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エバーグリーンからのお知らせ

2013.11.27

平成25年度第8回講義:「 グローバルに考え,ローカルに活躍しよう!」(2013/11/27)

講義概要

 

・講 師: 渡部 成人 氏/平成7年修士卒

・題 目:「グローバルに考え,ローカルに活躍しよう!」

・現職等:北海道開発局 開発監理部 開発調査課 事業調整専門官(現職)

・内 容:

小樽商科大学では、2015年度からグローカルマネージメントプログラムを設置して、北海道と世界を結ぶ即戦力となる人材育成を行うと聞いています。現役の学生の皆さんにとっても、こうした動きは、決して無関係ではなく、今後の就職、実際に仕事を進める上で、外国との関係というのは、多かれ少なかれ意識せざるを得ないことと思います。世界で戦える人材とは一体、どのような人材なのでしょうか?また、国内で仕事をするのと外国に出て仕事や生活をするのは、どのような違いがあるのでしょうか?これまでの経験を踏まえながら、受講生の皆さんが各人の立場で、今後の職業選択や地域社会とどのように関わっていくのかを考える上での参考となるようなお話ができればと考えています。

  • 講師紹介

昭和44年札幌市生まれ。平成5年本学商学部商業学科経営法学コース卒業、平成7年同学大学院商学研究科企業法学コース修了。塾講師を経て平成10年北海道開発局入局。4年後に国土交通省北海道局企画課に異動。平成18年から3年間、在デュッセルドルフ日本国総領事館副領事として日独の交流に努める。平成24年から北海道開発局開発監理部開発調整課事業調整専門官。札幌市在住。

 

〈今、ここ〉の積み重ねが過去であり、未来になる。

 

大学院修了後、塾講師から公務員、海外へ

 

商大の大学院を修了後、一度会社員になってから公務員試験に挑戦。36歳のときに外交官としてドイツ・デュッセルドルフの日本国総領事館副領事の任に就いた渡部成人さん。講義冒頭に学生から寄せられた事前質問を踏まえ、「私からも皆さんに訊きたいことがあります」という“逆質問”を投げかけます。「北海道以外の居住経験がない方」「北海道内で就職を希望している方」「最終的には北海道に戻ってきたい方」という質問には教室半数くらいの学生が手を挙げ、「仕事で世界中のどこにでも行こうと思う方」という問いに挙がった手は数えるほど。学生たちのリアルな状況を掴んだところで、「グローバルに考え、ローカルに活躍しよう!」というこの日のテーマに入っていきました。小さい頃から海外勤務に憧れ、「人の役に立てる仕事」を希望していた渡部さんは塾講師から公務員に転身。北海道開発局に入局後、網走で3年間、札幌で1年間の勤務を経て、32歳で東京・霞ヶ関の国土交通省北海道局企画課に異動します。激務の霞ヶ関時代を乗り越えられた理由は「自分の仕事で誰かが喜んでくれるという実感を持てたから」。4年後、初の海外経験となるデュッセルドルフへ赴きます。

 

日本企業城下町デュッセルドルフ

 

「これは私がドイツ勤務で初めて作った資料です」と言って見せてくれた地図は、ヨーロッパにある日本企業を在外公館ごとに可視化したものです。「イギリスのロンドンは金融の街ですが、ものづくりなどの実体経済を動かしているのは実はドイツ。ユーロ圏をけん引しています」。ドイツの中でもデュッセルドルフには500社を超える日本企業があり、約8200人の在留日本人が暮らす「日本企業城下町」であることを紹介します。年に一度、州や市と日本人社会が開催する「Japan Tag(日本デー)」では和太鼓や女相撲などの日本文化が披露され、渡部さんのアイデアでそこにヨーヨーやおもちゃの金魚すくいも加わりました。3年の任期中にはメインイベントである和製花火が海上輸送の安全性強化のため、どの船会社からも運送を敬遠されて打ち上げが危ぶまれる場面もあったといいます。「自分たちがどんなに頼んでもダメでしたが、船会社の得意先である運送会社さんから頼んでもらったとたん一発でOKが出ました(笑)。有事には日頃の堅実な関係が生かされることを学んだエピソードでした」

 

“合意は守られなければならない”

 

ここで再び、渡部さんが学生たちに質問します。「日本人がドイツで自動車を運転するとき、免許はどうすればいいでしょう?」。正解は「日本の免許証が有効」。その理由は、道路交通に関して日本はジュネーブ条約、ドイツはウィーン条約と、異なる国際条約を締結しており、日本とドイツが二国間協定を結んでいるから自国の運転免許が有効である、という複雑な仕組みになっています。

 

 

こうした海外勤務独得の決まり事を解説しつつ、「ドイツ勤務というグローバルな環境にあっても、実際の毎日は自宅とオフィスの往復です」と話す渡部さん。「目の前のことに一生懸命取り組むという意味で、仕事はローカル」と語り、日々の仕事の一例として水際規制に関するドイツ当局との対応を振り返ります。フランクフルトの空港税関で日本から送られたチルドハマチの通関書類がある日突然、不認可になりました。輸入業者はEUに登録している正規の書類を提出していましたが、ドイツの現場にまで情報が浸透していなかったことが原因です。一見ささいに思われる情報の行き違いでも、その影響は大。渡部さんたちが仲介に入ることで事態は無事に解決しました。「国際法の原則であるPacta sunt servanda(パクタ・スント・セルヴァンダ、和訳“合意は守られなければならない”)の手助けをすることができました」

 

「二つのD」を結ぶレポートを執筆

 

ドイツ滞在中、外交官の責務を果たすと同時に「北海道開発のために学ぶ3年間にしたい」と考えていた渡部さん。「北海道開発とは北海道というフィールドを使って国や世界に貢献すること」を念頭に置き、情報を集めていたところ、旭川本社の家具メーカー、カンディハウスがケルンにショールームを開設していたことを聞きつけて訪問。異国での北海道企業の活躍におおいに感銘を受けたといいます。さらに小樽本社の北海道ワイン創業時に技術指導をしていたドイツ人ケラーマイスターのグスタフ・グリュン氏のもとを訪ね、当時の話を直接聞くことができたのも渡部さんの行動力があればこそ。他にもサッポロビールや世界的な機械用ベルトメーカー、ニッタなど北海道とドイツをつなぐ企業の活動を織り交ぜ、1冊のレポートを書き上げました。タイトルは「ボーダレス時代のフロンティア精神 国境なき時代に挑戦する開拓者達(ドイツ・北海道に縁のある企業活動の事例から)」。「このレポートを書きながらあらためて自分が何も知らなかったことに気づきました。今では北海道もドイツも私の故郷。北海道とドイツの橋渡しが私のライフワークです」。帰国してからも経済関係の事例に絞った続編を完成させ、「北海道とドイツ、二つのD」の発展に力を尽くしています。

 

ビール片手の交換授業で《義兄弟》に

 

事前質問で多かった語学習得については「私の場合は英語ではなくドイツ語ですが、外国語の上達は実践で使うに限ります」という明快な答えが返ってきました。独検2級を取ってから現地入りしたものの、まったく通じずに落ち込んだ時期もあったそうですが、「今、ここにいることを楽しまないともったいない!」と気持ちを切り替えて復活。「現地の大学で日本語を習いたがっている学生と週に一度アルトビールを飲みながら話す交換授業を帰国直前まで続けて、彼とは《義兄弟の杯》を交わしました」。

 

 

最後は「どこにいてもどんな仕事をしていても、世界との結びつきを考えずにはいられない時代です。世界の出来事が自分には無関係だと思わずに想像力を持ってほしい」と補足し、「目の前の出来事、すなわち“今、ここ”の積み重ねが過去であり、夢や目標につながります」。今をおろそかにしない生き方を学生たちに呼びかけました。

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