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エバーグリーンからのお知らせ

2016.10.19

平成28年度第2回:「企業が求める人材とキャリア形成 〜グローバル企業で仕事をするということ〜」

概要

 

○講師:太田研一氏(昭和54年経済学科卒/元・株式会社東芝)

 

○題目:「企業の求める人材とキャリア形成 〜グローバル企業で仕事をするということ〜」

 

○内容:企業に入社して自らキャリアを切り開いて行く上で、皆さんはさまざまな選択を行わなければならない。その際に合理的な判断を行うための一助となる内容を話したい。

 

  1. 環境が変化してゆく中で利益ある成長を目指すために、企業にはどのような組織が望ま れているのか。また組織を運営してゆく役職者のあるべき姿とはどのようなものか。
  2. 実際に企業においてどのような考え方で人事評価が行われているのか。またその仕組みはどのようになっているのか。
  3. 日本企業とは異なった外資系(欧米)企業の処遇の仕組みはどのようなものか。

 

人生を方向づけた上司のアドバイス

 

私は(株)東芝に入社して、その後欧米系の企業4社に勤めました。その間一貫して歩いたのは人事畑です。皆さんにとって企業の人事セクションとは、採用を担う部門だろうという認識だと思います。しかし人事が担う役割はそれに留まりません。今日はそのあたりを解説します。

 

東芝に入社して、導入教育の期間に私は人事部に配属されました。生産の現場には分野ごとに事業部制が敷かれていましたが、人事は横断的に全社と関わります。そうした仕事が自分に向いていると感じました。2年目のときに上司が私に問いました。お前は自分の針路をどう描いているんだ?と。出身大学から見ても、同期と私は最初から差がついていました。上司は言いました。近い将来、人事も海外で仕事をする時代が来る、と。その準備として、英語力をつける社内の育成コースに参加する機会を与えられました。それがその後の企業人としてキャリアの選択肢を広げる大きな武器となりました。

 
人事の仕事は、単に社員を管理することではありません。経営針路に則って企業組織全体のアウトプットを最大にするために、人的リソースを揃えてさまざまに組み合わせ、各人を成長させていく。そのための制度設計を行うのが人事の仕事なのです。私は17年間東芝で人事の仕事をして、自分の意志で外資系の会社に転職しました。選んだのは、建築で使うアンカーボルトなど作るヒルティ社(本社リヒテンシュタイン)の日本法人。ポストは人事本部長でした。
ここで私は会社のキャラクターというものを強く意識することになりました。東芝は事業を技術でドライブする会社。新しいことにチャレンジするカルチャーが全社にありました。一方でこちらは、安定市場の顧客に差異の無い製品を販売する企業。効率アップ=利益アップというカルチャーでした。移ってほどなくして自分には合わないな、とわかりました。しかしすぐ辞めてしまえば履歴書を汚すことになりますから、4年間は仕事をして、次に転社しました。
 
今度は、アプライドバイオシステムズジャパンという、遺伝子解析に使われる高度な機器でビジネスをしている会社の日本法人です。20世紀末から21世紀初頭、世界でヒトゲノムの解読が進められましたが、この会社はゲノム解析機器分野で世界シェア9割というずば抜けた独占企業でした。自社のジェット機を2機保有していて、カリフォルニアの本社から役員が来日するときは自社機を使うほど儲かっていました。しかし好調のあまりより大きな企業に買収されました。私のポストはヒューマンリソーシス統括部長でしたが、日本に人事トップはふたり要らないという状況になり、転職を余儀なくされました。50代の転職ですから、それまでのキャリアをふまえて人材マーケットで自分の価値がどのようなものであるか、冷静に位置づけて行動しました。
 
今度は、ディー・アンド・エム・ホールディングスという、音響・映像機器のメーカーです。かつて日立製作所が持っていたオーディオブランドDENONや日本マランツを束ねて投資会社が保有していた会社でした。私は人事・総務部門で日本とアジアを統括する本部長になりました。
そこで3年ほど仕事をしたころ、あるヘッドハンターからアプローチを受けました。電機業界のこととアメリカ企業のやり方を良く知っている人事畑の人材を強く求めている企業があるが、候補者がいなくて困っているというのです。三洋電機の半導体部門を買収した、元モトローラ社の半導体部門が独立した、オン・セミコンダクターという米国企業です。私は魅力を感じて移りました。ここでのポストは、ヒューマンリソース・ディレクターでした。昨年末に定年を迎えるまで勤めました。
 
企業人として働いていた40歳ころから、自分は60歳でリタイアして、あとは好きなことをしたいと考えていました。いまは札幌の社会保険労務士の事務所で人事制度に関わるコンサルティングを手伝いながら、夏はバイク、冬はスキーという生活をおくっています。今年は春から秋まで、7000キロくらいバイクで走りました。スキーは、商大時代はもちろん子どものころから大好きなスポーツです。

 

企業を動かす「リーダーシップ」と「マネージメント」

 

企業が目的に向かって組織を動かすに当たって、ふたつのやり方があります。「リーダーシップ」と「マネージメント」です。定義すると、「マネージメント」とは、「現状の諸事に対処すること」。「リーダーシップ」とは、「環境の変化を事前に予測して変革を推進、対処すること」。ですから組織の長となるマネージャーとリーダーでは行動の仕方がちがいます。マネージャーは、目標を実現するための合理的なプランをつくって行動します。問題が起こった場合は事態を収拾します。つまり適正に管理したり維持したりコントロールします。
一方でリーダーは将来のビジョンを見据え、そこに向かうようメンバーの同意を取り付けます。また、組織ひとりひとりのモチベーションを高めます。リーダーのリーダーシップは、つねに現状を問いなおしながらオリジナルの革新を行い、人を重視して社員同士の信頼関係を強くして目的を達成します。縦軸にリーダーシップ能力、横軸にマネージメント能力を据えてマトリックス図をつくり、いろんな企業や組織を位置づけてみると面白いでしょう。たとえばベンチャー企業ならリーダーシップが強く、マネージメントが弱い。またマネージメントが強い官僚的な企業は、時代の変化に対応しづらい。あるいは、リーダーシップ能力とマネージメント能力、これがともに低ければ、倒産は時間の問題です。では軍隊はどうでしょう。一般には軍隊ほど厳しい規律(マネージメント)が浸透している組織はないと思われます。それは事実ですが、しかし実際の戦場では、個人個人の自発的な創造性が鍵を握ります。つまり、強い軍隊はマネージメントもリーダーシップも高いレベルにあるのです。リーダーシップが重視される組織では、指示待ち人間は要りません。ひとりでも、そして仲間とでも、自発的に考えて最適な行動ができる人間が求められます。
 
マネージャーとリーダーに求められる役割を示す「ABCDモデル」という考え方があります。 AはArchitect(設計者)で、たとえば企業トップ。目標を定めてそこに向かって部署ごとの目標や戦略的方向性を設定し、それをわかりやすく伝えます。たとえばスティーブ・ジョブズのようなトップですね。BはBuilder(構築者)で、たとえば部長クラス。戦略にそって事業を行うためのシステムを構築します。問題解決や意志決定が重要な仕事です。CはCoachで、たとえば課長クラス。スタッフを束ねて目標の任務を実行します。組織として最大限のアウトプットを構成員から具体的に引き出すのが仕事です。そのためにスタッフひとりひとりを育て、モチベーションを高めます。最後のDはDoer(実行者)。現場で、個人の専門知識を活かして職務を遂行する人たちです。企業にはこのような階層があり、それぞれにちがう役割が異なった割合で求められます。つまり優秀なセールスマンや経理マンがそのまま優秀なコーチや部長になれるわけではないのです。なぜなら、上の階層では現在のポジションとは異なった役割が重要となってくるからです。また部長や課長は、部下や関係部署、クライアントからの評価も重要になります。現役時代、私の上司は私の部下に、太田の下で仕事がしやすいか? などと定期的にヒアリングしていました。ですから組織の上(の評価)ばかり見て仕事をしていると、評価は低くなります。

 

 

仕事によって自分を高めていくこと

 

欧米の企業が社員をどのように評価するか。その代表的なプロセスを説明しましょう。
まず前提としてあるのが、欧米では人事管理を明確にサイエンスとしてとらえていること。こういう社員がいたら、こういう方法でこの方向へ伸ばせ、ということなどが膨大なデータをもとに理論化されているのです。そのための手法やコンピュータソフトも非常に高度に発達しています。日本企業の比ではありません。たとえば私が使っていた評価の考え方を説明する資料が、「Annotated(註釈付) Performance Potential Map」というもので、これは縦軸にポテンシャル、横軸にパフォーマンスを据えたマトリックス図です。ポテンシャルは高いのにパフォーマンスが低い社員には、配置転換や厳しいコーチを。あるいは、残念ながらポテンシャルもパフォーマンスも低い社員には、辞めてもらう。またポテンシャルは高いのにパフォーマンスが平凡な社員には、新しい課題を与えてみる。一方でポテンシャルもパフォーマンスもともに最高の社員には、給料が十分かどうか確かめる、という具合です。なぜなら会社に不可欠なトップ人材は、つなぎとめておかなければなりません。ほんとうに優秀な人間は引く手あまたですから。多くの社員はこのマトリックス図で現状維持(Keep in place)のゾーンに収まりますが、図の高いレベル(ポテンシャルの高い領域)に空白がある場合、それは将来の人材難を意味します。その場合、企業は求人に動きます。外資系企業ではこういうマトリックスで人材を分析し、経営戦略をもとに、つねに将来の組織に必要な人材の育成や採用を考えます。日本の企業もこれから、人事にこうした科学的な考え方をとるところが増えていくでしょう。

 

次に社内教育。学生諸君はしばしば、採用面接の際「御社の研修制度はどのようなものですか?」といった質問をしてきます。しかし、研修のように知識を座学で増やしていくような場は、新入社員のほんの初期段階でしか行われません。社員を伸ばすのは、なんといっても実際の仕事での経験です。たとえば、優秀なセールスがいたら、コーチ(課長)はその社員とともに次の目標を立て、そこに到達する課題を社員と共にはっきりさせます。社員はそれに対して、こうやってみたい、と自発的に考え行動します。こうして次のステップに上がってゆく。一連のプロセスの中では、コーチングとフィードバックが重要となっています。また、レベルが上がるほど、社員は受動的(指導を受けながら職務能力を身に着ける)態度を脱して、能動的(新たな職務にチャレンジする)経験を通じて能力を高めてゆきます。
 
報酬制度も、日本企業と外資では大きく異なります。基本給の上に変動給(ボーナス)や報奨(特別表彰など)があるのはほぼ共通ですが、外資系では基本給以外のメリハリの付け方がけた違いです。日本のボーナスはほぼ固定給のような位置づけですが、私はあるとき、数万円のボーナスしかもらえない年がありました。会社全体の業績が悪かったのです。しかし翌年、同じ会社で、日本企業では考えられないほどびっくりする額が出ました。特別表彰の制度では、外資では上司が判断して頻繁に数万円〜数十万円が支給されます。「彼・彼女はこういう成果を上げたのでこれで報います」と、わかりやすく目に見える形で、しかもピンポイントで行います。会社からの雄弁なメッセージです。日本の経営者はそれをやれば和が乱れると考えますが、欧米企業はちがいます。
 
長期インセンティブは、外資ならではの考え方から来ています。自社株をある一定価格で購入する権利であるストックオプションや、自社株をもらう権利であるRSU(Restricted Stock Units)があります。どちらも、付与されてから3年間経たなければ全ての権利行使を行うことができません。優秀な人材をとどめておくための方法ですが、日本の退職金制度とは大きく異なります。株を使ったプログラムは引き留めておきたい人材に選択的に付与しますが、日本の退職金は一律に適用されます。また、日本の退職金制度は極めて長期間勤務することでメリットが出てきます。それで希望通りの会社に入った人は、とにかく50歳くらいまでは石にかじりついても、と考えるでしょう。しかし欧米の株を使ったプログラムは全ての権利行使が可能となる3年が単位となっていて、引き続き会社に引き留めておきたい社員には新たな株式を付与しますが、そうでない場合は付与しないことになります。
欧米では優秀な人は自ら成長したいという強いモチベーションがあり、現在の会社でステップアップの機会がなければ、転職・転社を考えるのです。ですから、人事部の仕事は、その意欲や伸びしろを経営資源として戦略的に活用していく仕組みを構築して、事業部門が適切に活用できるようにすることにほかなりません。
 
これからはじまる皆さんの針路には、ほんとうにたくさんの選択肢があるでしょう。皆さんに最後にお伝えしたいことをまとめます。まず、企業の中では、日々の実務を通して自発的に成長する機会が極めて重要であること。ほんとうに価値ある機会は、必ずしも会社が用意して渡してくれるとは限りません。それをつねに意識してください。
成長の機会を得るためには上司のコーチングが鍵になります。しかしともすれば上司はコーチングへの時間を惜しみがちです。皆さんの方から積極的に話し合いの機会を持つように心がけてください。またどんな局面でもコミュニケーション力が大切です。これは単に自分を売り込むプレゼンテーション力ではありません。コミュニケーションではまず、相手から希望や考えをうまく引き出すことが重要です。そのうえで自らの考えを相手にパワフルに伝えられる能力を磨いていってください。新たな機会・変化には尻込みしないように。私は50代後半でも転職しましたが、日本の古いイメージだと、その年代の転職は警備会社のスタッフくらい、と思われているかもしれません。でも決してそんなことはないのです。そして、会社にしがみついてはいけません。企業と個人は、あくまでも契約関係にあるのです。仕事によって自分を高めていくことをいつも意識して、その機会をつねにどん欲に求めていってください。自分の価値が評価される軸を、社内だけではなく、その業界やもっと広い社会の中に据えてください。

 


 

〈太田さんとの質疑〉

 

Q(担当教員) リーダーシップ志向とマネージメント志向で分析する企業のとらえ方が印象的でした。学生は、どうしたらその企業がどちらに重心があるのかがわかるでしょう?

 

A たとえば採用担当者にこんな質問をぶつけてみてください。「入社3年目くらいで、御社は私にどんな観点から評価軸を当てるでしょうか?」と。あなたの自発性を重視します、という方向か、あるいは社内の規律を重んじる方向か。自発性重視なら、その企業はリーダーシップ重視型の企業だといえるでしょう。

 

Q(学生)上司はとても良いコーチなのに組織の方針と合致していない場合はどうしたら良いでしょうか?

 

A あなたが所属する組織が、何のために存在しているのか。そのことに照らしてその上司のふるまいを見ると良いと思います。コーチの役割は、自分が抱えるチームに最高のパフォーマンスを発揮させること。ではそれは何のために? 会社の大本の理念の実現のためです。上司の言動が、会社の針路ときっちり一致していることが重要ですね。つまり、そういった上司がいたとしたら管理職として失格であるということになります。なぜなら管理職にはコーチとしての役割だけではなく、戦略を自部門に定着させる設計者の役割もあり、その部分を果たしていないことになるからです。

 

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