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2025.11.19

令和7年度第7回講義:小島 敏之さん(S60短卒)「今も昔もこれからも「人から学び、人に支えられて」」」

講義概要(11月19日)

 

○講師:小島敏之氏(1985年小樽商科大学短期学部卒業/株式会社北洋交易代表取締役社長)

 

○題目:今も昔もこれからも「人から学び、人に支えられて」」

 

○内容:

小樽商大を卒業して63歳になる現在まで、私は輸入住宅の販売を中心に6つの事業に関わってきた。それぞれのキャリアの上でたくさんの試行錯誤があったが、振り返ると私はいつも、上司やお客さまをはじめとしたまわりの人々に力をいただいてきた。当然、商大在学中も同様だ。私が経験してきた仕事の概要と、その上で強く意識するにいたった仕事観を、後輩たちへのメッセージとしたい。

 

 

 

「北に一星あり 小なれどその輝光強し」の精神を胸に

 

 

小島敏之氏(1985年小樽商科大学短期学部卒業/株式会社北洋交易代表取締役社長)

 

 

 

 

第69代応援団団長として

 

今日は、「自分は人から学んで人に支えられてきた」、という大きなテーマで話を進めます。
中身としては、まず小樽商大と、私が団長を務めた応援団のこと。そして私の職歴や住宅産業について。さらに皆さんに伝えたいメッセージ、という内容です。今日の教室には応援団やサークルの先輩たちが駆けつけてくださり、恐縮しています。

 

私は1962年に旭川で生まれました。現在63歳です。1985年に小樽商科大学の短期学部を卒業しました。在学中に私の軸になったのは、応援団の活動です。第69代の応援団団長を務めました。応援団には歴史が途切れた時代もあったことなどは、後輩の大坂則幸さんによる先日の講義で聞いたと思います。
応援団では同期が 5名いたのですが、当時よく話し合ったのは、応援団の活動によって小樽商大をひとつにしよう、という思いです。特に北海道大学との定期戦には力が入りました。何としてでも北大には負けたくない、という気持ちが強くありました。
定期戦は羽織袴を着て、髪もヒゲもぼうぼうの格好をして1年ごとに場所を札幌と小樽で交互に行います。札幌では駅前通りを大通公園まで進んで行く途中で、応援団の行進に商大の札通生たちがどんどん参加してきて、いっしょに気勢を上げていきます。ふだんは応援団に関わりを持たない学友たちがいっしょに参加してくれることは、大きな喜びでした。
応援団の団長がなぜこんなに古くさい格好をしているかといえば、その姿とふるまいによって、我々は長い伝統の上にいまここいる、ということを表しているわけです。

 

ほかに演劇戦線というサークルでも活動して、年に3回の公演を行っていました。かつていまの大学会館の横に600番棟という、大正時代に建てられた古い木造の建物があって、その2階で活動していたのです。建物がなくなった時には学内でテントを張ってテント芝居をやったり、学生会館で芝居をしました。自分がそうした活動ができたのも、まわりの仲間や諸先輩がいたからこそでした。

 

現在は、というと、趣味ではスポーツ観戦が好きで、主に野球を観ています。いまは横浜に暮らしていて、横浜スタジアムが比較的近いので、機会があれば横浜DeNAベイスターズのゲームを応援しに行きます。パリーグはもちろん、北海道日本ハムファイターズを応援しています。
皆さんご存知でしたでしょうか?今年(2025年)8月、小樽商大出身で阪神タイガースの早川太貴投手が、ベイスターズ相手にプロ初勝利を上げました。あの商大のグランドで練習していた人が阪神タイガースの一員として勝利を上げたということは、OBたちのあいだでたいへんな話題になりました。しかし、その対戦相手がよりによって横浜DeNAベイスターズだった。OB仲間とLINEをやり取りしながら、私は少し切ない気持ちで試合を観ていたのですが、やはり早川選手が掴んだ勝利はたとえようもなくうれしいものでした。皆さんも先輩のひとりがプロ野球の世界で活躍している、ということを心に留めておいてください。
ほかに趣味としてはゴルフがありますが、これはあとでお話ししますが、仕事を兼ねているものになります。

 

 

トーモクグループのスウェーデンハウス

 

私は 1985年の4月に(株)トーモクという会社に入社しました。段ボールや紙器のメーカーです。それから1987年に、そのグループ会社であるスウェーデンハウス(株)、現在は(株)スウェーデンハウスですが、そこに出向して、1999年にスウェーデンハウス東京支店の支店長になりました。そして2004年にスウェーデンハウスの常務取締役営業本部長に。2012年にはスウェーデンハウスのグループ会社である(株)スウェーデンハウスリフォームという会社が立ち上がって、その社長に就任。2019年12月に、現在の仕事である(株)北洋交易という会社の社長を兼任して、今年(2025年)の6月からは北洋交易の社長専任となっています。住宅に関連した仕事を38年間くらいしていることになります。

 

トーモクグループという企業体を説明します。
グループでは3つの大きな事業を行っています。ひとつは(株)トーモクの段ボール・紙器事業。段ボールを作って販売している事業です。これがグループとしての柱になりますが、もうひとつは運輸事業。例えば、皆さんたまにトーウとン書かれたトラックを北海道でも見かけることがあるかもしれませんが、(株)トーウンという物流サービスの会社です。そして三つめが、私がずっと関わっている、(株)スウェーデンハウスを軸にした住宅事業です。
私が入社したころ(1985年)、トーモクは国内に10工場を稼働させていました。現在は国内18工場、そしてアメリカとベトナムに合わせて3工場を持っていて、大きく発展しています。現在の総体の年間売上げとしては、2200億円くらい。(株)トーモク単体では990億円くらいになります。住宅事業では570億円くらいを売り上げています。

私が仕事をしてきたトーモクグループの住宅事業は、(株)スウェーデンハウスを中心として、木質トラス(木材による三角形構造の部材)を製造する(株)プライムトラス、住宅部材をスウェーデンで製造する(株)トーモクヒュース、愛知県で建売住宅を建築・販売する(株)玉善、そしてホームデザイン事業とゴルフ場事業を柱とする(株)北洋交易などがあり、私はいま、この北洋交易の代表を務めています。
さっきから言っているスウェーデンハウスとは、どんな住宅なのか。さわりを少しだけ説明します。大きな特徴としては、日本の住宅の基準を超えた、北欧基準の「高気密高断熱性能」があります。高気密とは隙間がないこと。高断熱とは、夏も冬も外気の影響を受けづらいことです。それを実現させるのは、日本の一般的な在来工法とはちがう、上質な木材による枠組みと壁による構造です。このため耐震性にもすぐれているほか、ヨーロッパで進化してきたバリアフリーやユニバーサルデザインをいち早く取り入れてきました。
室内の熱(冬は暖房、夏は冷房)が逃げてしまいがちな窓も、日本ではいまもアルミや樹脂が主流ですが、スウェーデンハウスでは当初から木製のサッシと3層ガラスの組み合わせでした。これによって高い断熱性能を実現させているのです。

スウェーデンハウスの事業は、戸建注文住宅、つまりあらかじめ作られた規格品ではなく、お客さまが望む生活ができるように個別に家を設計する住宅づくりからスタートしました。私が東京でセールスをしていたときには、全体の7割くらいがこの注文タイプの住宅で、3割が別荘でした。
スウェーデンハウスは輸入住宅というカテゴリーに入るのですが、もちろん日本の暮らしにぴったり合わせてデザインされています。欧米には日本のような玄関はありませんが、スウェーデンハウスには日本の玄関が備えられています。つまり当然ながら、靴を脱ぐ暮らしが前提です。和室を作ることもできます。
加えてスウェーデンハウスには、建売分譲住宅もあります。そしてこの比率が近年高まっています。私が住宅営業をしていたころのお客様の平均年齢は、40代以上でした。しかし今は若くなってきています。注文住宅の多くの場合はお客さまが土地をお持ちで、ここに建ててほしい、となるわけですが、若い方々の多くは土地を持たず、土地探しから計画がはじまります。そこで土地も建物もこちらがあらかじめ用意した商品をお求めいただくことが多くなっているのです。

それと、スウェーデンハウスの事業には「まちづくり」があります。代表的なものが、当別町にあるスウェーデンヒルズです。JR学園都市線の当別駅のひとつ前に太美(ふとみ)駅がありますが、そこから北に行った丘陵地に広がるまちで、もともとは石狩湾新港の後背地として構想されました。緑に囲まれたそれぞれ大きな敷地にスウェーデンハウスが建てられ、隣家との距離を大きく設定したり電線を地下埋設にするなど、景観への配慮も十分になされています。区画は600以上あります。全体はベンガラ色の住宅で統一されていますが、この色はかつて、スウェーデン中部にあるファールン銅山の精錬副産物(スラグ)を混ぜて作られていた塗料に由来します。木材にこの塗料を塗ると耐久性や防腐性が高まるためにスウェーデンでは古くから使われていたのでした(日本のスウェーデンハウスに塗られている塗料は、それをイメージさせる現代的な化学塗料です)。
札幌方面からサイクリングやドライブがてらに訪れる方もいらっしゃいますから、皆さんも機会があればぜひこのまちを歩いてみてください。

 

 

 

 

スウェーデンハウスのグループ事業

 

ちなみに、日本人がなぜ家で靴を脱ぐのか、考えたことはありますか?
古くは日本の道はみんな土でした。雨が多い風土ですから、泥まみれの足でそのまま家に入ると家が汚れます。だから玄関で足を拭いたり洗ったのでした。ヨーロッパではどこも、ふるいまちでは道には石が敷かれていました。そこを裸足や草鞋では歩けませんから、靴が発達しました。床材も、それに合わせて硬い木や石が主流になります。一方で日本では靴を脱いで家に入るので、畳で十分だったのです。
しかし近年では、衛生を好む意味もあって欧米でも靴を脱いで生活するスタイルが増えているようです。

 

次に、私が50歳で移った(株)スウェーデンハウスリフォームではどんな仕事をしたかと言うと、スウェーデンハウスのオーナーさまのリフォームが大部分を占めます。良質な住宅に、家族の歴史と共に必要な手を入れながら末永く住んでいただくことが、リフォームの目的です。そのほか、他のメーカーさんが建てた戸建てやマンション、住宅以外の工場や事務所などのリフォームも受注しています。
いま写真でご覧いただいている住宅のリフォーム例は、築110年以上の古民家を、建物の形や風格を尊重して残しながら大規模にリフォームしたものです。施主さまは、価値あるこの住宅に、冬暖かく夏涼しい、スウェーデンハウスならではの技術(高断熱高気密)を掛け合わせて、これからも長く暮らし続けたいと願ったのでした。
またもうひとつ見ていただいている写真は、ダイニングキッチンの壁を取って広々とした空間を実現させたリフォームのビフォー・アフターのようすです。

そして現在私が代表を務めます、(株)北洋交易という会社について。
北洋交易では4つの事業を行っています。ひとつはインテリアコーディネート。ふたつめは
住宅関連製品の販売。そして3つ目がオンラインストア。さらには、スウェディッシュリゾートという、ゴルフ場の運営事業です。
まずインテリアコーディネートでは、内装や照明器具、家具、カーテン類などを、お客さまが実現したい暮らしのために、資格を持ったインテリアコーディネーターがさまざまに提案をします。当社ではヨーロッパの豊富な製品を揃えています。
2番目は、木製を中心にした住宅関連商材の販売です。ご覧いただいているように、ドアひとつとってもさまざまな種類があり、床材でも、表面に4ミリ以上の厚さがある無垢材を用いたフローリングなどは、当社ならではの商品です(床材の厚み全体では芯材を入れて12ミリ以上あります)。
輸入住宅と言いましたが、靴で暮らす国の家のフローリングと、日本のように靴を脱いで暮らす家のフローリングは全く違います。日本の住宅のフローリングの表面材は一般に1ミリくらいですから、表面に傷が付くとその下の材にまで影響が及んでしまいます。表面材の厚みにこだわるスウェーデンハウスでは、その心配はありません。このようにフローリングひとつとっても、スウェーデンハウスならではのクオリティがあります。

また当社では、オンラインストアも展開しています。例えばダーラヘストと言われている馬の人形をご存知でしょうか?ヘストはスウェーデン語で馬のことで、スウェーデンでよく知られた民芸品です。昔ダーラナ地方に出稼ぎに出ていた父親が、ようやく家に戻れる時期になったときに、娘のために馬の木彫りを彫って持ち帰ったという風習に由来します。心が温かくなるような物語をもつ民芸品です。
これに限らず私はいつも社員に、物語の背景といっしょに商品を売ろう、と言っています。クリスマスの時期にとくに売れる森の妖精「トムテ」もしかりです。スウェーデンの人々は、家の装飾を窓の外を通る人も楽しめるように意識します。
食器もさまざまに扱っていて、フィンランドの高級食器IITALA(イッタラ)などが人気です。

そして当社の事業では、スウェーディッシュリゾートという分野もあり、当別町のスウェーデンヒルズに隣接したスウェーデンヒルズゴルフ倶楽部を経営しています。
写真にはベンガラ色の建物も写っていますが、実はこれはスウェーデンハウス創業の前、1982年に建てられた実験棟でした。ここでスウェーデンハウスが日本の風土の中でどのように居住性を発揮できるか、2年間データを取ったのです。40年以上経っていますが、いまも何の問題もなく美しい佇まいを見せています。
ここは27 ホールあるゴルフ場です。今年で創立 50 周年を迎えました。積雪寒冷地である北海道のゴルフ場は、半年間しか運営できません。そういう立地にもかかわらず半世紀にわたってひとつのオーナー(企業)が運営しているのは、とても珍しいと言えます。

 

ゴルフ場の雪にちなんで、ちょっとネタ話をします。スウェーデンヒルズゴルフ倶楽部は、今年は11月最終週でクローズの予定ですが、そこから根雪が積もり、長い冬を迎えます。そして来年4月下旬のシーズンインとなるのですが、雪が溶けて芝生がどんな状態で顔を見せてくれるのか、関係者は期待と緊張で待ち受けます。
鍵を握るのは、グランドキーパーが本格的な降雪直前のタイミングを見極めて、芝生を雪腐病から守る薬品を散布する作業です。薬品を散布してすぐ雪が降ると、雪が薬品を芝に圧着してくれます。しかし降雪のタイミングを見誤ると、春の芝の状態がまるで違ってしまいます。ですから11月は、たくさんの気象情報を集めた上で判断を迫られる、グランドキーパーにとって腕の見せ所であり、胃が痛くなる季節なのです。異常気象が続く近年であればなおさらです。なにしろいまは北海道でも梅雨があり、ゲリラ豪雨がある時代ですから。

 

北海道の夏の早朝、草が朝露でびっしょり濡れているところを見たことがありますか?これは北海道のように昼夜の寒暖差が大きな土地に特有の現象で、ゴルフ場にとっては、これは実にありがたい現象です。露が芝生をしっとりと潤してくれるからです。しかし昼夜の寒暖差が少なくなると、露ができません。気候変動はこういうところにも現れています。芝生を維持するための水の確保が課題になりつつあります。
また当社では、スウェーデンヒルズ内にまたヴィラレクサンドという宿泊施設も運営しています。

 

日本の住宅業界に一石を投じたスウェーデンハウス

 

私が働いてきた会社のことを長く説明してきましたが、ここからは仕事の中身についてお話しします。
営業の形には、 BtoB(BUSINESS to BUSINESS・企業間取引)とBtoC(Business to Consumer・個人向け取引)があります。
私は長く住宅の営業をしてきましたが、それはBtoCの世界。段ボールや紙器を製造販売する(株)トーモクは、BtoBの世界です。
そして私がいま社長を務める北洋交易は、インテリア製品の販売についてはBtoC、住宅部材についてはBtoB、そしてゴルフ場経営はBtoCのビジネスになります。
私のキャリアは、BtoBの段ボールの営業から始まりましたが、実は段ボールには商品としての差がさほどありません。段ボールはシンプルに紙3枚でできているだけのものですから。だから営業としては、お客さまのニーズをどのように正確に捉えて、それに応えていくかが勝負になります。

新人時代、私はあるときから段ボールを実際に毎日使っている現場に顔を出して、使い勝手とか不満に思っていることなどを細かく聞き始めました。工場のオペレーター、作業員の方、パートの女性などです。すると、トーモクの段ボールは硬くて使いづらいよ、など、いろんな声が拾えました。私はこうした「ヒアリング力」を鍛えることで、問題点や課題をさぐって、それを自社の関係部門に伝えました。いっしょに解決策を考えて、そのアイデアを持ってお客さまをまた訪ねます。そのうち、トーモクの営業は現場によく顔を出すね、という評価をいただくようになり、ときにはライバル会社の情報まで話してくれるくらいに人間関係も築かれていきました。まだ実績も経験も少ない自分にできることは、お客さまの声に必死に耳を傾けることだったのです。

 

私は次に、BtoCの住宅販売、スウェーデンハウスの営業マンとなりました。当初私は勝手がわからず大変苦労しました。当時の営業は、モデルハウスにご来場いただいたお客様を接客することから始まります。そのあと電話などでフォローして、訪問したり、セールスイベントにお誘いする、というスタイルです。
段ボールの営業ではいつも明確に得意先、固定客がありましたが、住宅の場合に相手にするのは、つねに新規のお客さまです。私は半年間一軒も売ることができませんでした。当時(40年ほど前)の住宅営業の世界では月に一棟売るのが合格点で、半年間まったく売れない営業マンには「0セールス」という屈辱的な呼び方があり、私はそう呼ばれてしまいました。
私は必死に考えました。そしてそのうちに、霧が晴れてきました。
BtoB営業ではお客さまのニーズを探ることが重要でしたが、BtoCではその前にやることがある。それは、動機を深掘りすることでした。モデルハウスに来ていただけるのは、マイホームに興味を募らせている方です。興味のない人は来ません。だから家族がどんな思いで家を求めているのか。そこに寄り添うことが大切なのだ、と気づきました。
またニーズを掴むにしても、家族のあいだでズレがある場合もあります。お子さんたちが、私たちの意見を全然聞いてくれない、と不満を持っていたり。だから家族全員のニーズを正確に掴まなくてはなりません。

 

また、自分が売る商品のことを深く広く知ることも当然大切です。
ましてスウェーデンハウスは、他社の商品と比較しても高額で、非常に差別化された商品です。例えば室内の熱が失われがちな開口部の設計では、一般には1枚のガラスがはまったアルミサッシが使われますが、スウェーデンハウスでは当初から木製サッシの三層ガラスです。また構造の枠材は、日本の一般のツーバイフォー工法で使われるものに比べて1.6倍くらいの厚さがあります。
かつて関東で営業をしていると競合他社さんが、スウェーデンハウスは北海道の家なので、東京の住宅としてはオーバースペックだ、と盛んに言いました。たしかに彼らにとって3層ガラスなどは、見たこともない世界でしょう。しかし高気密高断熱の住宅は、夏の冷房効果にもたいへん優れています。またそもそもスウェーデンハウスの思想には、ヨーロッパ流に、住宅を大切な資産だとする精神が息づいています。これは、住宅を単なる耐久消費財と考える日本の住宅文化とは大きく異なります。
当時家を建てるときに日本では、住宅金融公庫でローンを組むのが主流でしたが、返済期間はだいたい25年の設定です。これは、25年たつと住宅の資産価値がゼロになってしまうからでした。しかし北欧では築100年くらいの木造住宅は珍しくありません。私たちは、日本の住文化に一石を投じて、新しい価値観を植え付けたいと願って仕事をしていました。

 

BtoBとBtoCでは違いがあります(優劣ではありません)。BtoCの世界では、ひとりひとりのお客さまから直接評価を受けます。お客さまの満足や喜びを、ストレートに感じることができるのは、大きなやりがいでした。その一方で、お客さまは人生をかけて何千万円もする住宅を建てるわけですから、こちらがちょっとでも不誠実な仕事をしてしまうと、本当に厳しい言葉をいただきます。
この時代の私は、仕事のやりがいも厳しさも、すべてお客さまから学んだと思います。

 

 

 

 

繊細かつダイナミックな国際物流の世界

 

そして私の現在に至ります。
スウェーデンのカーテン生地の染め物工場の写真を見ていただいていますが、これは機械によるプリントではなく、手染めです。ヨブス(Jobs)という高級ブランドですが、1日に60メートルしかできません。北洋交易では、こういう北欧のインテリア製品を輸入販売しています。
またスウェーデンのレクサンド市にトーモクヒュースという住宅部材のメーカーがあり、その製品を日本に輸入する仕事もしています。大きなコンテナ船がスウェーデンから地中海を横断してスエズ運河を通り、マラッカ海峡を通過してやって来ますが、これがウクライナの戦争やパレスチナのガザ地区の大きな問題があり、スエズ運河が通れなくなりました。するとアフリカの希望峰を回るさらに遠大なルートになり、コストが跳ね上がってしまいました。

 

コンテナ船に積むコンテナ(大きな金属製容器)の主な生産国は中国ですが、コロナ禍では、その生産が止まったために世界の物流が大きな影響を受けました。貿易会社は、ボロボロの古いコンテナまでを世界中からかき集めたのです。またこの時期は世界の木材市況がたいへん乱れて、ウッドショックなどと呼ばれました。
輸入業の現場では、世界の情勢が日々のビジネス環境を想像を超えるレベルで大きく揺さぶります。そのダイナミックな動きは大きなリスクに繋がっていますが、国際ビジネスとはこういうものか、と私は体験として学びました。そういう世界に興味のある方は、ぜひ挑戦してください。

 

住宅業界をはじめあらゆる業界がいま直面している課題は、少子高齢化によるマーケットの縮小です。一方でリフォームの世界では65歳が適齢期と言われていて、このマーケットは微増を続けるでしょう。
またマーケットのほかに働き手が減少しますから、AIやDXを駆使して、人の手の介在をできるだけ減らすモノ作りやサービスの提供が強く志向されています。住宅建設の現場では職人の数が足りませんから、現場施工を簡略化する部材の開発が進められています。とくにスウェーデンハウスの場合、堅牢であることから部材が重いので、ベテランの職人さんの中には、リフォームは受けるが新築の仕事はもう受けられない、という方が増えています。日本人と同じレベルでしっかりと働ける外国の方の教育と雇用の確保が欠かせません。いま、そうした難しい課題に向かって、業界全体が知恵を振り絞っているような状況です。

 

 

商大生に伝えたいこと

 

最後に皆さんに伝えたいことを整理します。
今日お話してきたように、私は仕事を通じてほんとうにたくさんの人々と出会い、幸いなことに、会社の成長とともに自分の成長を実感することができました。
皆さんにも、どうぞ積極的にキャリアアップ、ステージアップをめざしてほしいと思います。これは単に上のポストをめざそう、と言うのではありません。仕事のステージが上がると、出会いの場や出会いの数が自ずと増えます。それぞれのステージで、自分が関わったり扱う情報の量や質が違ってきます。それが自分の能力を高め、仕事を楽しく感じさせてくれるのです。
わかりやすく言うと、例えば私が一般のセールスから店長になったとき、自分が扱う情報の質が大きく変わりました。それから支店長、そして役員になりました。上に行くほど、会社中枢の理念や戦略と直に触れることになります。お客さまをはじめ、日常接する人々も変わってきました。そこで、よりスピーディな判断力や深い洞察力が鍛えられていったのです。いくつになっても好奇心が大切なことを、そんな方々から学んだと思います。

 

20年ほど前、誰でも知っている有名な企業の社長さんとじっくりお話をする機会がありました。その方は人生終盤の80代でしたが、若造と言っても良いような私に対して、驚くほどていねいに、そして謙虚に接してくださいました。誠実な人格者とはこういう人のことを言うのか、と学びました。
また、これも有名な飲料メーカーの社長さんのお宅を建てたとき、その方は家のこと以外にも、ビジネスや経営めぐるたくさんのことを私に話してくださいました。私はそのアドバイスを実際に当社の経営に取り入れました。良い仕事をすれば、そういう方々と深く関わることができます。私がつねにステージアップをめざそうと言うのは、そういう意味です。

 

(株)トーモクで段ボール製品の営業を始めたことを皮切りに、私は結局 6つの事業を経験しました。腰が据わらなかった、と見えるかもしれませんが、私はそれぞれの事業の視座からビジネスや社会と関わることで、世の中への洞察力や好奇心を膨らませることができたと思います。
就活に当たっては皆さんも、できるだけ多様な視点や角度から仕事や企業を研究してください。とはいえ自分に合うかどうかは、実際に仕事をしてみないと分からないことがたくさんあります。
そこでとても大事なことがあります。
それは、何ごとも「まずは素直な心でやってみる」、ということです。
言葉にすると平凡なことかもしれません。しかし私はこれまでたくさんの部下を見てきましたが、伸びる人間と伸びない人間の決定的な差は、この「素直な心」にあります。やってみる前から自分流の理屈をこねたり、できなかったときの言い訳を並べる人間に、成長した人はいません。そういう人は、ひととおりやり切ることなく、途中で投げ出してしまうのです。
この場合の成長は、会社の業績を上げる前に、まず自分の、人としての成長です。やってみてうまくできないこともあるでしょう。その場合は、そこをしっかりと検証しなければなりません。その繰り返しが人間を成長させてくれるはずです。
大切なのはとにかくまずは「素直な心」でやってみること。そこを意識してください。これは学生生活の上でも意識すると良いと思います。

 

今回私は、エバーグリーン講座に登壇する貴重な機会をいただいて、自分なりにキャリアを振り返ってみました。
私は大企業で仕事をした経験はありません。ずっと中小企業の世界で仕事をしてきました。そんな私の心を捉える小樽商科大学を象徴する言葉があります。それは、「北に一星あり 小なれどその輝光強し」、という、戦前の学生新聞(当時は小樽高等商業学校)にある一節です。私はこの言葉にとても惹かれ、ずっと心に留めてきました。これからもこの言葉を指針にして、頑張っていこうと思います。皆さんもここに謳われている小樽商大のスピリットを胸に、この先の人生を歩んでいただきたいと思います。

 

 

 

 

<小島敏之さんへの質問>教員より

 

Q)今日の事前課題では、営業に求められるスキルはどのようなものかを考察してみよう、とありました。講義の中で小島さんは、一例としてヒアリング力という言葉を上げられましたが、ほかにどんなことが必要だとお考えですか?

 

A)抽象的ですが、相手の立場に立って物事を考えられるか否かは、とても大きな分かれ目です。その視野が持てるかどうか。そこでは、相手が言葉にできないものをくみ取る力も重要です。例えばお客様が営業マンに「わかりました」と言った場合、下を見て言ったのか、目を見て言ったのかでは、意味が大きく違います。私はそのあたりを部下にずっと言ってきました。
40年前の住宅営業の世界は、いわゆるノルマ主義で、営業は売ってなんぼ、の世界でした。しかしいまはそこはだいぶ変わってきています。もちろん商品を販売するのが一番の仕事ですが、お客さまに商品と自社のことをどれだけ効果的に伝えているか、というところも評価の軸になっています。

 

 

<小島敏之さんへの質問>学生より

 

Q)学生時代に培われたもので、仕事の現場で活かされていることはなんですか?

 

A)小樽商大は私に、現在まで交際がつづく方々との出会いを作ってくれました。私はいつも素直な気持ちで人と接しようと思って来ましたが、そういうことを含めて、私はまわりの人たちに学び、助けられ、育てられてきたと思います。
BtoB営業をめぐって、現場の人の声を聞くことの大切さ、という話をしましたが、実はそれも新人時代にお客さまから言われたことでした。商品の値上げをお願いしに行ったとき、「君は新人なのだからほかの営業マンと同じことを言ってもダメだ。君にしかできない提案を来週持ってきなさい」、とその方は言いました。でも妙案は浮かびそうになく、私は「申し訳ありません。わかりません」、と言いました。するとその方は、「じゃあ現場に行って聞いてきなさい」、と言います。言われるままに現場に行ってみると、実際に毎日段ボールを使って仕事をしている方から、いろんなヒントが聞けたのでした。
私はたくさんの部下たちを指導してきましたが、伸びる人間に必ず共通しているのは、人の話やまわりの状況を一旦は素直な気持ちで受け止められることなのです。我を通してばかりだったり、言い訳から入る人は伸びません。

 

 

Q)お客さんからいただいた言葉でいちばんうれしかった言葉と、逆に厳しかった言葉はなんですか?

 

A)住宅セールスでは、ひとりの営業マンが何千万円もするものを売るわけです。会社以前に個人と個人の信頼関係が欠かせません。成約して実際に住まわれたご家族から、あなたを選んで良かった、などと言われると感激しかありません。
今でも忘れられないお客さまがいらっしゃいます。予算がどうしても足りなかったご家族だったのですが、お宅を訪問したときに小学生のお嬢さん二人の預金通帳を見せて、これも全部使ってどうしてもスウェーデンハウスを建てたいです、と言うのです。涙が出そうになりました。一家をあげてそこまで強い思いで真剣にこの商品を求めてくださる。私は銀行をいくつもまわってローンが組めるところを見つけて、なんとか建てることができました。
厳しかった言葉は…、もちろんいろいろありますが、思い出したくないので勘弁してください(笑)。

 

Q)商大時代の経験をもう少し教えてください。その中でいまの小島さんの支えになっているようなことはありますか?

 

A)少し触れましたが、私は、大先輩たちが残した有名な言葉、「北に一星あり 小なれどその輝光強し」、が大好きなのです。これは私の支えになっている言葉です。皆さんひとりひとりがそんな光なのだと思います。ですから学生時代に、部活でも勉強でも、興味のあること、やってみたいことを見つけて一生懸命取り組んでください。それがかけがえのない宝物になると思います。

 

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