2025.10.15
令和7年度第2回講義:金井 絵理さん(H16卒)「ハラスメントのリスクマネジメント—健やかな働き方と職場の作り方」
講義概要(10月15日)
○講師:金井絵理氏(2004年小樽商科大学商学部企業法学科卒業。2018年早稲田大学大学院経営管理研究科/WBS修了。一般社団法人 日本ハラスメントリスク管理協会代表理事)
○題目:「ハラスメントのリスクマネジメント—健やかな働き方と職場の作り方」
○内容:
小樽商大を卒業して、私は人材サービス業界の営業と、企業人事の分野でそれぞれ10年あまりキャリアを積んだ。その経験をもとに、子どものころから病弱だった私が自分の力を合理的に最大化できる仕事として選んだのは、ハラスメント・コンサルティングの分野だった。就活や組織の中で後輩たちがこれから直面するかもしれない多様なハラスメントをめぐって、その見取り図を概説したい。
組織のリスクマネジメントとしてハラスメント防止に取り組む
金井絵理氏(2004年小樽商科大学商学部企業法学科卒業。2018年早稲田大学大学院経営管理研究科/WBS修了。一般社団法人 日本ハラスメントリスク管理協会代表理事)

職歴と病歴が私の個性
今日は、皆さんが就職活動や企業に入ってから直面するかもしれないさまざまなハラスメントについてお話しします。皆さんのような学生にとって、そして組織のリスクマネジメントにとっていまどんなことが問題になっているのかを、整理してみましょう。
最初に私の自己紹介を短くします。
私は札幌生まれで、手稲高校から小樽商大への入学はちょうど2000年。2004年に卒業しました。まず東京の人材サービスの会社に入ったのですが、転職を経た途中30代半ばで、スキルアップのために早稲田大学の大学院(経営管理研究科・WBS)で人材組織について学びました。
職歴としては、自分の起業を含めて、これまでに7社を経験しています。前半は主に求人情報の営業をしました。それから凸版印刷(現・TOPPAN)で販売促進ツールの開発営業。それから次の10年くらいは、複数社で人事の仕事をしました。
営業の世界で仕事をしていたとき、私は会社にいるたくさんの営業職のひとりでした。でも人事の仕事はまったくちがっていて、全社の中で人事を含む業務を担当しているのは自分だけ、という時期もありました。そのとき、人事として適切な判断をするには会社経営の実態を理解できる知見やスキルがなければダメだと、WBSで学び足しをしたのでした。人事は、社員ひとりひとりの長い人生に深く関わる仕事でもあります。
そして社会はまだコロナ禍に沈んでいましたが、2021年の年明けに一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会を設立しました。
ちなみに職歴と並んで私が自慢するくらいに(笑)いろいろ持っているのが、実は病歴です。
子どものころから消化器系に問題があって、中学から現在まで、50回以上入退院を経験しました。心臓や肝臓もわずらっていて、肝臓に関しては移植をしているので、身体障害者1級となっています。身体障害者1級で会社経営をしている、というのが私の個性なのです。そんな病歴を持っていても私は毎日仕事をしていますし、今日も元気に皆さんの前に立っています。
職場の三大ハラスメントとは
私が現在取り組んでいる事業、一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会の概要をお話しします。私たちが掲げる理念は、「ハラスメントを解消し品性のある組織づくりを目指す」、というものです。
一般社団法人と名乗っていますが、やっていることは一般の株式会社とほぼ同じだと思ってください。拠点は東京ですが、北海道とか九州とか、全国で仕事をしています。事業内容は、「ハラスメントのリスクに関する公開講座」とか、そうした講座を開講できる「講師の育成」を軸に、いろんな自治体との仕事もあります。またハラスメントめぐる事件や状況について、東京のメディアからコメントを求められたりすることもあります。
皆さんも意識することがあると思いますが、近年特にハラスメントが社会問題になっていますね。あからさまなハラスメントがある一方で、これはハラスメントかな?ちがうかな?などと思う微妙なことも少なくありません。また皆さんが当事者じゃなくても、ハラスメントが起こっている現場に居合わすこともあるでしょう。そんなときどうすべきなのか—。今日はそういうことをめぐって、皆さんへのヒントや指針を示せたら良いと思っています。
日本では2020年に施行されたいわゆるパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)で、企業に対してパワハラの防止が義務づけられています。
職場の三大ハラスメントと呼ばれるものがあります。
まず、パワハラですね。
職場におけるパワハラは明確に定義されています。それは、(1)優越的な関係を背景とした言動であり、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもので、(3)労働者の就業環境が害されるもの。
この(1)から(3)までの3つの要素を全て満たすものがパワーハラスメントです。客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、パワハラには該当しません。ここでのポイントは、(1)から(3)まで全部揃っていなければパワハラとはいえない、ということ。つまり自分が上司の言葉でちょっと嫌な思いしたことがあったとして、それが業務上必要で相当な範囲にあった場合は、私はパワハラを受けました!と単純に言った者勝ちにはならないのです。
2つ目は、「労働者」の意に反する「性的な言動」により、労働者が労働条件について不利益をこうむったり、就業環境が害される、「セクシュアルハラスメント」。
この性的な言動って、皆さんが抱くイメージは多分それぞれ違うと思います。私が若い時代なら、たいてい直接体に触ることがセクハラだと捉えられていました。しかし今は、例えばある人に関して性的な噂を流すこともセクハラに該当します。AさんとBさん、付き合ってるんだって、などと当人たちの意を無視して軽く言ってしまうことも、セクハラに当たります。仲間うちでちょっとあんまり品のよくない話をして、それが聞こえる周りの人が不快になれば、それもセクハラです。
そして3つ目は、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント。
これは職場での上司・同僚からの言動によって、妊娠・出産した「女性労働者」や育児休業・介護休業などを申し出たり取得した「男女労働者」の就業環境が害されることを指します。これらは、マタニティハラスメント(マタハラ)、パタニティハラスメント(パタハラ)、ケアハラスメント(ケアハラ)となどと言われます。
出産や育児、あるいは家族の介護のために休暇を取りたいと上司に相談すると、「子育ては母親の仕事なんだから君は働けよ、とか、今休まれると困るんだよ」、などと言われる状況ですね。
これらが3大ハラスメントと言われているもので、つまりハラスメントとは、「正当な理由なく相手を不快にする・攻撃する言動」です。
パワハラ防止法は企業に対して、こうしたことを防止しなければならない、と定めているのですが、なかなかなくなりません。注意してほしいのですが、3大ハラスメントの定義には、「悪意をもって」、という言葉はありません。それはつまり、悪気がなく、むしろ良かれと思って行った言動が、しばしばハラスメントになるからなのです。ですからなかなか無くならないのですね。こうした難しい社会問題に対して、国も企業もいろいろな取り組みを行っているのが現在です。
大学生の身近にあるハラスメント
皆さんも例えばアルバイト先で、先輩や年上のアルバイトから、そして社員や店長からハラスメントを受けることがあるのではないでしょうか。
大学の中でも、ゼミで同期や先輩から、あるいは卒業生や教員からハラスメントを受けるかもしれません。部活やサークルでも同様です。社会人の先輩から、監督やコーチから、思わぬハラスメントを受けることもあるでしょう。またSNS上で受けるかもしれません。SNSではまったく知らない人がいきなりひどいことを言ってきたりします。
ここで事例をあげて皆さんに考えてもらいます。となりの人と話し合ってみてください。
大学1年生のAさんは、自宅近くのコンビニで、初めてのアルバイトを始めました。そこで次のような事態が起きました。
(1)家が近いから、早朝のシフトに入ってくれるよねと毎朝6時からのシフトが入れられる
(2)レジで1,000円のおつりを返すところ、誤って10,000円返してしまい店長に叱られた
(3)うちは食料を扱うから、ある程度身なりを整えて、清潔に保つようにしてねと言われた
(4)Aさん可愛いから同じシフトだと嬉しいよ、と異性のアルバイトに言われた
(5)「バイトより学業を優先するなんて甘い」と社員に言われた
さて(1)から(5)で、あなたがハラスメントだと思うものはどれでしょうか?
(隣同士で話し合う)
話し合ってもらいましたが、これはハラスメントだ、と思うのはどれですか?
(学生の応答。2名が1、4、5がハラスメントに該当と理由を挙げて説明)
こうした事例には個別の背景や事情があるものですが、ここではシンプルに字面だけを受け取った上で、私からひとつの回答例をあげてみましょう。
まずひとつ目。「家が近いからと早朝のシフトに入れられる」。皆さん、これは強制じゃないか、と感じましたね。Aさんは事前に相談を受けてはいません。単にほかのみんなが嫌というから君にお願いしたい、というのは強制で、ハラスメントです。
2番目は、仕事でミスをしてしまいました。指摘されるのは当然ですね。ただこれも、「お前使えねぇナー」などという言い方をされれば、パワハラになります。
次の身なりの指導ですが、これも事実として指示を出すのならパワハラではありません。しかしこれもまた、「お前はほんとに不潔だな」、などと不必要にきつく言ってしまうと、パワハラです。
そして4番目。「Aさん可愛いから同じシフトだと嬉しいよと異性のアルバイトに言われた」。
言った方は褒めたつもりかもしれませんが、職場でわざわざ容姿に言及する必要があるでしょうか?可愛い、綺麗とは、自分の基準で相手を一方的に評価しているわけですから、好ましくありません。セクハラです。
最後の5番目。勉強より仕事が大事というのは価値観の一方的な押しつけで、相手を否定しています。あなたはそう思っても、こちらにはこちらの事情や考えがあります、と言いたくなりますね。これもハラスメントに該当する可能性は高いです。
ひとつ目では、無理なシフトによる生活のリズムが乱れる可能性がありますね。4つ目の容姿の評価では、言われた方は、なんか嫌な感じがするだけではなく、恐怖を感じる場合もあるでしょう。バイトに行けなくなってしまうかもしれません。
5つ目の価値観の押しつけでは、そういうことを言う上司に対しては、業務上の報告や連絡をしたくないな、と思うかもしれません。そうなってはその職場全体に悪影響を及ぼしてしまいます。

ハラスメントを受けたらどうするか
では、Aさんが嫌だと感じたり違和感を持った時に、相手にどうやって伝えると良いかを考えてみてください。また隣の人とどれかの例で話し合ってみてください。
(隣同士で話し合う)
(学生の応答を受けて)
また私からひとつの回答例をあげてみましょう。
早朝シフトを求められた(1)ですと、「講義が朝からあるので、早朝は難しいです。代わりに、人手が少ない○時は入れます」、と言うのはどうでしょう。代案を出すことが、関係を悪くしないひとつのアイデアだと思います。
また(4)の「可愛いね」と言ってくる人に対しては例えば、「そうですか?!あの、まだ覚えることが多くて大変です」などと話をそらして流してみましょう。それでもまだ繰り返されれば、上司に相談しましょう。自分ひとりで抱えすぎないことが大切です。
(5)の、バイトより学業優先なんて甘い、と言われたら、これも正面から反発するのではなく、そうですね、と軽く受け流しながら、「学業との両立を考えながら頑張りたいです」などと応えてはどうでしょう?
皆さんの答えもだいたい同様でしたね。いきなり拒絶したり反発するのではなく、ちゃんと相手の立場を考えて、なるべく今の関係を壊さないようにすることを考えていました。すばらしいと思います。
SNSで起こるかもしれないこと
次はSNS上で起こりがちな例を考えてみましょう。
大学2年生のBさんは、サークルメンバーのLINEに入っています。
同じサークルで仲の良いCさんに「Bさん、先週のサークルのBBQに来るかと思ったんだけど、いなかったね」と言われました。Bさんは、そんな誘いは聞いていませんでした。
Cさん「聞いてないってほんと?LINEで回って来てたよ」
Bさん「そのLINE、サークル全体のじゃないよね。知らない、僕は入ってないよ」
Bさんは、自分が仲間外れにされているのかもしれないと不安になります。この状況を改善するためには、どうしたら良いでしょう?
自分がBさんだったら、と個人で2分ほど考えてみてください。
(隣同士で話し合う)
(学生の応答を受けて)
「まず自分でLINEのメンバー構成を確認する」という意見や、「知りたくない理由があるかもしれないから、私はあえてアクションを起こさない」、という考えを述べていただきました。
私から回答例をあげてみます。
まず事実として、必ずしも仲間外れであったとは限りません。だから「僕入っていないみたいだから招待してくれる?」と確認してみます。もしかすると忘れられているかもしれませんし、グループの中で特定の目的をもった別のグループがあるのかもしれません。
あとは、代表や幹事に直接、そのLINEに入れてもらえますか、と伝えます。この場合、不満のクレームではなく、参加したいという意志を伝えます。
それでも明らかに自分が外されている、と不安が続く場合は、信頼できる先輩や顧問の先生に相談しましょう。
傷つくかもしれないから自分からはアクションを起こさない、というのもひとつの選択肢ですが、その場合にどんなことが起きるでしょう?やはりデメリットもあります。
例えば、その仲間の中で今後も自分に情報が入ってこないということになってしまったり、この人は、やる気がないっていうふうに思われてしまう可能性もあります。単にLINEのグループに入れるのが漏れただけなのにそう思われては悲しいですね。
あとは孤立感が高まって参加しなくなって、そのことでいっそう孤立してしまうかもしれません。さらには、そのサークル以外の人間関係にもなんだか臆病になってしまったり、負の連鎖が続くかもしれません。
ハラスメントを見たら
次に、サークルでこんなことがありました、という事例です。
車を持っている3年生のE先輩は、授業が終わるとよく1年生のDさんへ「Dさん、車で家まで送るよ」と声をかけてきます。Dさんは断っていますが、ふたりのその日の最後の講義が同じタイミングになると毎回誘ってくるので断り切れずに、数回に1度は、友人といっしょに送ってもらうようになりました。
そうこうすると最近は呼び捨てにしてきたり、LINEで「おやすみ」などと送ってきます。Dさんは怖くなって大学に行きたくない、という気持ちになってきました。あなたがDさんの友人だったらどうしますか?あるいはE先輩の友人だったらどう動きますか?
これは隣の方と相談してみてください。
(隣同士で話し合う)
(学生の応答を受けて)
皆さんこういう目線で考える機会はあまりないかもしれませんね。また私から回答の例をあげてみます。
Dさんの友人だったら。
「E先輩に、困ります、と言ってみた?」、「声をかけられないようにいっしょに居ようか?」、「学校が嫌になるほどなら大学に相談してみよう、いっしょに行くよ」、など、味方になって助けるという姿勢を見せると、Dさんの不安も少し和らぐでしょう。
E先輩の友人だったら。
「彼女断ってるんだから、やめたら?」、とか「Dさん、断ったのに何度も誘われて困ってると思うよ」、「相手との距離感もうちょっと考えようよ」などと言うのはどうでしょう?もちろん相手を傷つけない言い方が求められますが。
ハラスメントを目撃したら、他人事と思わないことが大切です。今度はあなたも被害者に、あるいは加害者になってしまうかもしれないのですから。被害を受けている人、困っている人を放置しない、傍観しない、という態度を取ってみませんか?
インターンシップや就活でハラスメントにあったら
近年メディアに載ることも多いのが、学生がインターンシップや就職活動においてハラスメントを受けてしまうことです。まさに皆さん自身が近い将来当事者になるかもしれない問題です。
就活ハラスメントには、あからさまな圧迫面接もあるでしょう。あるいは懇親会とかワークショップの中で嫌な思いをするかもしれません。そういう企業は社会全体のごく一部ですが、出会ってしまったらどうしましょうか?心の準備がないと、対応に困ると思います。
その場合は、自分だけで対応しようとしてはいけません。そんな負担を抱えては満足な就活はできないでしょう。大学のキャリアセンターの窓口とか、頼るべき人を頼ってください。企業の担当者に問題があれば、その企業のハラスメント相談窓口に行ってみましょう。ひとりで悶々と悩むのは良くありません。何かあればすぐ行動してください。
小樽商科大学にももちろんハラスメント相談窓口がありますし、厚生労働省の小樽総合労働相談コーナー(小樽地方合同庁舎)もあります。
また私が代表を務める日本ハラスメントリスク管理協会では、InstagramやFacebookで最新のハラスメント対策の事例などを発信しています。
ここまでを総括してみましょう。
まずハラスメントを他人事と思わないこと。あなた自身、被害者にも加害者にもなりうるのです。そして被害を受けている人、困っている人が近くにいたら、寄り添ってあげましょう。傍観者ではいけません。
そして、自分だけで対応しようとしないこと。大人を頼る。大学や企業の相談窓口に行ってください。いまはそういう仕組みが整っています。
また、もしかすると自分が加害者になるかもしれないという文脈では、何事も相手の立場に立って考えることを忘れずに。「俺は・私はそう考えるんだ」ということが、世間一般の感覚とずれている場合もあるものです。
大学の中で、そして企業社会で、ハラスメントは簡単にはなくならない問題です。今日の私の話を、学生生活の中で心のどこかに持っておいていただけるとうれしいです。

<金井絵理さんへの質問>教員より
Q)今日は大学生の目線に合わせてお話いただきましたが、金井さんのふだんのお仕事はどのようなものか、少し具体的に教えていただけますか?主に企業への研修やコンサルティングが中心になりますか?
A)はい、7割くらいが企業向けですね。管理職研修、役員、経営者研修、そして一般職の研修です。あとの3割は自治体です。さらにハラスメント対策マニュアルを都道府県ごとに作っていますから、マニュアル作りのお手伝いもしています。
近年はハラスメントが多様化していて、寄せられる相談も重たいものが少なくありません。暴力が振るわれる事案があったのだがどうしたら良いでしょう?といった相談もあります。そこまでいくと警察に通報すべき傷害事件ですね。私たちとしては、被害者のメンタルケアをアドバイスします。また、パワハラがもとで社長が交代したので、新社長に、意識改革のための研修をしてください、といったケースもあります。
また「不機嫌ハラスメント」をめぐる相談もあります。上司がなんかムスッとして話しかけづらい圧を出すので組織のパフォーマンスが落ちてしまう、といった悩みです。そうした環境は、生産性が落ちるので企業経営にとっては大きなリスクであり、社員の働きやすさを阻害する要因でもありますね。
最近の流れでは、「マイクロアグレッション」もあります。言う方は意図せず無意識なのですが、言われた方が傷ついたり感情が乱される言動です。私自身で言えば、病気をされてご苦労されて、なおかつ女性なのに経営者になってスゴイですね、などと言われることがあります。向こうは褒めているつもりでも、私にすれば、それは差別なのです。そうしたことをめぐる研修も増えています。
Q)金井さんはいくつかの転職を経験されて現在の起業に到っていらっしゃいますが、その過程ではどのような軸や大切にしてきたお考えがあったのでしょうか?
A)実は期待されているような答えにはならないと思うのですが(笑)、私は人材会社の営業を10年、それから人事の仕事を10年続けました。そして身体を壊してしまいます。その時点で私の身体はふつうの企業の8時間勤務に耐えられなくなりました。じゃあ在宅で起業しよう。それがいきさつでした。
では何を持って起業するか。それまでのキャリアでハラスメントのことをいろいろ体験的に学んでいたので、このテーマでいこう、と思いました。大きな志をもって社会を変えるんだ、というストーリーとは少し違って、やってるうちに仲間ができていまにいたる、というところなのです。売り物になったのは、経営側、社員側、どちらの視座も持ち合わすことができる、人事畑でのいろんな経験や実績でした。

<金井絵理さんへの質問>学生より
Q) 組織の中のハラスメントの判断基準は、ひとりひとりの受け止め方、感じ方で異なるものなのでしょうか?
A)良いポイントですね。受けた側の感じ方だけで決めてしまうと、言ったもの勝ちの世界になってしまいます。企業においてその基準をどう決めるかというと、ハラスメントを受けた、という社員の訴えがあれば、まず当人から精緻な聞き取りをします。そして加害者と名指された人とまわりの人たちからも状況を聞きます。その上で、先ほど述べた職場におけるパワハラの定義に照らして、それがハラスメントであったと明確に判断され、重大なものであれば減給や出社停止を求める懲戒となります。つまり被害を受けた人の感じ方だけではなく、正当なジャッジが求められるのです。そこは、日常の人付き合いのマナーとは異なるところです。
Q) ハラスメントが横行する事態があったとして、企業組織はどのような取り組みをすれば良いのでしょうか?
A)ハラスメントがひどい会社にはくつかの特徴があるのでその視点で言いますと、偉い人、仕事ができる人、発言力の強い人がハラスメントをしてもなぜか許されてしまう、という企業があります。ですから会社を、そんなことが起こらない組織にすることだと思います。たとえ誰であってもハラスメントをすることが許されない文化が大切です。一方でそうした懲戒の仕組みを徹底していくと、今度は隠れて巧妙にハラスメントをする人間がでてきます。ですから組織運営の透明性を高めて、いつでも誰でも相談ができて、それに対応していくルールを整えていくことも重要です。
いまの皆さんは、就活にあたってどうやったらそういう会社が見抜けるか、と思うことでしょう。
見えない部分を見ようとすることは、とても難しいです。限界はありますけれども、会社説明会だけで決めてしまうのではなく、機会を作ってその会社の何人かの社員の方と喋ってみて、ちょっと差別的な言葉遣いをするな、とか、「おや?」という感じを覚えたら、用心することが必要です。
Q) ハラスメントという領域で専門のビジネスを起こした理由や経緯をあらためて教えてください。
A)小樽商大は実践的なビジネスの理論をしっかり学べる大学ですし、私が社会人として学び足しをした早稲田大学(大学院経営管理研究科)も同様です。そこで学んだことに導きがありました。たとえばニッチなマーケットに乗り込んで、グッと深掘りしていても、限界がある。それよりも、大きな需要のある市場に早く乗り込むことです。
背景として、職場でのパワーハラスメントを防止することを企業に義務づけた、通称パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の施行がありました(2020年)。つまり世の中の企業全部に、ハラスメントを意識してこれを防がなければならないという義務が課せられたわけです。そこにまったく新しい市場が現れました。私は人事畑を歩んでいましたが、その時点ではハラスメントの専門家ではありませんでした。とはいえ、私は転職を重ねる途上で何度かひどいパワハラ上司に就いています。私をそういう上司の下に据えた経営陣は、金井はタフで自分をちゃんと主張できる人間だから大丈夫だろうと考えるのですが、人間関係はそんなに単純なものではありません(笑)。
ハラスメントをめぐる経験も糧にしながら、私はその専門家です、といち早く名乗って、あとから足りない部分を埋めていこうと思いました。そこに商機が確実にあると考えたのです。
Q) 人事やハラスメントの分野で仕事をするために必要な資格があるのでしょうか?
A)ハラスメントに特化した資格はありません。なので、民間資格としてまず私たちが作りました。これは公的な機関に申請して審査を受ける、という類いのものではありません。漢字検定のようなものですね。この分野の資格はいまはいくつかありますが、私たちが作ったのは、ハラスメントをテーマに講師として活動できるものと、実際に相談を受けて、解決のために必要な手順が導けるもの、このふたつです(「認定講師」と「ハラスメント相談員」)。
Q) 起業に当たって、株式会社ではなく一般社団法人を立ち上げたのはなぜですか?
A)社団法人って、より公的な組織だというイメージがありますね。株式会社よりも信用度が違います。そこがポイントでした。私たちは自治体の案件をたくさん受けていますし、地方議会などからも相談を受けています。株式会社であったなら、少し違っていたと思います。
Q) 学生時代の勉強で印象にのこっているものは何ですか? そのころどんな目標やビジョンをお持ちでしたか?
A)在学中で印象に残っているのは、酒井弘一先生のプロジェクト管理論を受講したり、ビジネスアイデアコンテストの実行委員として活動したことです。このコンテストは、ビジネスアイデアを集めて、プレゼンします。審査を通ったものは出資を受けることができます。参加者の募集やスポンサーからの資金集めなど、限られた時間の中でやることが多すぎて、とても大変だった生々しい記憶があります。そのために私は札通生だったのを辞めて小樽でアパート暮らしを始めました。
学生時代の私は、大きな野望をたくさん持っていました(笑)。素晴らしい人間になりたいし、有名になりたいし、お金持ちもなりたい。大手企業に入って、営業だったら一番の成績を収めたい、と。でも大病を患ってしまうと、自分がいまできることを最大限効率的に広げていこうと思うようになりました。まるで違う価値観を持つようになったのです。
Q) そうした経験の全ては、いまのお仕事にどんなふうに繋がっていますか?
A)商大のときからずいぶん鍛えられたと思いますが、物事を合理的、効率的に進めていく志向が、いまも私を動かしていると思います。最初の会社では営業で首都圏を駆け回りましたが、首都圏全域をまわるのは非効率なので、自宅の近くと会社の近くの企業を集中的に効率的に回るようにしました。一件の顧客から10件くらい契約が取れないかと考えて、業界団体をまず攻めるようにしたり。そうした志向が、やがて一般社団法人を立ち上げることにも繋がっていると思います。うんと高い志や大きな理念を掲げて進むよりも、私には、目の前の課題をいかに効率よく柔軟に解決していくかを考える傾向があるようです。
Q) ハラスメントをめぐるお仕事を始めて数年経ったいま、社会の変化をどのように感じていますか?
A)少しふれましたが「不機嫌ハラスメント=フキハラ」とか、「○○ハラスメント」という言葉がすごく増えましたね。文章の終わりに、句点「。」を付けると威圧されたと感じる「マルハラ」とか。間違ったことをしているわけではないのにハラスメント呼ばわりされる状況はおかしいな、と思うこともあります。ハラスメントが多すぎると、対立関係を煽るばかりですから、それは良くないと思います。
でもやはり一方で、パワハラとかセクハラをめぐっては、欧米と日本を比べると日本の甘さが際立ちます。パワハラをしたからといって、罰せられることは、今のところ日本ではありません。言葉遊びに熱を入れているくらいなら、そちらの方向に進んでほしいと思います。
誰でも価値観のアップデートってすごく必要でなんですね。会社で研修を受けるだけでは限界がありますから、世代とか嗜好がちがういろんな人と話をすることも大事です。ハラスメントをしないということは、人としてのモラルを持って、人が嫌がることは言わない、しない、というとてもシンプルなことなんです。また上の立場の人は、○○ハラだ、と攻められるのじゃないかとビクビクするばかりでは、組織全体の力が落ちてしまうでしょう。ハラスメントがなく、全員がのびのび気持ちよく働ける組織を作ることが、ひいては企業の力を伸ばすことだと思います。
教員より
Q)最後に、いままさに自分のキャリアを模索しつつある後輩たちにメッセージをいただけますか?
A)皆さんは、今なら失敗しても許される、という時代を生きています。だからこそ、何か興味を惹かれるものがあるとすれば、無理かなと思ってもとりあえずやってみる。その精神で学生生活をおくってください。これは私が商大生時代に、社会人の先輩からよく言われたことでした。いま社会人の私は、ほんとにそうだな、と思います。学生のうちは、何か失敗しても怒られるだけですんじゃうのですから。ビジネスの社会でそれをやると、お金を請求されたり訴えられることもあります(笑)。自分の可能性を自分で狭めてしまうのは、もったいないと思います。
