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エバーグリーンからのお知らせ

2020.10.21

令和2年度第2回講義:「地方企業による地域活性化への取り組み」

講義概要(10月21日)

 

○講師:藤武 哲朗氏(昭和57年商学部卒/秋田発酵工業株式会社代表取締役社長)

 

○ 題目:「地方企業による地域活性化への取り組み」

 

○ 内容:

私は九州の佐賀から商大に入って、小樽で5年間暮らした。学生時代の軸は智明寮と応援団にあった。北海道にゆかりの深い合同酒精(株)に入社し、現在は同じオエノングループである秋田県発酵工業(株)の社長を務めている。微減がつづく酒類市場において当社は、地域に根ざした商品開発とマーケティングを展開している。コロナ禍の逆風の中、地域に根ざした酒類メーカーの取り組みの現場について話したい。

 

 

 

多様な酒類製品で、地域の食と活気づくりに寄与したい

 

 

藤武 哲朗氏(昭和57年商学部※○○科卒/秋田発酵工業株式会社代表取締役社長)

 

 

 

 

人生を学んだ智明寮での5年間

 

 

 

私が商大に入学したのは1977(昭和52)年で、小樽運河の埋め立てをめぐる議論や計画が始まろうとしていたころでした。高校まで佐賀(九州)で育った私がなぜ小樽に来たのか。どちらかといえば封建的な空気の中で育った私は、北海道の伸びやかで自由な空気にあこがれたのでした。小樽での受験で、いまはない智明寮に宿泊しました。寮の方にほんとうに良くしてもらった覚えがあります。合格したらここに入れよ、「ハイッ!」というわけで、智明寮での暮らしがはじまります。智明寮は応援団の本拠ですから、ほとんど自動的に、応援団にも入ることになりました(笑)。四人部屋で床はコンクリート。木の二段ベッドが2列あって、ロッカーがありました。トイレは水洗ではなく、共同浴場がありましたが、入浴するのは週に2、3回。いま考えるとなんと劣悪な環境かと思いますが、当時は世の中がそんなものです(笑)。のちに寮長も務めました。応援団の活動と、夜は花園町の居酒屋でバイト。最後の方でヨーロッパを一人旅したので、商大には5年通いました。帰国の日を決めないオープンチケットで、気ままな旅を楽しみました。おかげで帰ってきたときには学友たちの就職活動は終わっていて、先輩が助けてくれました。合同酒精という、大正年間に旭川で創業した会社に入ったのです。合同酒精の甲類焼酎「ビッグマン」という商品は、皆さんもご存知かと思います。いまは、札幌ゆかりのラグビーのヒーロー、リーチ・マイケル選手と弊社の社長が出てくるTVCMを展開しています。ちなみ社長の西永裕司は、小樽出身で同じく商大OBです。

 

 

 

オエノングループについて

 

 

 

合同酒精の源流は1880(明治13)年の東京浅草にまで遡りますが、旭川に合同酒精が設立されたのは1924(大正13)年。詳細は省きますが事業拡張や合併を行いながら、2003年には持株会社体制に移行してオエノンホールディングス(株)となりました。現在の売上高は約754億円で、全国に900名以上の従業員がいます。私自身は、入社して札幌の営業部で仕事人生がスタート。その後本社のマーケティング部や、2007年にオエノングループが吸収合併した北の誉(株)の社長、同じく吸収合併した福徳長酒類(株)の常務と専務を務め、2016年からは、秋田県発酵工業(株)の社長をしています。東京本社のオエノングループは、北海道から九州にまで拠点を持っています。北海道には、ビッグマンを作っている旭川工場と、アルコールを製造している苫小牧工場。八戸(青森県)には酵素医薬品工場があり、韮崎(山梨県)では清酒を造っています。静岡の(株)サニーメイズは、ビールの原料になるコーンスターチを製造して、阿久根(鹿児島県)ではイモ焼酎、久留米(福岡県)では麦焼酎を製造しています。そして秋田県の湯沢市にある秋田県発酵工業では、甲類と乙類の焼酎、清酒、チューハイ、リキュール・スピリッツなどを作っています。ビールやウィスキー以外はだいたい作っていると言えるでしょうか。弊社の創業は、戦後まもなく清酒用のアルコールを製造したことにあります。「そふと新光」という商品は、甲類焼酎の秋田県内シェアの50%以上をもっています。年齢的にも皆さんはまだ知らないと思いますが、焼酎には甲類と乙類があり、蒸留を1回だけして原料(サツマイモや麦、ソバなど)の風味を残すのが、乙類。甲類は、蒸留を繰り返すことで純粋なアルコールをつくり、これを水で割った酒です。ちょっと自慢させていただきますが(笑)、清酒の方でも当社は近年振るっていて、昨年は全国新酒鑑評会で金賞、秋田県清酒品評会では首席の県知事賞を受賞しました。県知事賞とは、秋田県内でナンバーワンである、ということです。

 

 

 

酒類業界の現状

 

 

 

そもそも酒類には、作るにも売るにも免許制度があります。酒類は、特別な税金が課される、国家にとって重要な物品であるからです。日本の税制度が整えられた明治期には、日本酒にかかる酒税は、税収全体の30〜40%もありました。税収の大きな柱だったのです。いまでは酒税が全体に占める比率は5%以下です。また日本酒の全国生産量は、全盛期(1970年代前半)の四分の一くらいになってしまいました。ちなみに現在の国の税収の柱は、所得税が35%、消費税24%、法人税が20%くらいです。酒類製造免許は、酒類の品目や製造する場所ごとに必要です(酒類製造免許)。また販売でも、販売する場所ごとに必要となります(酒類販売免許)。販売では、卸売業と小売業でも区分されています。当社の酒が高評価をいただいていると言いましたが、しかし酒類業界の現状は決して明るいものではありません。この10年の酒類市場の推移をグラフでご覧いただきますが、全体のパイが微減していることがわかります。日本の人口が減少に転じているわけですから、これはほかの業界にとっても当然といえるかもしれません。しかしそれで納得してしまっては企業は立ち行きません。グラフから種類別の推移がわかりますが、ビールや清酒や焼酎が縮小する一方で、リキュールが増加していることがわかります。これは甲類焼酎を炭酸で割ったチューハイの伸びによります。チューハイのような発泡系のものが堅実に伸びていることがわかるのです。ここであらためて、酒の功罪についてふれておきます。酒は古来「百薬の長」とも言われ、適量を楽しめば心身の健やかさに益があります。また、土地の風土から生まれる酒は長い歴史とともに各地の食文化と深く関わってきましたから、伝統に根ざした価値ある嗜好品と言えます。一方で、酒には到酔性や習慣性があり、度を超えると飲む人とそのまわりの人々に害を及ぼす可能性があることは、皆さんもご存知だと思います。私としては、酒を適量楽しむことで人生が豊かになり、それはひいては地域の食文化を豊かにすることにつながる。そう考えています。

 

 

 

話題を呼んだ「秋田杉GIN」

 

 

 

弊社のある湯沢市は菅義偉首相のふるさとでもありますが、秋田県のトピックスを少しあげてみます。といっても、残念ながら良いイメージのものではありません。県の人口は一昨年(2018年)に百万人を割り、昨年秋では96万6千人。昨年度(2019年)の人口減少率1.48%という数字は、7年連続で全国最高です。今年夏時点の高齢化率(総人口に占める満65歳以上の割合)37.9%も全国一位。高齢化率は、記録が残る1975年以降上昇がつづきます。こうした状況の中、秋田に根ざしてモノづくりを展開する私たちは、地元のために何とか力を発揮したいと考えてきました。そうして実現した取り組みが、産学官共同による「秋田杉ジン」の開発プロジェクトです。当社は、秋田工専、秋田県立大学、そして秋田県の総合食品研究センターとともに、秋田杉の葉のさわやかな香りを生かした蒸留酒の開発に挑戦しました。そして約1年にわたる研究期間を経て、秋田杉のクラフトジン、「秋田杉GIN」が完成しました。秋田杉の葉のほか、ジュニパーベリー、コリアンダーシード、アンジェリカルート、オレンジピール、レモンピールの5種類の植物を香りづけに使っています。杉の葉の香り成分には、人をリラックスさせる力があると言われています。ソーダ割がオススメの飲み方で、秋田杉の香りと、ジン特有の風味がマッチしたすっきりとした味わいが楽しめます(アルコール分46%、500ml 2,830円※消費税抜)。去る6月(2020年)に県内にまず千本を出荷したところ、メディアに取り上げてもらったこともあって驚くほどの勢いで完売となり、3カ月で4千本を販売しました。開発資金はクラウドファンディングを使って、約150万円を集めました。こうした手法と合わせて、メーカーである当社単独ではできない、地域に根ざした商品開発が実現して、大きな手ごたえをつかみました。「秋田杉GIN」は、秋田県が主催する「あきた食のチャンピオンシップ2020」の菓子・飲料部門で銀賞を受賞しました。秋田県を代表する名産品のひとつであるお墨付きをいただいたのです。商大OBでは、緑丘蔵(上川大雪酒造)の塚原敏夫社長も地域に根ざした酒づくりでたいへん注目されていますが、当社もめざす方向は同じです。そして弊社はいま、「秋田サワー」に力を入れています。秋田県産の焼酎と秋田県で採れた果物や野菜、または県で作られた加工品を使ってつくるご当地チューハイです。飲食店各店でオリジナルのドリンクをメニュー化していただいたり、秋田土産として、缶チューハイの秋田サワーを発売しています。ご覧の通りなまはげを使ったデザインが秋田土産としての訴求力を発揮しています。また、飲食店向けの宣材としてのぼりを作って、まちの賑わいを出そうとがんばっています。

 

 

 

秋田に根ざした製品開発

 

 

 

私たちは、東北地方ナンバーワンの焼酎メーカーとして、「お酒を通じて秋田を盛り上げる」ことをモットーに企業活動を行っています。秋田に根ざした企業として、「秋田の自然の恵みをお酒にする」こと。そして「秋田の名産品といっしょに味わい、秋田のおいしさをさらに高めていくお酒を造る」ことをめざしています。現在のコロナ禍では厳しいのが現実ですが、そのことで人々を秋田に惹きつけ、秋田を楽しんでほしい。そのことが秋田を活気づけます。さまざまな食材と無理なく自然に合わせられる甲類焼酎は、こうした目的に最適のお酒です。このほか私たちは、北海道や東北各地の地産地消商品を受託生産しています。素材としての焼酎を、それぞれの土地の産物によるモノづくりに生かしてもらおうという考えです。例えば足寄町のラワンブキのふきのとうを使った「春告げの蕾」、青森県の十和田名産のやまいもを使った「やまいも焼酎 奥入瀬ろまん」、山形県新庄市の里芋を使った「里芋焼酎 はいっとう」、岩手県軽米町の雑穀を使った「雑穀焼酎あずまえびす」など、その種類は20以上になります。さらに皆さんに知っていただきたいのは、女性チームによる商品開発と地域活性化の取り組みです。先ほど、人口減や若者の酒離れでお酒のマーケットは微減しつづけている、という話をしました。お酒のマーケティングには新たな切り口やセンスが求められています。女性の目線も重要です。そこで3年ほど前、女性6名ほどで、「Aリボン」というプロジェクトチームを作りました。Aは秋田のAで、リボンにはLiveとbornの意味を込めています。目的は、「秋田をあんべいぐする(楽しく快適にする)」こと。秋田県産の旬のフルーツで、お酒ではなくオリジナルのジュースを作って楽しむ催しや、子育てをがんばっているママに、ストレスを解消して疲れを癒してもらおうと、「子育て応援 がんばるママへのご褒美タイム!」というイベントを実施したりしています。どれも短期的な戦術ではなく、マーケットに対する裾野の広いアプローチを心がけています。また、地元の酒蔵との合同イベントも実施しています。秋田は全国的に知られた酒どころで、湯沢市だけも4社の蔵があります。しかしこれまでは単独での取り組みが多く、広がりが薄かったという課題がありました。近年は4つの蔵が合同で、うどんのイベント時などに試飲即売会を実施して、厚みと広がりのある展開を行っています(湯沢は、稲庭うどんの発祥地なのです)。2月には、400年の歴史をもつ「犬っこまつり」という民俗行事があるのですが、このとき4社がいっせいに酒蔵開放を行っています。いろいろなイベントを通して私たちは、自社の目先の販売促進の前にまず、地域を楽しく元気にしていこうという精神を大切にしています。

 

 

 

コロナ禍の逆風の中で

 

 

 

最後に、コロナ禍での事業活動についてお話しします。新型コロナウィルス感染症の発生によって、医療機関で手指消毒用のエタノールが不足しました。国もこれに即応しました。厚生労働省は、高濃度エタノール製品を、手指消毒用エタノールの代替品として用いても差し支えないことを示しました。そして国税庁は、「飲用不可」という表示や管理番号などで不可飲処置が施されるなど一定の要件を満たした手指消毒用「高濃度エタノール製品」について、酒税を免除することを発表しました。これを受けて当社では、焼酎・スピリッツのメーカーとして、手指消毒用エタノールを製品化して、県内の30病院、湯沢市内の28診療所、市内の学校などに無償提供しました。これは、オエノングループに清水(静岡県)と苫小牧にアルコールの専用工場があるので実現したことでした。さらに大切なお客様である居酒屋・飲食店などは、たいへんな逆風を受けて困窮しています。当社では、直接チューハイを配ってお得意様を支援しました。居酒屋の皆さんは、チューハイを受け取ったことにも増して、私たちが直接顔を出したことにたいへん喜んでくださいました。「こんなときによく来てくれた!」という言葉をたくさんいただいたのです。皆さんも実感していると思いますが、コロナ禍はまだ終わりが見えません。しかし感染防止に十分に配慮しながら、国の「Go to」キャンペーンに連動した、例えばスタンプラリーなど、 なんとか地域を盛り上げるための施策を実行していきたいと思っています。またこうした危機のもとで、ブランドを守り、その価値をどう高めていくか。これは最終的には社長の仕事です。ブランドは安心や信頼の上に時間をかけて築かれるものですから、従業員ひとりひとりの自覚と行動もとても重要です。最後に。北の誉の時代を含めて、私は10年ほど社長業をしています。社長はその企業の最終責任者であり、365日、緊張とプレッシャーとつきあう厳しい仕事です。しかしそこにこそ、社長業の醍醐味があります。皆さんも機会をどん欲につかんで、仕事人生においてぜひ一度は社長になってみてください。

 

 

 

 

 

 <藤武 哲朗さんへの質問>担当教員より

 

 

 

Q 地域への取り組みのお話が印象的でした。ご苦労やエピソードなどをもう少し聞かせていただけますか。

 

 

A いま力を入れているのが、秋田県の素材を活かしたご当地チューハイ、秋田サワーです。りんごや塩レモンがあり、そのまま楽しむ缶入り・瓶入りのほかに、炭酸で割って自分なりの味が楽しめる秋田サワーの素、といったラインアップがあります。秋田サワーの素はクセがなくいろんな素材と合わせられますから、さくらんぼやブルーベリー、いちごなど、秋田の農産物と組み合わせて秋田のおいしさを楽しみましょう、と訴求しています。ただ、百%地元素材を安定して確保するとなると、難しい面もあります。また秋田サワーは観光客のお土産商品としても好評をいただいていたのですが、コロナ禍でその流れが弱まっています。いまは、地元の方に楽しんでいただこうと考えています。仕事に逆風はつきものですから、そこで何ができるかと考えるのが仕事の本質です。

 

 

 

Q 海外からも注目されている 「秋田杉ジン」とのことですが、海外展開の可能性はいかがでしょうか?

 

 

A 近年、ジンは世界的なブームの中にあるといえます。日本でも、かつての地ビールのように地域に根ざしたクラフトジンが各地で開発されています。しかし今はなんといってもコロナ禍の状況ですから、残念ながら輸出は足踏み状態です。事態が好転してくれば、ユネスコ無形文化遺産にも登録された「和食」をベースにした日本のジンというコンセプトで、勝算は十分にあると考えています。

 

 

 

Q どんな商大生活だったでしょうか。大学時代のエピソードなどをあらためてお聞かせください。

 

 

A あまり堂々と言えることではないのですが、私の学生生活の思い出は、勉強の前に、寮生活と応援団でできています。部屋のメンバーといえば、私は九州、そして大阪、茨城と、生まれ育った土地が全然違ったので、最初はお互いに相手がしゃべっている言葉もよく分からない(笑)。花園町の焼き鳥屋でアルバイトもしました。そのときはあまり考えませんでしたが、年齢を重ねてくると、自分は寮や応援団やバイト先からどれほどたくさんのことを教わったのか、とわかってきました。人間関係や社会について、学生時代に学んだことはとても大きいのです。

 

 

 

<藤武 哲朗さんへの質問>学生より

 

 

 

Q 酒類のマーケットは微減傾向にあるとうかがいました。人口減や若者の酒離れということもあります。こうした状況にどのように対応していますか?

 

 

A 先ほど言ったように、業界全体がそこのことで日夜悩み続けています。各社がそれぞれいろいろな戦略を磨いていますが、ライバル同士なので業界としてのまとまりに欠ける面もあります。また、例えば酒のことがニュースになるとき、ほとんどが事故だったり事件にまつわることです。どうしても悪いイメージが広がってしまいますね。私は結局、酒が持っている負の要素はしっかりと押さえた上で、酒の良さをどのように伝えていくか、ということが大切だと思っています。そのためには、広く「食」の世界の中で酒を位置づけることが重要です。技術による市場の変化もあります。かつてのイモ焼酎(乙類)は、嫌いな人にはほんとに強烈な匂いでした。でも減圧蒸留という技術が進歩して、近年のイモ焼酎はずいぶんマイルドになっています。その結果、女性のファンが増えてきた。女性のお酒好きが増えると、男性の酒好きも増えていきます。先ほどお話しした女性チームによる商品開発も、そうした文脈から生まれた動きです。

 

 

 

Q 就活へのアドバイスをお願いします。

 

 

A 海外を旅していて就活に完全に乗り遅れてしまった昔の私を考えるとアドバイスをするには気が引けますが(笑)、そのとき私を救ってくれたのは先輩でした。まず、先輩や友人との関係というかけがえのない財産を、学生時代に作ってください。そして企業選びでいえば、たとえどんな大企業でも明日はわからない、という厳しい現実があります。ですから会社を選ぶのではなく仕事を選ぶ。自分はどんな仕事の世界で生きていきたいのかを考えてください。1、2年生の皆さんには難しいかもしれませんが、少なくとも方向性は考えられると思います。人生なんてあっという間に終わってしまうものです。いま皆さんの年齢でしっかりと考えることが大切です。

 

 

 

Q どんな心構えで大学時代をおくれば良いでしょうか?

 

 

A 外見は大きく変わってしまいましたが、私は、自分の内面は学生時代からそんなに変わっていないと思っています。何かが引き起こす喜怒哀楽の気持ちは、学生時代と同じなのです。ですから、そういう心根はいまの皆さんの年齢のころに固まるのです。たくさんの仲間とまじわり、いろんな先輩や大人たちと出会って、多くのことを吸収してください。私はバイトなどで小樽のまちの人たちにたくさん良くしてもらいました。いまでも小樽は、学生にやさしいすばらしいまちのはずです。

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