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2018.11.07

平成30年度第5回講義:「人生100年時代において 企業人としてどう生きるべきか?」

講義概要(11月7日)

 

○講師:日向 雅之 氏(昭和56年商学部経済学科卒/現:ひなた中小企業診断士事務所、前:㈱大庄執行役員経営企画部長)

 

○題目:「人生100年時代において 企業人としてどう生きるべきか?」

 

○内容:

ヨット部の練習に明け暮れた学生時代。海への憧れから大手水産会社に入り、営業マンとして好成績を上げて高評価を受けるも、会計知識不足から大きな失敗と挫折を経験。一念発起して働きながら夜学で簿記を学び、人生初めて勉強の面白さと楽しさを知った。これを機に自己成長の場として会社や仕事と向き合うようになり、経営を学ぶために「中小企業診断士」資格を取得。それからは自然と新しい道が開かれた。資格、転職、独立と、会社員人生で体験してきたことを、これから社会に出ていく後輩たちへのヒントとして語りたい。

 

 

 

会社は、自分を成長させてくれる場所という考え方

 

 

日向 雅之 氏(昭和56年商学部経済学科卒/現:ひなた中小企業診断士事務所、前:㈱大庄執行役員経営企画部長)

 

 

商大生活の基盤はヨット部と寮

 

1981年に小樽商大を卒業した私は、まず大手水産会社の大洋漁業(現マルハニチロ)に入社し、37歳の時に外食産業のベンチャー企業に転職しました。そして先月定年退職し、38年間の会社員人生にピリオドを打ちました。セカンドライフは中小企業診断士(経営コンサルタント)として社会貢献することが目標です。今日は、自分自身が会社員人生を総括する絶好の機会をいただき、母校に深く感謝いたします。若い皆さんのこれからの人生のヒントになればと思い、私のアウトロー的な会社員人生をお話しします。

 

 

話の入り口は、「人生100年時代」

 

 

この言葉はイギリスのリンダ・グラットン教授が、世界的ベストセラーとなった『ライフ・シフト』という著作で掲げた概念で、これからの働き方を問うテーマとして世界中で大きな話題となりました。2017年現在、日本の平均寿命は男81歳、女87歳と過去最高を更新中で、2065年には男85歳、女91歳と予想されています。2007年生まれの子供の半数が107歳まで生きるという説もあります。かつて100歳と言えばニュースになる位の大長寿でしたが、すでに珍しくもない時代であり、「人生100年時代」においては、7080歳でも働くのは当たり前になります。ですから、皆さんは長い人生をどのように働き、どのように生きていくのかを、若いうちからしっかりと考えておく必要があるかと思います。

 

 

商大時代、4年間を智明寮で過ごしました。当時は全国から個性ある仲間が集まり、応援団の拠点でもあって年間通してさまざまな行事がありました。最も情熱を注いだのは部活のヨットでした。バンカラの時代です。寮や部活の生活では、今の時代では理解できないであろう、楽しいこと、厳しいことがたくさんありましたが、私はここで基本的な人間関係のあり方を学ぶことができました。ヨットに乗ろうと思ったのは、海への憧れもありましたが、大学から始めても何とかなるスポーツだったからです。私の4年間は全てヨットのために費やしたといっても過言ではなく、誰よりも練習と研究をしたという自信があります。その甲斐もあり、4年時には全道チャンピオン(470級)になって北海道代表としてインカレ本大会に出場しました。私にとっては学生時代の最大の想い出、喜びでした。(結局、北海道では断トツに走っていた私も、本州の強い学生には全く歯が立ちませんでしたが・・)

 

学校での勉強はどうだったか? 情けないことですが、この分野を勉強したと自信をもって言えるものがありません(笑)。ただ卒業単位を取るために勉強した、というのが正直なところです。今とは違い、当時の就活は4年生の秋からが本番でした(「就活」という言葉もありませんでした)。私は、夏にインカレに出場した直後で、脱力感もあって準備など全くしていませんでした。その割には根拠もない自信があって、受けたのは一流商社や大手の銀行、自動車メーカーなど。完全なブランド志向ですね。結果は全て一次面接でダメ。「君はこの4年間、大学で何を勉強したのか?」という面接官の質問に何も答えられないのだから当然の結果でした。ウソでも答えを用意しておけば良いのに、それさえもしていなかったのです。しかし、冷静に考えて、単なるブランドではなく、自分が本当に好きな分野や興味のある業界はどこなのだろうと問い直したのです。

 

そうは言っても、ヨットしかない人間。でも人一倍好きなもの。その中でキーワードを上げれば「海」と「船」。合宿中の食事メニューを考えるのが好きだったので「食」。となれば水産会社だ! そう確信しました。そして大洋漁業を受けたのです。面接ではそれまでの失敗を糧にして、質問される前に自分からこう切り出したのです。「私は大学で何を勉強したかと聞かれて、残念ながらお答えできるものがありません。しかしながら、学生時代、ヨットをいかに早く走らせるかの勉強は誰よりもやった自信があります。北海道の全学生にヨットを走らせたら、私が一番早く走らせることができます!」(笑)。そして、面接官には面白い奴だと思われたのか、内定を勝ち取ることができました。

 

 

簿記との出会い、そして中小企業診断士資格に挑戦

 

 

入社してまず、東京支社練製品課の営業に配属されました。食品問屋や小売スーパーなどに“マルハ印”の魚肉ハムソーセージを売り込む仕事です。営業マンに最も必要な資質は何か。それは、お客様からいかに信頼を得て人間関係を構築できるか、です。その点、私は4年間の部活や寮生活の経験が生かされました。直ぐに売上成績を伸ばし、上司からは高く評価されました。それで天狗になってしまったのだと思います。ある日上司に呼ばれました。「君の売上成績には何の問題もないが、売掛金回収がきちんとできていない。一体何をやっているのだ!」と。それまで私は売掛金台帳や帳簿の見方がわからず、勉強しようともしませんでした。知らぬ間に未回収残高がどんどん膨らみ、損失化していたのです。つまり売上を伸ばすことばかり考えていて、営業マンとして必要な基礎的な“数字”については何も理解していませんでした。評価は大きく下がり、4年目に地方営業所への転勤辞令が出ました。私としては、飛ばされた(左遷)という気持ち。ショックで会社を辞めようかと思いました。しかしよく考えれば、悪いのは100%自分でした。気持ちを切り換え、「よしわかった!数字もわかる、何でもできる完璧な営業マンとなって見返してやる!」という思いが高まりました。そして、転勤後に早速、簿記学校の夜間コースに通いました。

 

ところが、この簿記の勉強が面白くて仕方なかったのです。それまで仕事で理解できていなかった疑問がどんどんクリアになる。25歳にして初めて勉強の本当の楽しさを知ったのです。それまでの受験勉強や卒業目的の勉強は、完全に受身のもので苦痛なものでしかなかった。しかし、自ら問題解決するための勉強はこんなに楽しいものか。半年で3級と2級を取りました。“数字”も理解した私は、営業成績をさらに伸ばして再び評価が上がり、入社7年目に東京支社に戻されることになりました。すでに営業マンとしてはベテラン領域。担当先も大きな会社を任され、商談相手も経営トップ層と接する機会も多くなりました。そうした方々の大きな視点からの“経営”の話は、私には新鮮で非常に魅力的でした。そして思ったのです。今度は「“経営”について勉強しよう!」。そして出会ったのが「中小企業診断士」という資格だったのです。

 

「中小企業診断士」とは、経産大臣が認定する経営コンサルタントの国家資格です。経営・財務・法務・情報システム・マーケティングなどとても幅広い知識が身に付くために、ビジネスマンの自己啓発として非常に人気が高い資格です。しかし簡単には取れません。試験難易度は公認会計士や税理士に次ぐレベルで、1000時間の勉強が必要だと言われています。私は、昼間営業マンとして働き、2年間夜学に通い、土日は休まず自宅で勉強を重ねました。生涯でこれほど勉強したことはないと思えるほどでしたが、全く苦にはならず、むしろ非常に充実した期間でした。その甲斐あって資格を取得できました。

取得後、すぐに上司に異動希望を出しました。資格勉強を通して、若いうちに営業部門だけでなく、管理部門で“経理財務”の実務を経験したいという思いが強くなったのです。しかし、上司は大反対。「勤続10年のベテラン戦力を手放すわけにはいかない。社内異動にそんな前例はない」と一蹴されました。大変尊敬する上司だったので申し訳ない気持ちもありました。しかし、どうしても私の意志は固く「無理であれば会社を辞めます」と切り出しました。上司もさすがに驚いて「そこまで言うなら何とかしよう」と人事部に駆け寄ってくれたのです。こうして私は希望通りの部署に異動することができたのです。当時、周りからは「社内転職」とも呼ばれましたが・・(笑)

 

 

経営の中枢で働きたい!

 

 

一方、「中小企業診断士」になると社外人脈がグンと広がりました。この資格では、プロコンサルタントを中心にした勉強会や研究会が非常に盛んなのです。私も、夜間や土日を利用して、さまざまな会に参加して積極的に人脈を広げました。すると、コンサル業務のお手伝いや経営書の執筆などの仕事依頼を受けるようになったのです。『商業界』という専門誌では、個人名で連載を持つまでにもなりました。会社に概ね報告はしていましたが、こうして私は、平日は会社員、土日はコンサルタントという“二刀流”の生活を約5年間続けました。

そんな中、当時ビジネスマンの自己啓発雑誌として人気のあった日経新聞系の『日経アントロポス』という雑誌で資格特集(199412月号)があり、“企業内で働く中小企業診断士”代表として私が推薦され、会社の広報部を通して取材を受けました。資格を目指した動機や、仕事にどう役立っているかなどを話したのです。36歳の若造が、いま誌面を見るとずいぶん生意気なことを言っています(笑)

ところが、この雑誌が私の人生を変える大きな転機となったのです。発売後突然、それを見た人材会社(3社)から会社宛に電話がかかってきました。「あなたのような人を経営幹部として求めているベンチャー企業があるが、興味はありませんか?」 と。いわゆるヘッドハンティングの誘いでした。全く予想もしなかったので大変驚きました。

 

大洋漁業に入って15年。営業の第一線から経理実務、そして「中小企業診断士」になっての活動。当時の私は、すでに今度は会社経営の仕事に携わりたいという思いが高まっていて、とりあえず話を聞いてみることにしました。3社の中では、特に大庄という外食ベンチャーに関心を持ちました。海鮮料理を主とした大衆割烹「庄や」、「日本海庄や」などを展開し、急速に店舗網を拡大中で、その勢いに惹かれました。社長直々に「何としても株式上場に挑戦したい。一緒に頑張ってくれないか!」と熱く口説かれ、私は人生の次のステップに踏み出したのです。

入社後まもなく、社長からいきなり新規事業のプロジェクトリーダーを任されました。千葉県市原市に開設される「高速道路のサービスエリア」の立ち上げプロジェクトでした。レストランと売店、スナックコーナー、自販機と4部門があり、各責任者を統括する仕事。しかし私にはリーダー経験はないし、全く畑違いの業務。「失敗は許されない。私には荷が重いです。」と社長にお断りしたところ、返事は鶴の一声でした。「いいからやれ!とにかくやれ!」。その時、私は初めてベンチャー経営者の真の姿を知りました。

 

ベンチャー経営者は、会社を立ち上げて一気に成長させたように見えますが、その成功の裏にたくさんの失敗もしているのです。その共通項は、立ち止まることなく、その失敗を大いなる“糧”にして、次のチャレンジに進み、大きな飛躍を遂げているということです。社長には、人材育成の場として後進にも同じ経験をさせようという思いが強いのです。だから「とにかくやれ!」なのです。私も、チャレンジ意識を高揚させて、試行錯誤しながらも休みなく働き、何とかオープンさせることできました。4カ月という短い期間でしたが、この成功体験は、私にとってはその後の大きな自信となり、一生の財産にもなりました。

 

そして、次はいよいよ株式上場です。そのプロジェクトの中心で働きました。東京証券取引所には厳しい上場基準があり、企業理念、ビジネスモデルから経営ビジョン、業績の収益性や成長性、中長期経営計画、ガバナンス体制など幅広い分野で、その審査を一つ一つ全てクリアしなければなりません。そのため内外のさまざまな情報収集と分析を行い、膨大な資料作成が必要となります。しかしながら、その仕事は私のそれまでの実務経験と「中小企業診断士」で培った知識がベストマッチしたものでした。結局、東証2部上場まで3年、そこから2年で1部上場を果たしました。株式上場プロジェクトの仕事はなかなか経験ができるものではなく、非常に夢とやり甲斐のあるものでした。

 

それからはずっと経営企画部門一筋、経営者のサポート役として、会社の経営戦略や事業計画の策定の他、株式市場でのエクイティファイナンスや、M&A、IR(株主・投資家、アナリストやマスコミ向け広報)、グループ会社の統括管理など、自分がやりたかった“経営”に関するさまざまな仕事を経験することができました。こうして、私は大洋漁業で15年、大庄で23年、最後は経営中枢の役員として、会社員人生を全うすることができました。

 

 

仕事で学び、仕事で自分を成長させる

 

 

私の会社員人生を振り返ると、次のことが言えるかと思います。

 

(1)問題解決の目的のために資格と出会い、自分本位の勉強と学びを続けられたことで、会社に振り回されずに、やりたい仕事を自分で開拓できたと思います。

 

(2)失敗を恐れずチャレンジしたことで、自然とビジネスチャンスが広がり、自己成長することができました。

 

(3)「中小企業診断士」という資格を得たおかげで社外人脈が劇的に広がって、会社以外でのサイドビジネスも経験することができました。

 

(4)会社実務を通して“経営”という専門分野・専門スキルを確立することができ、その結果、経営コンサルタントという生涯追及できる仕事を見つけることができました。

 

 

さて「人生100年時代」という話を冒頭にしました。若い皆さんにはなかなか想像できないと思いますが、これからは元気な人は7080歳まで仕事をすることが当たり前になる時代。しかしながら、最初に入った会社でずっと80歳まで仕事をするということは考えられないでしょう。何度か会社を換えながら、あるいは副業を持ちながら、自分らしく働きたい、生きて行きたい。そう思う人が今よりもさらに多くなるでしょう。私からは皆さんに向けて、そのために大切なポイントとして次の5つの点を提言したいと思います。

 

(1)まず何事においても常に「なぜ? なぜ?」という「問題意識」を持つこと。「学び」の原点は「本当にそうなのか?」という意識からスタートするものです。

 

(2)人生は「学び・勉強」の連続であると思います。「わからないことがわかるほど楽しいことはない」。問題解決のために学ぶ、その積み重ねが人生を楽しく、豊かにしてくれるはずです。

 

(3)「失敗を恐れずにチャレンジする」、「失敗は成長の糧である」という「プラス思考」で考えることです。挑戦なくしての成功や成長はありえないと思います。

 

(4)「会社、仕事」は自分が成長できる「場所」であり「手段」と主体的に考えるべきです。「会社からはお金(給料)をもらえる上に、色々な勉強ができて自己成長させてくれる」。こんなに有難い「場所」はないのではないでしょうか。

 

(5)できるだけ早いうちに(3040代まで)、他人より勝る強み、自分が一生涯追求できる「専門スキルや専門分野」をもつことです。その後の人生が豊かになるとともに、「副業」が当たり前になる時代においては不可欠になるかと思います。

 

 

最後に、「学生時代に何をすべきか」ということに対して、私からの3つのアドバイスを贈ります。

 

  • 何か夢中になれることに徹底して打ち込み、「これだけは誰にも負けずにやった」と言えるものを一つでもつくり、「自信」を深めてください。将来、何かの壁に当たった時に、その「自信」が必ず助けてくれはずです。

 

  • 社会に出て一番大切な能力は、やはり「コミュニケーションスキル」だと思います。ですから、学生時代からできるかぎり「人間関係」を広げて、「コミュニケーションスキル」を身に付けてください。

 

  • 「どこの会社に入ったか」で人生が決まるわけではありません。どんな会社に入っても、大切なのは自分自身がそこで「どう学び」、「どう成長していくか」です。その気持ちがあれば自分の人生を自分で開いていけるはずです。

 

 

 

<日向 雅之 さんへの質問>担当教員より

 

 

Q 30代で転職をした日向さんですが、就職や転職への基本的な考え方や、そのために必要な努力や心の持ち方などを、改めて聞かせてください。

 

 

A 学生時代に仕事人生のプランを綿密に立てても、少なくとも一般企業に勤めるのであれば、計画通りには行かないと思います。就活で一生の仕事を見つけるぞ、などと考え過ぎない方が良いのではないでしょうか。これは自分の経験からも断言できます。入社すると日々の仕事の中で、全く知らなかった世界を色々と経験するはずですから、その時点で自分なりに問題意識を持って、そのために必要な資格取得とか勉強のことを考えれば良いのです。どんな時でも、まずは目の前にあってやるべきことに一生懸命頑張ってみる。次の進路はそこから自ずと見えてくるはずです。

 

 

Q 学生時代に必要なものとして簿記を上げられましたが、実務が伴わないとなかなか動機づけが難しいのも事実です。そのあたりをどう考えればよいでしょうか?

 

 

A 確かにそうですね。私自身は、就職してから、簿記や英語をもっとしっかり勉強しておけば良かったと思いましたが、学生時代にそこまで深くは考えられませんでした。特に、簿記はどんな分野に就職しても絶対に役立つ知識です。専業主婦になっても家計の管理にうまく活用できます。ただ、先輩として強くアドバイスしますが、学生の皆さんはあれこれ損得を考えずに、今の自分にとって興味が持てる勉強を真剣に取り組めば良いのではないかと思います。どんな勉強でも、将来何らかの形で必ず役に立ってくるかと思います。

 

 

 

<日向 雅之 さんへの質問>学生より

 

 

Q どうしてもネガティブ思考になってしまう自分なのですが、何かにチャレンジしようという気持ちはどうしたら湧いてきますか?

 

 

A 難しい質問ですね。それは心の深いところから出てくるものだから、人に言われてどうにかなるものではないと思いますし・・(笑)。まずは、どんな小さなことでも、何かうまくいって喜んでいる自分をイメージしてみてはどうでしょう。それをもとに何かにトライしてみる。どんな小さな成功体験でも積み重ねていけば良いかと思います。チャレンジしたいことが見つからない、という人もいるでしょう。それでもまずは、目の前のことに集中してみてはどうでしょう。例えば、私はヨット部時代、北海道で優勝してインカレに出場する、という目の前の目標に全力で挑戦しました。その時にはヨットが自分の人生にどのように役立つかなどとは全く考えていませんでしたが、結果的には、その後の私の人生においては、かけがえのない仲間や時間や大きな自信をもたらしてくれました。また、例えば資格を取ることは、自分への投資です。本当に必要だと思ったら自分にプレッシャーをかけてローンを組んでも挑戦してみる。そして結果を出す。結果抜きで挑戦を楽しむだけでは、ビジネスの社会では意味はありませんからね。

 

 

Q 転職のとき、3つの選択肢の中からなぜ(株)大庄を選んだのですか?

 

A 他の2社は、専門商社と教育研修の会社でした。私は大洋漁業という「食」の分野でずっと仕事をしていたので、まず“外食”ということで惹かれました。そして、創業社長の「健康と心の豊かさを求めるお客様のためにNO.1の外食チェーンをつくりたい!」という会社理念と熱い思いが心に響きました。また、「株式上場プロジェクト」という夢のある経験ができることも大きな魅力でした。

 

 

Q 中小企業診断士という仕事のやり甲斐を教えてください。

 

A 日本の中小企業は、全企業数の99%以上、従業者数の約7割を占めている、日本経済の中心です。しかしながら、中小企業の経営者には人的サポートや経営情報などが不足しているのが現実です。そうした経営者に対して、私自身の実務経験を基にした具体的なアドバイスや提案に耳を傾け、喜んで活かしてくれる姿を見ると非常にやり甲斐を感じます。また、後継者難や事業承継の問題がかなり深刻化しており、診断士の役割がさらに重要になるかと思っています。

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