テーマ:GXと産業DXで、北海道経済の「底力」を再設計する
いま、なぜ「再設計」が必要なのか
物価高やエネルギーコストの上昇が続く中、北海道経済は所得が追いつかない「構造的ミスマッチ」という厳しい局面に立たされています。
この難局をどう乗り越え、地域のレジリエンス(底力)を高めていくべきか。
小樽商科大学ビジネススクール(OBS)の修了生であり、IoT・ITの社会実装を牽引するエコモット創業者の入澤拓也氏と、サステナビリティ経営の専門家である小樽商科大学ビジネススクールの泉貴嗣氏による対談が実現しました。
本対談では、GX(グリーントランスフォーメーション)や産業DXといった最先端の知見を軸に、手薄だった第二次産業の補強、そして「学びの産業化」を通じた、北海道経済の「底力」を再設計するための具体的な道筋を紐解きます。
入澤 拓也 TAKUYA IRISAWA
エコモット株式会社 代表取締役
1980年生まれ、北海道札幌市出身
米HighlineCommunityCollege卒業
2007年、IoTソリューションの提供を行うエコモット(株)を設立
2019年札幌商工会議所起業家表彰において「大賞」を受賞。
2019年5月より「北海道IT推進協会」会長を務める。
2022年4月より「札幌市CDO補佐官」に就任し、行政DXの助言などを行う。

泉 貴嗣 YOSHITSUGU IZUMI
北海道国立大学機構 小樽商科大学大学院 商学研究科 准教授
学長補佐(リカレント教育) リカレント教育推進室長
1979年生まれ、東京都品川区出身
東京農工大学大学院 連合農学研究科 農林共生社会科学専攻(博士後期課程) 単位取得後退学
経営コンサルタントとして政令指定都市の中小企業政策や中小企業のサステナビリティ経営のコンサルティングなどを手掛けた後、上場企業の役員などを務める。
2022年4月より現職。小樽商科大学ビジネススクール(大学院MBA課程)で教鞭をとる。専門はサステナビリティ経営、ビジネス倫理。

インタビュー動画
【第一部】構造課題の直視:なぜ北海道は「稼げない」のか

冬の札幌市
「物価高」と所得ミスマッチの正体
〈入澤〉2008〜2010年に小樽商科大学で学んでいた頃と比べて、課題の質が大きく変わりました。当時はエネルギー価格の上昇でしたが、今は戦争など地政学要因が重なり、物価高の圧力が広がっています。北海道は日本全体の「5%経済圏」に位置付けられる中で、物価高に所得が追いついていない印象があります。
〈泉〉データでも北海道の所得は相対的に低く出ます。降雪・車社会という生活条件が関東南部に比べてコストを押し上げます。企業もエネルギーや物流のコスト増が利益を圧迫します。現在の北海道は、賃金上昇や景気耐性の高い経済を作りづらい構造的課題があります。
第二次産業の欠落というボトルネック
〈泉〉私は関東出身ですが、北海道は、製造業を中心とした第二次産業の層が非常に薄いと感じます。沖縄県に近い産業構造の印象です。第一次、第三次産業は相対的に健闘していますが、第二次産業の不足が全体のバランスを崩し、経済や賃金水準に影響しています。
〈入澤〉九州や名古屋のように工場が集積する地域は、GDPも相対的に高くなります。サービス業は間口が広いものの、生産性の引き上げに直結しづらい領域も多い。北海道が経済耐性と賃金を上げるには、製造業の比率を高め、第二次産業の裾野を広げる必要を強く感じています。
【第二部】外貨を稼ぎ、地域に留める戦略

北海道の風力発電
GX特区の追い風と「域際収支」の改善
〈入澤〉今の北海道経済はエネルギーの消費地です。自前でエネルギーを賄えれば輸入が減り、域際収支(経常収支)が改善します。現状では、エネルギー輸入額が大きくて一兆円規模の赤字になってしまう。だからこそ風力やソーラーなどのGXでカーボンゼロを目指す取り組みは、北海道にとって非常に重要です。
〈泉〉北海道がGX特区に認定されたのは確かな追い風です。ただ、やるのは人です。外部から資本や人材が来るのは良いですが、地域が自ら価値化しないと利益が外部流出する懸念があります。
素材の潜在力:道内資源をエネルギー産業へ
〈入澤〉新しい太陽電池のヨウ素は日本で採れると言われていますが、実は北海道の幌延でも発見されています。北海道のヨウ素を使って素材改善を進め、自給的なエネルギー体系につなげたい。バイオガスも含め、素材はある。次の時代に開かれている。それをどう活かすかが課題です。
〈泉〉風車やパネルの海外依存が高いからこそ、素材や部材の国産化・道内化に挑む価値があります。

インバウンドの波及効果と外貨獲得
〈入澤〉インバウンドの拡大は外貨を稼ぐ観点で非常に重要です。コロナ禍で痛感したのは、旅行業の裾野の広さです。クリーニング工場から食料卸まで波及します。ここを厚くすることで地域に外貨が循環し、関連産業の広い範囲に需要が生まれます。
〈泉〉サービス業は雇用吸収力がある一方で生産性のばらつきが大きい。インバウンド強化は、サービスの質の標準化や高度化で付加価値を押し上げる契機になります。第二次産業の補強と並走させることで、産業ポートフォリオが安定します。
コスト耐性を高める「地域経営」の視点
〈入澤〉地政学と物価高が重なり、企業のコスト耐性がより問われています。北海道では暖房・輸送など固定費比率が高く、標準的な見直しだけでは限界があります。
〈泉〉第二次産業の集積によって供給網を短縮し、物流・在庫の効率化を図ることが重要です。加えて、インバウンドで外貨を取り込み、サービスの付加価値を上げれば北海道経済の下支えが期待できます。
【第三部】DX時代の人材育成と組織の在り方

※イメージ画像
産業人材の育成:技能の可視化と賃金連動
〈入澤〉人材の「質と量」を現在の産業構造に合わせて設計しきれていないことが課題です。サービス業の即戦力育成は進んでいますが、製造業における高度な技能や品質管理、現場の改善を担える人材が不足しています。
〈泉〉産業の再設計と並行して、教育カリキュラムをより現場目線で組む必要があります。三次産業であっても、職掌ごとの技能定義を明確にし、実務に即した評価軸を整えることで、はじめて賃金への反映が可能になります。特に第二次産業においては、技能の可視化と習熟ルートの明確化が、人材定着の大きな力になります。
テレワーク時代の人材ポートフォリオ:組織の空洞化を防ぐ
〈入澤〉IT業界では、北海道にいながら東京の仕事をする「国内オフショア」のような働き方が増えました。経営者として実感するのは、実力のある優秀な人ほど「一人親方」として独立してしまい、組織にテレワークが苦手な層が残るというアンバランスです。
〈泉〉優秀な人が住みたい場所で働けるのは素晴らしいことですが、企業側にテレワークが苦手な層だけが残るようなアンバランスが生じれば、組織の力は削がれてしまいます。
〈入澤〉社会的な大きな課題に挑み、事業をスケールさせるには、やはり組織の底上げが欠かせません。個人の自由な働き方を認めつつも、地域全体の能力開発を並走させなければ、北海道のポテンシャルを活かしきれないと感じています。
移住を決める「教育インフラ」の整備
〈泉〉東京の優秀な層が「北海道へ移りたいが、子供の教育環境が不安で移れない」という壁があります。
〈入澤〉確かに、北海道に同水準の教育選択肢がないことは高度人材流入のボトルネックです。ボーディングスクールの整備など、教育インフラの拡充は北海道の最優先課題でしょう。
国際ハブとしてのポテンシャル:地理的近接性を価値に変える

新千歳空港
〈入澤〉北海道の魅力は自然だけではありません。実は物理的に「日本で最も欧米に近い」という強烈なアドバンテージがあります。ヨーロッパへもアメリカへも、直線距離で見れば日本の中で最短の距離に位置しています。
〈泉〉確かに、新千歳空港を拠点とした国際的な人材・観光・ビジネスの受け皿としての可能性は計り知れません。
〈入澤〉フィンエアー(フィンランド航空)やエア・カナダといった国際便の動向も重要です。この地理的近接性を活かし、欧米の高度人材やビジネスが集まる「アジアのハブ」としての機能を強化できれば、GXやITの領域でも国際連携の拠点を北海道に築くことができます。
【第四部】学びを「産業」に変える:MBAとリカレント教育

小樽商大ビジネススクールの授業風景
人的資本の要:マネジメントと「学びの横串」
〈入澤〉北海道には豊かな「素材」がありますが、それを価値創造につなげるための「マネジメント人材」が決定的に不足していると感じます。理数系や技術系の人材育成はもちろん重要ですが、それ以上に「目的を定め、多様な専門性を束ねて協働をデザインする力」が、産業全体の土台を強くするのではないでしょうか。
〈泉〉まさにおっしゃる通りです。北海道は上場企業の数が限られているため、本州のような人的資本経営の開示義務による「学び直し」のプレッシャーが構造的に届きにくい実情があります。だからこそ、企業教育だけに頼るのではなく、学校・企業・社会を「横串」で通し、学びを価値創造につなげる機運を地域全体でつくる必要があります。小樽商科大学のMBA(OBS)は、まさにその「橋」としての役割を担っています。
理論が事業計画に「魂」を吹き込む
〈入澤〉創業当初、私はハウツー本を片手に事業計画を書きましたが、どこか「魂」が入っていない感覚がありました。しかしOBSで理論を学び、アカデミックな視点を経て、マーケット、戦略、財務、組織が一気通貫でつながったとき、ようやく腹落ちした計画が書けるようになりました。この「理論と実務の往復」こそが、経営における意思決定の精度を劇的に高めます。
〈泉〉ハウツーだけでは「なぜ」という根源的な問いに答えられません。OBSでは、働きながら通う方々も増えていますが、学びの前後で仕事の視座が明らかに変わるという声も多く頂いています。
〈入澤〉また、利害関係を超えた「仲間」ができることも大きな価値です。同じ期で40人近い仲間ができ、お互いの専門性をリスペクトしながら切磋琢磨する。社長は「思い」を語り、マーケティングや財務はプロの仲間が支える。そうした信頼関係が、事業をより強固なものにします。
「今」学べる文化と地方への教育配信(上川サテライト構想)

上川サテライト
〈泉〉多忙な社会人にとって、学びの機会は「今やりたい」と思った瞬間に手が届くものであるべきです。私たちは、道内各地の現場で頑張る方々にも高度な知見を届けるため、オンラインと対面を組み合わせた「多層設計」の教育、そして「ユニバーサル・ユニバーシティ・コンソーシアム」の構築を急いでいます。
〈入澤〉その構想は非常に重要です。教育についても「逆転の発想」が有効かもしれません。ベトナムでは、IT技術者に日本語を教えるのではなく、日本語が話せる人材にITを教える手法で成果を上げている例があります。北海道でも、単に人を呼ぶだけでなく「高度な教育」をパッケージ化して提供することで、学びながら地域を発展させる人材を呼び込む「移住×教育」の設計が必要ではないでしょうか。
〈泉〉素晴らしい視点です。地域の需要をベースに、グローバルな視点を持つ人材を誘致する政策パッケージが、これからの地方創生には求められますね。

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大学を「産業化」する:地域経済へのインパクト
〈入澤〉私がシアトルに留学していた際、ワシントン大学は州でトップ3に入る雇用と経済を生む「主要産業」でした。大学が知の拠点であると同時に、巨大な経済のエンジンになっている。日本の大学も、単なる人材輩出の場に留まらず、自らをコンテンツ化し、経済を動かす「産業」としての規模を拡張してほしいと期待しています。
〈泉〉まさにそれが、18歳人口が減る中での大学の新たな生存戦略であり、社会的責任でもあります。AIが知識の暗記を代替する時代だからこそ、自ら手を動かす「フィジカルな体験」や現場の知恵を価値化する。歴史とブランドのある大学が旗を振り、学びのハードルを下げることで、北海道全体の底力を引き上げていきたいと考えています。
対談を終えて:北海道の「レジリエンス」を実装するために

今回の対談を通じて、私たちは北海道経済が抱える「物価高」や「所得ミスマッチ」といった課題が、決して抗えない運命ではなく、私たちの手で「再設計」可能な構造的問題であることを再認識させられました。
入澤氏が語った、理論が事業計画に「魂」を吹き込むという実体験。そして泉氏が提唱する、地方の隅々まで知見を届ける「現場の方々のための多層設計の教育」というビジョン。これらは決して別々の話ではなく、一つの太い線で繋がっています。それは、地域のポテンシャルを単なる「資源」のまま放置せず、テクノロジー(GX・DX)とマネジメント(学び)という一対の翼で、具体的な「稼ぐ力」へと昇華させていくプロセスそのものです。
特に印象的だったのは、お二人が共通して「人」と「現場」の価値に立ち戻っていたことです。AIが知識の暗記を代替する時代だからこそ、一次産業の現場にある「フィジカルな体験」を唯一無二の教育資源に変えていく。札幌一極集中を脱し、地方の現場に高度な知見を届けるサテライト構想を実装する。こうした地道かつ大胆な再設計こそが、外部からの衝撃に揺るがない「しなやかな強さ(レジリエンス)」を地域にもたらす唯一の道なのでしょう。
「北海道はポテンシャルの塊だ」という言葉を、もう聞き飽きた過去のものにするために。製造、サービス、GX、そして教育。バラバラに見えるこれらすべての点と点を、デジタルの糸と知的な情熱で結び直し、次世代に誇れる北海道を共に創り上げていく。そのための「再設計」は、今、この場所から始まっています。
(文:CGS編集部)