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エバーグリーンからのお知らせ

2015.10.14

平成27年度第1回講義: 「私の体験したアメリカ社会〜知られざるアメリカ」

 

講義概要

 

○講師:星 功 氏(昭和39年小樽商科大学短期大学部卒)

 

○現職等:小樽後志消費者協会会長

 

○題目:「私の体験したアメリカ社会〜知られざるアメリカ」

 

○内容:43年にわたるアメリカ生活から得た、日本人が理解できていないアメリカについて語りたい。アメリカのビジネス社会や地域社会で体験したさまざまな事柄からアメリカ人の国家観や国民性を考察して、日本にとって最も身近で重要な外国、アメリカの成り立ちを考えてみてほしい。また1960年代の私の留学事情などから、海外で学ぶ動機づけや留学の意義を、いま自分が置かれている環境の中で考えてもらいたい。

 

講師紹介

 

1941年仁木町生まれ。64年小樽商科大学短期大学部卒業。65 年米国ノースカロライナ・ウェズリアンカレッジに留学(数学専攻)。69 年同大卒業。1年間ヴァージニア州の高校で数学教員を務めた後、米国コンピュータサイエンス社に入社し、15 年間 NASA に出向勤務。85 年、ニュージャージー州にある米国航空管制システム開発本部に部長として出向。その間米国市民権を得る。2008 年小樽へ帰国。

 

小樽商大とキリスト教が育んだ留学への夢

 

子どものころから余市教会(日本キリスト教団)に通っていました。そこで欧米の文化にふれ、アメリカに行ってみたいと思うようになりました。

 

大学の先生たちにも強く影響されました。北村正司先生(英語学)と木曽栄作先生(同)にかわいがっていただいたのですが、両先生とも小樽商大の前身である小樽高商出身です。高商には、世界に通じる語学力を磨くという建学の精神がありました。現在の小樽商大にも通じるでしょうが、語学教育のレベルはとても高かったのです。

 

札幌アメリカンセンターが奨学金つきで留学生を募集していて、合格できました。リストの中から選んだ大学は、東海岸にあるメソジスト系の小規模なカレッジです。しっかり勉強するぞ!と誓って横浜港を出たのが1965年の12月30日。片道の旅費は265ドル。1ドル360円の時代です。

 

はじめは英語で苦労しました。たったひとりの日本人で、外国人留学生もほとんどいません。夏休みにウェイターや測量のアルバイトをしました。バイト先の仲間は南部の黒人たちで、強烈ななまりとスラングの洗礼を受けました。でも毎日その中にいると、だんだん理解できるようになります。秋に新学期がはじまるころには、白人の学友たちの英語もらくに聞き取れるようになっていました。

 

 

宇宙開発の最前線で

 

1966年のアメリカにはまだ根強い黒人差別がありました。床屋もバスも黒人は別なのです。

必死に勉強して無事卒業すると、一年間、ヴァージニア州の高校で数学の教員になりました。それからコンピュータサイエンス社(CSC)というIT企業に入社しました。ほどなく NASA に出向して、メリーランド州グリーンベルトのゴダードスペースフライトセンター勤務となります。人工衛星の管制のために軌道をリアルタイムで計算したり軌道データを集める仕事で、データをヒューストン宇宙センターに送ります。15年ほどこの仕事につき、後半には管理職になりました。1960年代後半から70年代はアポロ計画の全盛期で、国をあげた宇宙熱がありました。60年代の日本はまだ自力で人工衛星を打ち上げることができず、NASAのロケットを使って衛星を打ち上げてもらっていました。

この15年は、私の仕事キャリアの中でも、とりわけ思い出深く充実した時代です。1985年には、ニュージャージー州にある米国航空管制システム開発本部に部長として出向しました。航空機の管制を行うソフトウェアを開発するリーダー役です。

 

日本人が知らないアメリカ

 

アメリカに関する情報はあふれていますが、市民権を得て40年以上暮らした私から見るとおかしく感じるものがたくさんあります。

皆さんは例えばアメリカには高校入試や大学入試がないことをご存知でしょうか? 基本的に高校(4年制)までは義務教育ですし、日本のような大学入試はありません。

 

また大統領選挙の日本での報道では、大統領選は代理人による間接選挙と紹介されますが、選挙民は候補者に直接票を入れます。そこから選挙人が選ばれて形式的な投票が行われますが、票を左右するのはあくまでその前の一般投票なのです。

そして、アメリカは世界に食糧を輸出している大農業国です。中西部のコーン畑など、日本人の感覚では想像もできない広さ。車で1時間飛ばしても、畑が同じように広がるばかりです。日本列島よりも大きなカリフォルニア州では、広大な水田であきたこまちなどが作られています。

 

医療福祉環境もずいぶん違います。アメリカの病院はあくまで施設(ハードウェア)で、機能を担うドクターは、基本的に地域の開業医たち。彼らが自分の患者を入院させます。だから待合室がぎっしり混み合う、などということはありません。また日本は国民皆保険で公的医療保険制度があるけれど、アメリカではお金持ちしか健康保険がかけられない、と聞きませんか? これも話を単純化しすぎています。日本とはちがいますが、アメリカにも4種類の公的医療保険があって、低所得者や高齢者向けの公的な医療保健制度もあります。

 

 

アメリカの国民性とは

 

アメリカの国民性を私なりに整理すると次のようになります。

 

●老若男女問わず開放的でオープン、ジョーク好き

 

●競争や信仰の自由と平等、公正・正義を重んじる

 

●新しいことに挑むフロンティア精神が強い

 

●社会全体を徹底した合理主義が貫いている

●男女平等・レディファースト

 

●何につけてとにかく勝利が大好き

 

●国歌・国旗への強い忠誠・敬愛がある

 

●God bless America(どんなときにも神は米国を守ってくださる)の信仰が強い

 

●反共産主義・反独裁・反侵略主義

 

日本では、アメリカのように何ごとも契約でスパッと合理的に決めていくよりも、温情や慣例が重視されることが多いでしょう。エイブラハム・リンカーンは南北戦争の戦死者たちを悼んだ「ゲティスバーグ演説」(1863年)で、人民の人民による人民のための政治を訴えました。ヨーロッパ文明の枠組みを越えて、自分たちの理念で自分たちの理想の国を作るのだ、というアメリカならではの国家像がここにあります。時代が下ってジョン・F・ケネディは大統領就任演説(1961年)で、国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようと訴えました。私にはケネディの主張が、ギブ&テイクを旨とするアメリカ流の合理主義と契約社会像そのものに感じられます。

 

若いうちに海外で暮らしてみよう

 

私の時代は日本も貧しく海外の情報も足りず、アメリカに渡るのは大冒険でした(何しろ10日間の船旅で太平洋を渡ったのです)。それに比べていまはまったく環境がちがいます。最近の日本の若者の志向が海外に向いていない、ということが話題になりますね。留学経験者を日本の企業がうまく使いこなせず、帰国後の針路が描きづらいという事情もあるでしょう。しかし、とにかくまず行って見なければわからないことがたくさんあります。言葉の心配など要りません。大事なのは好奇心と行動力。若いときに、旅行ではなく、海外のまちに暮らしてみること。そこから日本や世界を見たり、帰国して、日本や北海道を新たな目で見てください。それはまちがいなく一生の財産になります。

 

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