- <担当科目>
- 財政学(昼間主)、経済理論(夜間主)等
天野大輔 准教授
AMANO Daisuke
フィールドは財政学 ⇔ 経済成長理論
私は赴任以来、財政学を担当しています。財政学とは政府(や公的部門)の経済活動に分析の焦点を当てる科目です。国家財政では政府の予算(「一般会計」と呼びます)のうち、支出を歳出、収入を歳入と呼ぶので、政府の歳出と歳入の構造を学ぶ学問とも言えます。具体的には、政府の経済活動としての財政の役割や機能、その在るべき姿(つまり理想像)、および財政政策(例えば税制改正や公共事業)の経済効果などを講義のトピックとして取り扱います。
社会科学としての経済学の目的の一つは、現実の様々な社会問題の解決のためにより良い(適切な)対応策やそのための指針を論理的に追求することです。しかし、その意味では残念ながら経済学は、(後から付いてくることはあっても)その専門的知識を利用してお金を儲けるための手段にはならないでしょう。団塊ジュニア世代の私は、後に「就職氷河期、ロスジェネ、X…」など様々な言い方の「失われた」世代に括られるようになりましたが、学生当時に適切な税制と経済成長の実現によって、自分達の眼前にある数々の困難を克服したり、社会の課題を解決できるのではないか、と漠然と考えていたことが研究者を目指すきっかけでした。
私の研究フィールド(分野)は、後述の経済成長理論を応用して政府による財政政策の波及効果を考察したり、社会的に望ましい税制の在り方を追求することです。最近では、既存の社会資本(インフラ)に対するメンテナンス(補修や予防保全)が経済成長に及ぼす長期的影響を分析しています。山梨県大月市の笹子トンネル天井板崩落事故や今年1月に埼玉県八潮市で起きた下水道管破裂による道路陥没事故のように、我が国は耐用年数を超えたインフラの老朽化による大規模事故のリスクに直面しています。そのようなモチベーションから、政府によるメンテナンスへの財政支出の配分やその財源となる税制を変更(改正)した際の長期的波及効果に関するモデル分析に取り組んでいます。
時間を経て変動・成長する経済を表現する動学
(経済)動学を英語で“dynamics”と訳すのですが、この特徴的な魅力は時間の経過とともに経済状態が移り変わっていくという時間の概念が含まれる点です。というのも、そもそも日常の社会や経済は時間とともに変化しますでしょう?残念ながら、日本はいわゆる『失われた30年』のおかげで経済は長く停滞が続いてきましたが、少なくとも世界の多くの先進国や新興国、商大生の皆さんが留学や語学研修をしたいと思う国々は経済が成長していませんか?皆さん自身でも、入学したての1年生のときを振り返ると、4年生になって卒論を執筆する頃には随分と知的に成長をしたと感じていませんか?皆さんが受講した経済学科目(勿論、財政学も)の講義ノートに書いた、例えばある財市場の需要曲線と供給曲線の交点で表される市場均衡点は、明日になっても1年後もその場所から動きません。巷の物価は上昇し、法律は変わり、情報通信は発達し、コロナ株は変異し続け、そして経済は成長(残念ながら、日本は長く停滞)しているにも関わらずです。数学で『⊿ABCの辺上をある速さで動く3点P,Q,Rの作る三角形の面積の…』を求めるような嫌らしい入試問題などで動点を取り扱うことがあっても、先述のグラフ上の交点は、経済状況の変化に対応して曲線自体がシフトしない限り移動しません。
他方、経済成長理論では明示的に時間の概念が存在し、消費や資本やGDP(国全体の生産能力の指標)などを文字で表した経済変数の値が時間の経過とともに指数関数(つまり「うなぎ登り」)のように増加=成長します。その結果、モデル分析において、起点となる経済状態を表すグラフ上の点が、時間経過とともに新たな到達地点に向かって移動します。そのような移行プロセスをたどる間に起こる経済状況の変化を経済成長のプロセスとして解釈することができます。経済成長無くして社会は豊かになり得ません。政府の財源となる税収も増えませんし、皆さんの将来の社会も豊かになりません。
このように、経済モデルを利用した理論分析すなわち頭の中の“ラボ”で行う思考実験が、一貫して私の興味の中心に在ります。DIYやプラモデルのジオラマ製作のように、既存の理論モデルを“作り変えるor改良する”ことによって、試行錯誤を繰り返してモデルの「細部に宿る真理」を探究する(言わば、モデルで遊ぶ)愉しさが、私の知的好奇心の源泉になっています。
根拠の無い『期待や信念』から景気変動が生まれる!?
私の研究で社会全体と関連のあるトピックを挙げるならば、いわゆる『投資家の心理状態がマクロ経済にどのように影響するか?』を研究の対象にしている点でしょうか。根拠の無い期待や信念、いわゆる『他の誰かが高値で買ってくれる』という予想が、自己実現することで経済が成長する仕組みを考察しています。その昔、ジェヴォンズ(英)は「太陽黒点(=サン・スポット)の数が景気に影響する」と主張しました。黒点の数が多ければ太陽の活動(フレア)が活発化しているので、 熱量が豊富に地球に照射されて作物がよく育ち(今年の日本では酷暑のせいで逆かも)、人々の消費意欲が高まって景気が良くなるという説です。つまり、科学的な根拠は全く無く、自然物理ではありえないプロセスです。皆さんが1人でこの説明を読む限りは、一笑に付すような説でしょう。しかしながら、たとえ科学的な根拠が無くても、「黒点の数が多い時は景気が良くなる」と一定数の人々が信じれば、実際に互いの消費意欲を刺激して、本当に景気が良くなるかもしれません。例えば、「株価が上昇する」と予想する人々が多くなれば、たとえそれが根拠の無い期待や身勝手な信念であっても、そのような予想が自己実現し、現実に株価が上昇したり景気が良くなるかもしれません。まるで、1人のユーザーがSNSに投稿したフェイクニュースが拡散して、大勢の人々がそれを真実と思い込むケースに似ていませんか。他方、ケインズ(英)は「人々は合理的な行動を選ぶとは限らず、血気や野心的意欲(=アニマル・スピリッツ)から、しばしば予測不能で非合理な行動をする」と主張しました。まるで、カミュ『異邦人』の主人公ムルソーのようです。ケインズの主張は、投資家が自らの将来に対する楽観的かつ強気な期待ゆえに、将来への不確実性が多少あったとしても、リスクのある投資を決断する心理的要因を説明しています。彼の楽観的な説は、経済主体は合理的に行動するという経済学の想定(仮説)に反するかもしれません。野生生物はムダにエネルギーを消費すると生き永らえません。我が家の“ワンコ”でさえも、昼間は建物の日陰で熟睡していました。
しかしながら、上述のサン・スポットやアニマル・スピリッツのように、失敗のリスクを恐れない企業(家)による研究開発(R&D: Research & Development)への挑戦的な投資が、新たなアイデアを創造するイノベーション(技術革新)の源泉となり、経済成長や景気変動が起きる説明の一つになります。日本の経済成長や景気回復の源泉として、リスクをtakeする企業(家)によるイノベーションと、R&Dを刺激・促進するような政府の財政政策とその波及効果は重要な研究テーマと考えています。
昼間主は経済成長理論 ⇔ 夜間主はゲーム理論
今年度は昼間主の4年ゼミと夜間主の3年ゼミを担当しています。昼間主の4年ゼミでは、経済成長理論に関する海外のテキストを教科書として利用し、ゼミ生で輪読(=順番に口頭発表)しています。英文テキストをわざわざゼミの教科書に指定するという点で、ゼミの難易度が高そうに思われるかもしれません。しかしながら、今ではChatGPTが、それ以前からDeepLなどの“使えるモノ”があるので、英文講読は難易度・ハードルが既に下がっていると思われますし、何よりも私としては卒業論文の作成に非常に役立つと考えています。海外で広く使用されている著名なテキストの最新版であることや、併せて卒業までにマクロ経済学の応用的な内容を修めてほしいというねらいもありますが、このテキストは本文の英文を日本語に変換すると、卒論で書くべき整った構文で構成された理想的な教材に思われました。テーマ(題目)として設定した社会問題に対する自らの主張を、卒論として論理的かつ説得的な文章にまとめるために、日頃から整った構文に触れてほしいと考えています。
夜間主の3年ゼミでは、ゲーム理論の著名なテキストを輪読しています。夜間主には社会人の方々もおり、総合コースを採用しているため、ゼミ生と一緒になって勉強できるような教材を探していました。ゲーム理論とは戦略的意思決定の理論で、個人(プレイヤー)が互いに相手の行動を予想して自分の意思決定をします。互いに相手(ライバル)を出し抜ける状況で、どうすれば最良の結果を得る選択ができるかについて考察します。最近では、頭の柔らかいゼミ生の方が、教員である年かさの私が見逃した点を指摘することもあり、彼らの「成長」を頼もしく思うようになりました。4年次にどんなテーマ設定からどのような「野心的な」卒論を書いてくれるのか、今から楽しみです。


変遷する社会の要請に応えられるように
ゼミ活動などにおいて、グループで何かの作業に取り組む際のいわゆる「フットワークの軽さ」が商大生の良い面だと感じています。考え方が柔軟で、作業の手際が良く、団体での行動力がある印象があります。他方、授業での演習問題やゼミでの口頭発表の場においては、それが「あきらめの早さ」に感じる一面があります。もう一息頑張ってほしい、頑張れば高みに昇れるのに勿体ないと思うことがあります。要求は多くないはず(?)なので、恐るるに足らずの心掛けで取り組んでほしいと思います。
世界経済ではトランプ大統領のアメリカ第一主義やロシアのウクライナ侵攻のように、不確実性がますます高まりつつあります。他方、依然として日本経済は財政赤字の削減および少子高齢化への対策のような諸問題に直面しています。速いスピードで目まぐるしく変わる世情や価値観に対して、いわゆる「社会からの要請」に応えることのできる高スキルのT型商大生を目指して勉学を重ねてほしいです。
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