想いを自覚させてくれた」

講義概要

 

○講師:高本 淳子 氏(平成12年 商学部経済学科卒業)

 

○現職等:ダイゴー株式会社 商品アドバイザー

 

全日本スキー連盟基礎スキー指導員、全日本スキー連盟B級公認検定員

 

○題目:「挑戦が夢・目標を生み、想いを自覚させてくれた」

 

○内容:小樽商大に入って夢中になったスキーの世界。基礎スキー部での体験が、スキーと共に歩むその後の人生を導いてくれた。夢を見つけるには、まず何かに挑戦すること。そこから目標が生まれ、成長していくことができる。スキーが自分に教えてくれたさまざまなことを、体験として伝えたい。

 

 講師紹介

 

1977年札幌市生まれ。1996年北海道札幌旭丘高等学校卒業。2000年小樽商科大学商学部経済学科卒業。大学時代は基礎スキー部に所属。大学に入ってから本格的にスキーをはじめた異色の経歴で、基礎スキー部の黄金時代を支える。(株)セブン‐イレブン・ジャパン入社後、スキー中心の生活を求めて同社退社。夏は札幌市役所臨時職員、冬は真駒内スキースクール非常勤教師などを務めながらスキーに打ち込む。現在はダイゴー(株)札幌営業所で商品アドバイザーを務め、スキーのさらなる普及を願って指導活動にも取り組んでいる。全日本スキー連盟基礎スキー指導員。全日本スキー連盟B級公認検定員

 

 「基礎スキー」とは?「デモンストレーター」とは?

 

私の大学時代の中心は、まちがいなく基礎スキー部にありました。スキーの魅力に取りつかれた大学生活の4年間で、私はとにかくスキーだけはやりきったと自信を持って言えます。私が在籍したのは部が最強といわれた時期で、たくさんのすばらしい出会いがあり、たまらなくうれしいこと、そしてつらいことや悔しいことも数え切れないほど経験しました。

 

基礎スキーとは、タイムではなく、ターンの切れや精度など、滑りの総合的な美しさを評価点で競う競技です。わかりやすく言えば、スキーの一級検定を競技にしたようなもの、と言えるでしょう。大会の最高峰が、毎年3月に行われる「全日本スキー技術選手権大会」です。アルペンスキーやジャンプなどでは全国規模のいろいろな大会がありますが、基礎スキーの頂点は年に一度しかありません。地区予選と北海道大会を勝ち上がってのぞむ、一発勝負です。

 

また、トップレベルの指導者には、デモンストレーターという仕事があります。スキー指導員の研修も担当する講師です。SAJ(全日本スキー連盟)の規程集ではデモンストレーターの仕事を、「スキー、スノーボード技術の研究及び指導技術の研鑽、自らの資質向上に努めるものとし、広く一般スキーヤーとの接点において、スノースポーツの普及に努める」と定義しています。デモンストレーターには「ナショナルデモンストレーター」と「SAJデモンストレーター」の2種類があります(任期はともに2年)。前者はスキー教程本のモデルになるような、全日本スキー技術選手権大会の上位クラスの人たちがなります。あとで詳しく話しますが、私が認定されたのは「SAJデモンストレーター」で、その年に選ばれたのは全国で男35名、女10名でした。

 

基礎スキー部で学んだこと

 

札幌生まれなので、スキーには子どものころから自然に親しんでいました。でも夢中になったのは商大の基礎スキー部に入ってからなのです。中学高校と本格的なスポーツ体験はなかったのですが、入学すると、体育会に入りたいと思いました。基礎スキー部の人から、1年目で1級、2年目で準指導員の資格が取れるよ」と勧誘され、やってみようと思いました。

 

入ってみると、トレーニングも規律もとても厳しくてびっくりしました。高校でスポーツをやっていなかった私は、基礎体力が足りません。激しい練習に必死に食らいついていきました。また、挨拶や時間内行動といった規律はもちろん、とにかく先輩の言うことは絶対なのです。下級生からすると理不尽なこともたくさんありました。でもいま思うと、世の中には理不尽なことはたくさんあります。むしろ理不尽なことだらけ。そんなことを若いうちに学ばせてもらったのかな、とも思います。

 

部の目標はただひとつ。長野県白馬岩岳(いわたけ)で行われる「全国学生岩岳スキー大会」で優勝すること。この大会の基礎スキーの部は歴史も規模も最大の学生スキー大会で、団体戦と個人戦があります。1年目、猛練習のかいあって私も団体戦のメンバーとして滑り、3位になったのです。大会前は練習の厳しさのあまりにもう辞めようと何度も思っていたのですが、これで「もっとうまくなりたい!」と思うようになりました。そして2年目。我が部はなんと団体優勝をなしとげました。しかも、史上初の男女総合優勝です。こうなると、今度は個人戦でもがんばりたい、と欲が出ました。そして3年目。このころには、辞めたいという気持ちはまったくありません。私は個人戦で6位に入賞することができました。もう身も心も完全にスキーの虜です。

 

スキーはお金のかかるスポーツなので、夏はしっかりアルバイトをします。そしてシーズンがはじまると毎日、朝里川温泉スキー場や天狗山でナイター終了時間まで滑り込みます。基礎スキーの大会には団体戦と個人戦があります。自分自身の勝負と、仲間と力を合わせて挑む勝負。この二本立ての構成が良いのです。勝利をめざしてみんなが一丸となって努力を重ねて、それが結果に結びつく。青春時代に味わえるこれほどの達成感は、ちょっとないと思います。

 

このころから私の心に燃えているキーワードは、「忍耐」「努力」「団結」!

 

4年生になると、北海道オガサカスキーチームという名門チームに誘われました。メンバーはみな、子どものころからスキーに打ち込んできたエリートばかり。大学から本格的にスキーをはじめた後の自分がついて行けるか、不安がいっぱいでした。でも、とりあえずやってみようと思いました。私は根っからの楽天家なのです。「それまで想像もしていなかった場所に自分を置いてみよう」「そこからきっと何かがはじまるはず—」そんなふうに考えました。以後、これが私のモットーになります。

 

最初の目標は、札幌地区予選を勝ち抜いて、北海道スキー技術選手権に出場すること。大学での団体戦のほかに個人でも目標が持て、さらにスキー漬けの日々がつづきます。しかしこの年、個人で全道大会に出場はできたのですが、予選敗退。私の大学生活は、そんな悔しさで終わりました。

 

何のために仕事をするのだろう?

 

就職では、セブン-イレブン・ジャパンの総合職につくことができました。各店の経営コンサルティングを行うセクションで、きびしい研修が待っていました。お給料には恵まれていたのですが、とにかく忙しくてまとまった休みが取れません。社会人になっても休みを使ってスキーに打ち込んでいる先輩たちもいましたから、私も、会社に勤めながらスキーを続けようと考えていたのです。

でも甘かった。なんとか3連休をとって再び北海道スキー技術選手権に出場したのですが、こんな状態ですから結果は惨憺たるものでした。また悔しさばかりがつのります。

 

私は考えました。「なんのために仕事をするのだろう?」 そんなことは就職の前にしっかり考えておくべきことだったとも思いますが(笑)、こう思いました。自分にとって仕事とは、「やりたいこと(スキー)に打ち込むために必要なもの」。だから、仕事のせいでやりたいことができないなんて、まったく理不尽な話です。

 

1年半で、私はセブンイレブン・ジャパンを辞めてしまいました。すっきり割り切った私は、またスキー中心の生活をはじめました。生活費は、夏は市役所などでのアルバイト、冬はスキースクールの指導員。そして時間に余裕ができたので、一度は行きたいと思っていた長野での「全日本スキー技術選手権大会」を見に行きました。

 

行ってみると、大会の雰囲気と選手たちのレベルの高さに圧倒されてしまう一方、どういうわけか「自分も絶対出場したい!」という想いがわき上がりました。それまで夢にも考えていなかったことが、突然、夢になり目標になったのです。

全日本に出るためには、北海道予選を勝ち抜かなければなりません。専門家に相談して走り込みやウェイトトレーニングの計画を作ってもらい、自主トレに集中しました。そしてさらに、思い切って海外合宿にも挑戦しました。11月からめいっぱい滑ることができるオーストリアへ、3週間にもわたる合宿です。参加者はほとんどがアルペン選手で、国体やインカレでまぶしいくらいの成績をおさめている人ばかり。さらに、全員年下。私はおそらくいちばん下手くそだったと思いますが、必死にくらいついて練習に打ち込みました。このシーズン、私はそれまでで一番充実したトレーニングを積みました。

 

さてそうして迎えた北海道予選。でもなんということか、私は準決勝であっけなく敗退してしまいます。人生最大の努力をしたのに、本番の舞台に立つこともできなかった。なぜこんなことに? 私は打ちのめされました。全身から気が抜けてしまい、しばらく立ち直れませんでした。

 

全日本に行きたい!

 

でもほどなくして私は、こういうふうに考えられるほど落ち着きを取り戻しました。

 

死ぬほど努力をしさえすれば誰でも必ず結果がついてくるのだろうか? そんなわけはない。努力してもうまくいかないことだってある。それは当たり前の話。

 

じゃあどうすれば良いのか? ときには楽しむことも必要です。

 

練習にしても、時間をかければ良いわけではない。毎日ナイター終了までがむしゃらに滑るのではなく、じっくりと考えながら集中して1本滑ることの方が良いときもあるんだ、と。

 

次のシーズン、私は楽しみながらトレーニングすることを意識しました。スキー以外のスポーツとして、ゴルフもはじめてみました。そうして迎えたシーズン。私は北海道予選の決勝に順調に進み、15位までに与えられる「全日本スキー技術選手権大会」の出場権をついに獲得しました。

 

この北海道大会の閉会式では、大学に入って1級を取った私のキャリアの浅さ(!?)が紹介されて、会場がどよめきました。ここまで来たら失うものもありません。恋い焦がれた全日本に出場がかなった私は、まわりの予想をくつがえして、予選と本選を通過して準決勝まで進むことができました。

 

そして準決勝以上に進んだ者には、あこがれのナショナルデモンストレーター選考会の出場権も手に入ってしまったのです。大学に入って本格的な競技をはじめた私のような選手がここまでできたことは、まわりから見たらミラクルでした。

 

さあ次の目標が目の前に現れました。デモンストレーターです。この年のナショナルデモンストレーター選考会の会場は、北海道のルスツでした。私は、よしやってみよう! と思いました。でも、この選考会に無謀な挑戦をする人はいません。ナショナルデモンストレーターとは、スキー雑誌を飾るような、十分な戦績をもつ人がなるべくしてなるものだからです。でも私はまた、「それまで想像もしていなかった場所に自分を置いてみよう」と思いました。たとえ最下位に終わっても、挑戦は決してムダにならないはずです。

 

はたして本番では、ほんとうに最下位でした。でも思ったのです。1位になるのも難しいけれど、最下位になるのだって難しいゾ、と(笑)。このとき日本のトップの選手たちと堂々と競って滑ったことは、ほんとうに良い経験でした。この経験を勢いにして、そのあとにあったSAJ(日本スキー連盟)デモンストレーター選考会にも挑戦しました。そしてラッキーなことに、初認定を受けることができたのです。この年はほんとうにすべてがうまくいきました。

 

何のために滑るのか?

 

デモンストレーターを任期の2年間務める中で、私の中でスキーに取り組む気持ちが変わっていきました。うまく滑りたい、勝負に勝ちたい、というそれまでの気持ちから、どうしたらもっとたくさんの人にスキーの魅力を伝えられるか、と発想するようになったのです。

 

デモンストレーターとしての自分の個性を考えてみました。エリートではまったくなかった私は、「できない」ことを知っています。それが私の売りだと思いました。また、大学からはじめてデモンストレーターにまでなった私のことを知って、勇気が出た、と言ってくれる人もいました。

 

さらには、デモンストレーターの仕事は、私がいままでいろんな人から受けた恩を社会に返していくことだとも思いました。ひとりの力でデモンストレーターになれたのではないのですから。そのころ指導した方にゲレンデで会ったりすると、いまだに感謝されることがあります。

 

先輩やコーチばかりでなく、生徒さんたちもまた、私を成長させてくれた存在です。もちろん、両親をはじめ、これまでずっと応援してくださった方々にも感謝の気持ちを忘れることはありませんし、スキーで巡り会った人々とのつながりが、私の最大の財産だと思っています。

 

 

すべては挑戦からはじまる

 

ふつうはまず夢や目標があって、そこに向かって挑戦がはじまると思うかもしれません。でも私の場合、すべては「それまで想像もしていなかった場所に自分を置いてみること」からはじまりました。新しい環境に身を置くことではじめて見えてくるものがあります。それがやがて夢や目標として形をあらわします。挑戦が夢や目標を生み、挑戦したいという強い想いが私を成長させてくれたのだと思います。もちろん、いまの私が十分に成長したというわけではありません。成長は一生かけてこれからも続けなければなりません。

 

高校生のころ、商大に入ったら、良い会社に就職して、ステキな人を見つけて結婚して、幸せな奥さんになるのだと、なんとなく考えていました。でも実際は、まったくちがう今の自分がいます。結婚した相手は、私よりさらにスキーに取りつかれた、スキーメーカーで働く人でした。いまの私は、商大に入ったころには想像もできなかった私です。

 

何かに挑戦することで、はじめて目標が見えてきます。「挑戦することが夢を見つけることであり、夢への第一歩」なのだと思います。皆さんの中には、将来への夢や目標が見つけられずに悩んでいる人がいるでしょう。でも、夢や目標は別に最初になくたって良いのです。どんな小さなことでも新しいことを始めてみる。自分がいる環境を少し変えてみる。そこから何かがはじまり、夢や目標が見えてくるかもしれません。

 

私の場合はそうでした。そのためには、人との出会いや仲間を大切にしましょう。そしてもうひとつ私がぜひ強調したいのは、「皆さんスキー(またはスノーボード)を楽しみましょう!」ということ。小樽は、日本のスキー史でも重要な位置を占めるスキーのまちです。学生時代をせっかくこのまちで過ごしているのですから、ぜひ気軽にスキーを楽しんでほしいと思います。美しい冬の自然や雪との関わりもまた、必ず一生の財産になるはずです。

 
 

 

<質問>担当教員より

 

Q もし小樽商大で基礎スキーと出会っていなかったら、どんな人生を歩んでいたと思いますか?

 

A 子どものころから比較的活動的で負けず嫌いでしたが、今ほどにはならなかったと思います。仕事を辞めるにしても、平和な寿退社だったかもしれません。

 

<質問>学生より

 

Q 大きな挫折から得られたものは何でしょう?

 

A 自分の未熟さを客観的に再考できたことでしょうか。それから、大切なのはやはり仲間です。私が努力してきたことをそばでちゃんと見ていてくれたから、彼らはいちばん苦しいときに手を差し伸べてくれました。

 

Q 現在の夢・目標は何ですか?

 

A 競技の一線からは、これ以上は伸びないのではないかと実感した30歳で引きました。スキーからも少し離れていたのですが、今シーズンからまたたくさん滑りたいと思います。これからのチャンレンジは、夫とともに、スキーの魅力を広く伝えてスキー人口を増やしていくことです。

 

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