2025.12.03
令和7年度第9回講義:澁谷 真さん(H11卒)「中国における日系企業で働く一員として感じること~現地で見た構造変化・日系企業の課題と可能性~」
講義概要(12月3日)
○講師:澁谷 真氏(1999年小樽商科大学商学部企業法学科卒業/MUFGバンク[中国]有限公司大連支店)
○題目:「中国における日系企業で働く一員として感じること~現地で見た構造変化・日系企業の課題と可能性~」
○内容:小樽商大で中国語を学んでいた私は、2年生での短期留学ではじめて生の中国に触れ、海外で働くという人生の方向感を抱くことができた。東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行してからは、通算すると中国で10数年仕事をしてきたことになる。その中で私が体感してきた中国経済の動向や日中の企業文化の違いについて解説したい。また、海外で働くという選択肢を後輩たちに意識してもらえたら幸いである。
大連から見る日系企業の課題と可能性
澁谷真氏(1999年小樽商科大学商学部企業法学科卒業/MUFGバンク[中国]有限公司大連支店)

量の成長から質の成長へと進む中国経済
1999(平成11)年卒業の澁谷真です。今日は中国の東北部、遼寧省南部の港まちである大連からのリモートでのお話になります。
私は銀行員として中国に長く関わっていますが、中国との出会いは高校生のときに夢中で読んだ「三国志」でした。小樽商大で中国語を学ぶことになりますが、2年生のとき、いま私がいる大連の、東北財経学院(現在の東北財経大学)に短期留学しました。それから3年生のときには一年間休学して、天津の天津大学に一年間長期留学しました。
1999年に東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行してからは、国内店に勤務ののち、天津、上海、青島、大連と、通算すると中国で10数年仕事をしています。今日はその中で私が見たり感じてきた、中国のビジネスのスピード感とか人や企業の変化、日本との違いなどをお話しします。また、海外で働くという選択肢を意識して、皆さんが少しでも新しい視点を持てるようになれば良いと思います。
主な柱としては、「中国経済と日系企業の現状」、「自動車産業における日中の構造転換」、「日本本社と中国現地のギャップ」、「中国企業の海外戦略」、「海外で働く意義」、となります(なお講義の内容はあくまで私の個人的見解をまとめたものであり、三菱UFJ銀行の公式見解を示すものではありません)。
まず中国経済の近年の大きな流れをお話ししたいと思います。
GDPの成長率では、2018年から2025年までを見ると年ごとにかなり強弱があります。18年、19年には6%台ですが、2020年には2.3%まで落ちました。これはご存知のようにコロナ禍の影響です。2021年には反動で8.6%まで盛り返しましたが、2022年には上海などで厳格なロックダウンがあり、再びコロナ禍の逆風によって3%台に落ち込ます。私はちょうどその時期に上海勤務で、2カ月半にもわたって外に出られない生活を経験しました。その時の静まり返ったまちの雰囲気は、それまでの中国ではまったく考えられないもので、経済活動が止まるとはこういうことか、と実感した瞬間でした。しかしその後は5%前後の成長を維持しています。
中国経済は激しく上下はしていますが基礎的な成長力は強い、という特徴があります。日本でも中国経済が落ち込んでいるという報道がありますが、長く現地にいますと、やはりそれでも成長していることを強く感じます。上海や天津など、以前住んでいた所に大連からたまに行くのですが、まちの景観が必ずどこか変わっています。すなわち変化している、成長しているということですね。
皆さんも報道で見ていらっしゃると思いますが、中国の不動産市場の低迷は明らかで、高級品の消費も同様です。ただし製造業、半導体ですとかEVなど先端分野への投資は依然として活発で、政策の軸は技術の自立をはっきりと志向しています。つまり、中国の経済は、量の成長から質の成長へと変わっていっている過渡期にあるわけです。中国経済の底力は、おそらく日本にいる経済人が想像する以上に強い、というのが私の印象であり認識です。
中国における日系企業の多様な動向
中国で活動する日系企業の現状を数字で少し整理してみたいと思います。中国には日本商工会という組織が、四半期に一度調査を発表しています。
最新のデータによると、いま投資を拡大すると言っている日系企業は約2割、維持する企業が4割弱、縮小・撤退を考えているのが4割弱です。日本のニュースを見ていると、中国の日系企業の多くは撤退しつつあるという印象を持ちがちですが、実際には3つのパターン、すなわち「攻めている企業」、「様子見をしている企業」、「規模を絞っている企業」に分かれます。業績も一様ではなく、改善している企業があれば、悪化している企業もあります。
JETRO(日本貿易振興機構)のデータでは、業績悪化の主な要因としては、人件費や物流コストの上昇、商品売上げの伸び悩み、規制に対応するための重たい負担などが挙げられています。
一方で、現地需要の回復を理由に業績が改善している企業も一定数ありますから悲観一色ではないのですが、構造的な厳しさは確かにあるというのが現状です。
もうひとつ重要なのが競争環境の変化です。EV、デジタル、半導体といった分野は、現在中国企業が一気に存在感を高めていて、補助金や税制優遇、研究開発支援といった政策をフルに活用しながら、スピードと統合力で市場を取りに行っています。結果、産業再編や淘汰が進んで、競争の質自体が一段と上がっていると感じています。単に価格が安いから中国企業は強いのではなく、技術と経営のスピード、そして国の政策への機敏な対応を一体として回している総合力こそが、中国勢の本当の強さです。
日系企業にとっては単にコストだけを見るのでなく、どの領域で戦い、どの領域は現地と組むのかを選び直す段階に来ています。
具体的な企業例としてパナソニックと東芝の動きにふれたいと思います。どちらも大連近くの事例であり、そしてふたつとも白物家電(洗濯機や冷蔵庫など)やエレベーターといった、かつて日系が強かった分野で競争力を失い、戦略の見直しを迫られたケースです。
まずパナソニックですが、パナソニック大連空調工場は日本向け輸出の重要拠点でした。品質の高さとコスト最適化を武器に各地に出荷していたのです。しかしここ数年は中国の地場企業との競争が激化して、事業構造の転換が避けられなくなりました。結果として2023年に大連の有力企業氷山集团に統合されて、実質として企業譲渡された形になりました。
もうひとつは東芝です。東芝大連という会社、これはもともとテレビのブラウン管を作っていた会社でしたが、これが撤退しました。それから瀋陽(遼寧省省都)にある東芝エレベーターが、美的集団という企業グループに譲渡されました。
白物家電やエレベーターは、かつては日本が圧倒的な技術力で中国の市場を牽引していましたが、いまは中国のローカル企業に主役の座を明け渡しています。
私が指摘したいのは、日本が伝統的に得意とするていねいな品質や、じっくりと時間をかけた改善だけでは、競争に勝てなくなっているという現実です。中国の日系企業のBtoBを支えてきたモデルが、現在の中国市場のスピードと規模に合わなくなってきているのです。
これはまた、中国で事業を展開する多くの日系企業に共通する課題でもあります。
「中国プラスワン」の動向
ではいわゆる「中国プラスワン」、すなわちASEAN(東南アジア諸国連合)への生産シフトについてお話ししましょう。これは、中国への投資の集中を避けるためにベトナム、インド、タイなどの中国以外の国にも生産拠点を設ける経営戦略です。
中国プラスワンの原点は、外資企業が安い労働力を求めて生産拠点を移す流れがベースにありました。特に中国の南部には縫製や製靴のような労働集約型の企業がたくさんありました。こういった企業はベトナムやカンボジア、あるいは最近ではミャンマーとかラオスにコストメリットを求めて移動しています。
これは実際に私が見ていても非常に顕著で、ASEAN側としても若い労働力を活用しようという動きがあります。しかし重要なのは、これはあくまでも中国市場を相手にしていない動きであることです。
中国の顧客ニーズを踏まえて製品開発をする企業は、やはり中国から離れようがない、というのが私の理解です。技術者層の厚さやサプライチェーンの豊富さ、そして何より市場への近さは中国国内だけにあるものなので、ASEANで代替はできないのです。さらに最近ではASEANの生産コストも上がってきています。ですから結局メリットが薄いということで、中国へ戻ってきているケースも見られます。
中国プラスワンの戦略は一時期非常に盛り上がりましたし、今もあります。しかしこれは、「脱中国」でありません。すなわちその本質は、中国を軸にしながらASEANと組み合わせて、生産拠点をどのように配置するか、という動きなのです。
ここまでのまとめとして、中国が依然として日系企業にとってなぜ重要なのか、そして日系企業がどこで苦戦しているのかを整理します。
最初のポイントは、中国が依然として「最大・最速の製造・市場プラットフォーム」であり続けていることです。中国のどの都市もこの20〜30年で大きく変わってきました。中国でも景気が悪いと日本のニュースではしばしば言われますが、まちの変化、製造現場の自動化、物流の効率化など、発展の速度は依然として非常に高いと思います。
一方で、日系企業が直面している課題がいくつかあります。スライドで強調しているように、「速度」、「価格」、「現地化」、「意思決定」。この4点が日系企業の弱点として浮き彫りになってきています。特に意思決定は、こちらの現地法人からすると本社との距離や齟齬が非常に大きな影響を与えています。現地で、本社から日本式の時間をかけた意思決定を強いられたためにみすみすチャンスを逃す、という場面は少なくありません。このことはあとでもう少し詳しく述べます。
さらに、競争軸そのものが変わってきています。かつて日本企業は品質と価格で十分に勝負できていましたが、今はソフトや統合力、スピードが競争軸になっています。これは日系企業があまり得意ではない分野であり、中国企業の強みがあらわになっているところです。
最後に、中国の新たな行動パターンを意識する必要があります。高度化していく中国のモノづくりに、ASEANを分散させて掛け合わせていくという新しいバランスです。先ほどふれましたが、「脱中国」というのは非現実的で、ASEANに適したプロセスはASEANに置く、という選択が合理的だと思っています。すなわち、中国とASEANをどう組み合わせていくかで、日系企業の企業戦略の勝敗がこれから決まってくるのではないかと思います。
自動車産業における日中の構造の転換
中国における日系企業の課題が最も理解しやすいのが、自動車業界の動向です。
日本の製造業出荷額の約19パーセントを占める自動車産業は、いうまでもなく日本の製造業の重要な柱のひとつです。金額ベースでいうと約71兆円を占めていて、製造業として最大のカテゴリー。就業人口も約559万人で、全体の8パーセント。環境負荷の観点でもCO2排出量は約16パーセントを占めていて、つまり日本の環境政策の中心にも位置します。自動車産業は、部品・素材・物流・ソフトまで連鎖する巨大サプライチェーンであり、この産業で起きる変化は、日本経済全体の変化に直結するのです。
ちなみに年間の自動車販売台数は、現在日本国内で約450万台。これに対して中国は約2600万台で、市場規模として約5倍もあります。私が仕事をしている上で、中国にある日系企業の4〜5割くらいは自動車産業、あるいは自動車サプライヤーチェーン(部品、材料、設備、物流など)が関係していると感じています。もちろん金融も同様です。中国で日系企業のお客さまと向き合っていると、自ずと自動車関連の話になります。自動車産業は単なるひとつの業界ではなく、中国における日系企業の姿を色濃く映し出す写し鏡なのです。
言うまでもなく、世界の自動車界ではEV(Electric Vehicle)化が加速しています。EVは排ガスを出さないために環境負荷が低く、構造がシンプルで部品点数も少ないために、メンテナンスも比較的容易です。この点がガソリンを使う内燃機関、ICE(Internal Combustion Engine)の車との違いです。
世界でEV化が進んだ最初の理由は、環境規制です。特に欧州は環境政策を成長戦略と結びつけて、2035年にガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止するという方向を示しました(少し変わりそうな気配がありますが)。これは単なる環境対策ではなくて、EVで世界をリードするという産業政策の強い意図もあります。
そして中国ではどうか。中国では大気汚染がとても深刻化していた時期がありました。これに加えてエネルギーの安全保障、そして次の産業を育成したいという国家戦略が重なり、早い段階からEVが強力に後押しされました。補助金の制度を整え、インフラ整備を集中的に実施したのです。
これに対して日本ではどうだったでしょう。
日本は慎重派でした。理由はふたつあります。ひとつはインフラ。充電の設備が整っていないと普及が進まず、コストも大きくなります。もうひとつは、トヨタが中心になりますが、すでにハイブリッド車を世界に出していて、そこでトップの強みを持っていたこと。だからあえてリスクを取ってEVに全面シフトする理由がありませんでした。EV化の波は欧州と中国が主導して、日本は相対的にうしろから追いかける形になりました。この立ち位置の違いが、日中逆転の一因になったというふうに見ています。
数値と構造で確認したいと思います。
まず、中国全体のEV比率、年間販売台数に占める割合ですが、2021年は18パーセントだったものが、直近の9月(2025年)ではもう58.1パーセントになっています。わずか4年で3倍以上です。このスピードは世界的にも異例で、中国の自動車産業の構造転換力を象徴しています。そして、この構造転換を最も象徴しているのが、中国のOEM企業(Original Equipment Manufacturer・オリジナル製品製造会社=自動車メーカー)BYDの存在です。皆さんもBYDという企業をご存知だと思いますが、最近は日本でも自動車販売に力を入れていて、TVCMも比較的積極的に行っているように見えます。
BYDの自動車全体における中国国内シェアは、20211年では3.6%でした。しかし今は14.9%まで急増しています。これも4倍以上です。成長の背景は、BYDという会社の独自性があります。もともと電池メーカーとしてスタートした会社でしたが、電池を自社で開発・製造し、そのまま車に組み込む垂直統合モデルを確立しました。つまり、車づくりの最重要部品である電池を自前で作っているのが競争力の源泉になっています。また電池会社が母体であることは、EVにおける心臓部を握っていることにほかなりません。ですから自社ブランド製造の他、他社ブランドのEV開発・生産受託も行い、国際的なサプライヤーとしても台頭しているわけです。
中資系のOEMをもう1社挙げてみると、Geely(ジーリー)があります。Geelyはプレミアムブランドから若者向けブランド、オンライン販売、シェアリングなど複数の戦略を走らせていて、市場構造そのものを変える存在になっています。都市部での存在感も急拡大していて、デザイン性やデジタル技術の高さが支持されています。スウェーデンの乗用車メーカーVolvo Carsも、Geelyの傘下にあります。
BYDやGeelyといった中国のOEMの共通点は、「意思決定が早く」、「投資の割り切りがある」ことで、基本的にはデジタルを前提にした車づくりを行っている企業であることです。彼らはものすごいスピードで短期間で市場を押さえに行っています。
ですから日系のOEMが前提としてきた競争力、品質や耐久性、価格といったものが通用しにくくなってきているのです。市場が求めるものがスピードやソフトウェア、体験価値といったものに移り変わっていく中で、中国勢がその波をいち早く掴まえました。これがいま、日系OEMが苦戦している大きな理由になっています。

日本の自動車メーカー苦戦の原因
日本の自動車メーカーが中国市場で苦戦している理由を整理してみます。
日系メーカーがEVに消極的だったのは、決してガソリン車の成功体験に縛られたからだけではありません。EVというのは基本的に、産業におけるカーボンニュートラルの文脈が有力ですが、充電のためのインフラや電池コスト、航続距離の不確実性といった部分で収益の安定性に欠けています。
日系企業は、本当にEVが主流になるのか、という点で慎重でした。企業としてはある意味とても合理的な判断であり、その感覚はよく理解はできます。一方で、中国企業がとった戦略は、とにかくスピードを優先しながら、この未成熟な領域に対して完成度が多少低くてもまずは市場に出して、走りながら改善する、というものでした。この姿勢の違いが、日系と中国のOEMの差を一気に広げた要因だと思っています。
日系の今の状況をご説明します。
まずトヨタですが、ハイブリッドという別要素があって、今でも中国市場では強さを発揮しています。販売台数はやや減少傾向にありますが、なお一定の存在感を持っています。
ホンダは、中国で生産する車の全てをEVにするという宣言を出しました。ただ、EVの商品自体の競争力や合弁先との協調性、いわゆる中国の合弁先との協調には難しさがあって、結果がまだ付いてきていない状況です。
日産はもともとガソリン車で中国のマーケットでとても強い立ち位置にありました。しかし、EVになるとその強さを十分発揮できていなくて、足元が厳しくなっています。総じて言えるのは、日系メーカーが慎重だった理由は、成功体験ではなく、「合理的な懸念」にありました。ただ、その慎重さが意思決定のスピードの差となり、中国勢が一気にシェアを取っていったのです。
日中の構造的な違いをもう少し説明します。
まず結論を述べれば、逆転を生んだ最大の要因は、技術力の差ではなく、「意思決定のスピードの違い」だと思います。中国企業はEV市場が未成熟だった段階から迷わず参入して、走りながら改善するというアプローチを常に取ってきました。
その針路に課題はたくさんありました。ビジネスとしても十分に成り立っていたわけでなくて、赤字が続いていました。にもかかわらず、中国企業は大胆に踏み込んでいきました。ここで重要になるのが、中国特有のトップダウン文化です。
中国の企業は(日本の企業にもそういう部分はありますが)、トップが方向性を一度決めると、その決定は事実上絶対になります。議論はあっても方向性が揺らぐことはまずありません。その上で着目すべきなのは、各事業部やエリアのマネージャにかなりの権限が委譲されることです。
つまりトップが方向性を決めると、現場がそれをとにかくスピード感を持って実行していくという仕組みが成立しているのです。
中国の日系企業のお客様とよく話すのですが、とにかく中国の企業は決めたら進む。途中で問題が出てもその場で直せばいい、というわけです。日本ではつきものの細かい書類とか稟議事項はあまりありません。EVという市場が立ち上がっていく局面では、中国企業のこうした考え方や行動原理が功を奏したと思われます。
これに対して日系企業は、残念ながら方向性やスケジュールの出し方が大きく違い、結果としては出遅れてしまいました。
これは私見ですが、中国企業のこうした行動原理は、長い歴史があるものではなく、1980年代に改革開放が叫ばれて、市場原理が大きく取り入れられて以降のものだと思います。当時の若いリーダーたちが欧米や日本から学んだことを国に持ち帰り、その実現のために、追いつけ追い越せと、目標の設定とスピードに高い価値を置いたことによるのではないでしょうか。
EV時代における日系と中国企業それぞれの強みや弱みがどう変わったかを整理します。
まず前提として、ICE(Internal Combustion Engine・内燃機関)の時代には、日系企業にとってはまさに最適な市場環境がありました。つまり、日本でしっかり作り込んだ車を、高い品質と長年積み上げてきた信頼の上にダイレクトに市場に持ってくれば良かったのです。特にエンジンやトランスミッションといった長い経験と膨大な試験データが必要な分野については、簡単に新規参入ができるものではありません。そのため、この領域で圧倒的に強かった日系は中国でも強さを発揮しました。
しかしEV時代になるとこの前提が変わります。EVの構造はモーターと電池、バッテリー、そして制御ソフトが基本になります。つまりICE時代には、それまで揃えてきた日本の強みの源泉が機能しなくなってしまったのです。一方で、中国企業はこの新しい構造に非常にフィットした強みを持っていました。
EVは自動車とスマートフォンを掛け合わせたような世界観をもった車です。ユーザー体験とかアプリ機能、オンライン更新といった言葉が行き交う領域で生まれた価値を持っています。この領域は中国企業が非常に強い分野です。
さらに電池に関しては、CATLという現在の世界トップ企業やBYDを中心に、世界有数の競争力の基盤があります。特にBYDは電池メーカーから自動車業界へ参入してきた企業であり、EV時代の構造変化がそのまま企業の成長に直結した典型例だといえるでしょう。
では、日本の企業の現状はどうでしょう。
日本企業は、EV化がここまで加速していくことが想定しづらかった。本社が主導する意思決定のスピードが不利に働いた。既存の投資が動いていたので大きな変更がしにくかった。ソフト領域の競争には不慣れ—。こういった状況がありました。
ただ、これは日本が弱いという話ではないと思われます。むしろ日本企業はハイレベルの技術があり、車の総合品質が高かった。そしてサプライチェーンの管理が優れていたといった点で、世界トップレベルの強みを持っていたのですから。しかし、EVの市場は成長スピードが早すぎて、その強みを活かしきる前に市場が大きく動いてしまいました。
EVの時代は、どれだけ早くどれだけ柔軟に開発を進め、どれだけソフトを磨くかという競争に変わりました。この競争力の変質が日中逆転の背景になったと思います。
あらためて押さえておきたいポイントはふたつです。
ひとつは、自動車産業というのは日本産業の縮図です。日本の製造業を支える数多くの技術やサプライチェーン、そして品質重視の思想が最も濃く現れている領域が自動車です。
つまり、自動車の競争力が落ちるということには、日本産業全体の競争力にも影響するという構造的な意味合いがあります。
そしてふたつ目。
日中の逆転は、技術力の優劣ではありません。日本のモノづくりはいまなお技術レベルとして非常に高く、世界でもトップクラスです。逆転を引き起こした本当の要素は、産業構造の違いなのです。つまり企業の意思決定や実行スピードの差です。中国企業は、EVによる産業構造変化の波を大きなチャンスと捉え、トップダウンで一気に投資して、走りながら修正し、現場にも権限を与えながら短期間で形にしてきました。
これに対して日系企業の慎重な判断プロセス故にスタートが遅れ、収益性や採算性を重視した結果、方向転換に時間がかかってしまったのです。
本社と現地とのギャップ
日系企業が共通している課題があります。それは、本社と現地の考え方、スピードの差です。本社と現地とのギャップは、単にコミュニケーションがうまくいっていないというレベルではありません。それは意思決定の前提である、求められるスピード感やリスクの捉え方、企業文化や組織行動そのものから違いが出る、構造的なズレにほかなりません。
ではそのギャップがどこから生まれてどうすれば解消できるのか。そして一方で、ギャップは課題であるだけではなく、武器になる可能性もある、という観点で考えてみましょう。
私は中国で働く中で、日系企業のお客さまからしばしばこんな言葉を聞きます。言葉としては乱暴すぎる言い回しなのですが、「OKY」、というものです。
これは現地の人が本社に対して突きつけたくなる、「お前ここへ来てやってみろ!」という一節の頭文字を取ったものです。
もちろん社員の方が本社に向けて実際にそういう発言をしているのではないのですが、現場の状況を十分に理解せずに、日本の基準でばかり判断するさまを象徴的に表した略語です。
これは、単なる意見の違いではなく、前提となる情報量やスピード感、組織文化の違いが積み重なって生まれるギャップです。例えば何を優先すべきかという優先順位の違い、判断するときに使う基準の違い、現場で見えている情報の鮮度と量の違い、組織として求められている文化や行動様式の違い、こうした前提条件の違いが積み重なると、最終的に意思決定は大きくズレてしまいます(メーカーとはビジネス環境が違うので銀行業務ではそういう事態はありませんが)。
中国の現地側では、このスピードでやらないと市場がもう変わってしまう、と危機感を募らせているのですが、それを決裁する日本側にその状況は、なぜそんなに急ぐ必要があるのか?と映っています。これは中国、日本どちらが正しいとか間違いとか、そういう問題ではなく、置かれている環境と前提が違えば最適解も変わるということです。
ギャップには3つの種類があります。まず「時間のギャップ」、そして「情報のギャップ」、さらに「リスクへの感度」のギャップです。
これは単に速いとか遅いとかそういう話ではなく、市場の変化に対してどのタイミングで判断して、どのタイミングで動くかという意思決定のリズムそのものが違うことです。
あるモノづくり企業のお客さまが、こんな実例を話してくれました。その方は中国の企業との取引を交渉中だったのですが、相手側から、「3週間以内に返事がない会社とはもう次の商談には進みません」、と言われました。日本の感覚で言うと、3カ月じゃなくて3週間ですか!とびっくりする期限です。そしてそのことを日本の親会社と調整すると、技術確認や品質検証、コスト試算、稟議の準備、そして決済という通常のプロセスを積み上げていくと、最低でも半年かかる、という応答でした。その方はそこをなんとかできないかと頑張りましたが、「3週間で決められるわけがない。モノづくりの会社がそんな中途半端なやり方をしてはいけない」、と拒否されてしまいます。
この考え方は日本のモノづくりとしては極めて正しいと思います。しかし市場は残酷で、3週間以内に判断できる会社だけが受注していきます。日本側が無茶な案件には手を出さないと判断するのは合理的かもしれませんが、結果としてチャンスは競合に流れ、中国市場での存在感はさらに薄れてしまいます。
ここで問われるのは、ブランド品質を守るべきか、それともスピードを優先してビジネスを取りに行くかという非常に難しい経営判断です。中国の企業が強いのは、トップの判断が早くて、さらに一定の権限が現場に任されているために、「走りながら修正する文化と」が組織として成り立っています。
一方で日本の企業は、プロセスと合意形成を重視するために意思決定までにどうしても時間がかかります。現場で働く日本人駐在員の方々は、この両者の時間の違いに挟まれながら仕事をしています。
次に「情報のギャップ」についてお話をしましょう。
これも根深いギャップですが、ポイントはふたつあります。ひとつは、まず日本と中国の往来がコロナ期に止まってしまい、現地の空気が本社に届かなくなってしまった点です。
2020年のコロナ禍のもとでは、日本から中国、中国から日本への出張はほぼ不可能になり、本社の多くは実際の現場を見ずに判断せざるを得ませんでした。一方で中国経済ではこの間、短期間でとても大きな構造変化がおきました。つまりロックダウンとそれに伴う消費の変化、そしてEVの急進、さらにDXの進化です。
けれども現場を実際に見ていない本社の人には、この大きな変化が十分伝わりません。結果として本社はメディアの情報や限られた統計データなど、各人の過去の経験値に基づいた判断だけで事業を進めようとします。それが大きなズレを生みました。
ふたつ目が、過去の経験で判断をしてしまうということ。日本企業の本社には、どうしても昔の中国というイメージが残っています。それは例えば、中国は模倣の国で、中国企業の作るものは品質が低い、といったことにはじまり、中国市場はコストしか見ていない、データの信頼性が低い、業取引をしても金払いが悪い、信用できない、不良債権化しやすい、リスク判断が難しい、などです。
確かにこういった認識には、私が中国に行った当初は一定の真実性がありました。しかし今はEVやバッテリー生産技術、物流のデジタル化などさまざまな領域で、中国企業は本当に大きな進化をして国際競争力を持ち始めています。大連や上海にいると、日本本社の考え方は10年か20年くらい古いんじゃないかと、時折感じます。
本社側のこうした認識が意思決定にどう影響するのか—。
このズレが積み重なって具体的な障害として起きやすいのが、現地がこれは挑戦すべきだと判断する案件に対して、本社はリスクが高いと判断して却下してしまうことです。これでは市場の動きに遅れてチャンスを逃してしまうでしょう。一方で中国企業はトップ判断で即決して、先に進んでいきます。現地スタッフは、日本の本社は現場が見えていない、と不信感を募らせます。こうした背景から生まれた言葉が、さきほど触れた「OKY」(おまえ、ここに来て、やってみろよ)なのです。
これは単に現地側の不満ではなく、条件が違いすぎるのに同じ基準で判断が下される辛さを象徴する言葉だと思います。
制度と文化の違い
続いて「リスク許容度のギャップ」について。
日本企業の強みは、中国市場では一転して弱みになってしまうことがあります。これまでの成功体験が強化してきた日本企業のモノづくりの前提には、まず完璧主義があります。事前にリスクを洗い出して、品質を十分に高めてから市場へ出します。不具合を限りなくゼロに近づけること、お客さんには迷惑をかけないこと、最後までていねいに作り込むこと。こうした姿勢があったからこそ、「Made in JAPAN」は世界で信頼されるブランドになりました。
これは本当に素晴らしい文化ですし、今でも大きな強みだと思います。しかし、急変する中国市場では、これがスピードの遅さや慎重すぎる判断につながってしまう側面があります。しかも今の中国企業は、以前のような安かろう悪かろうというビジネスをしていません。質、量、速さ三拍子が揃っていますから、日系企業の従来のやり方では追いつきにくいでしょう。Made in JAPANの成功体験は、ときにはま制約にもなり得るのです。品質やリスクを守ろうとする本社の考え方と、スピードを優先したい現地が対立する構図です。
現場から見ると、スピードアップしないと市場では戦えない。しかし本社はそれを拒絶する。結果、もっと仕事を取りたいと思っている現地の事業を、本社の価値観が縛ってしまいます。私は、このギャップの本質には、リスクとリターンの許容度の差があると思います。
本社はリスクを最小化することが正しいと考えていますが、現地では、中国市場はリスクを取らないことこそが最大のリスクである、と考えています。
ではこうした価値観のギャップをどうすれば良いでしょうか。
実はギャップというものは弱点ではなく、統合すれば強みになるのです。ギャップは、活かすことができます。ここまでの話だと、日系企業はもはや中国では戦えないのではないか、という印象を持たれるかもしれません。しかし私は、ギャップは弱点ではなく、活かし方次第で武器にもなると考えています。
日系企業は中国が完全に真似できない価値を持っています。それは品質や安全性、統制力、誠実さ、そして長期的な視座などです。中国の企業とお話しするときも、やはり最終的に信頼できるのは日系と言われることがよくあります。これは日系企業が長年築いてきた強い資産だと思います。
一方で中国企業の強さは、意思決定の速さ、柔軟な戦略転換、デジタル統合力など、日本企業がなかなか真似できないところにあります。私は、両者の間に補完関係ができないかと思っています。日本と中国はどちらが上だということではなく、単に得意分野が違うだけなのです。
だからこそここで大事なのは、日本本社の強みと現地のスピード感を掛け合わせること。そうすれば新しい日本の企業の競争力が作れるのではないかと思うのです。実際のところ、中国で成功している日系企業は例外なく、営業現場に裁量を与えて、本社と現地の役割をはっきり分けながら、リスクよりも基本的にスピードの価値を重視しています。またローカル人材、すなわち現地スタッフの上級管理職の登用にも積極的です。
ギャップは埋めるものではなく、統合するものです。ギャップを悪いものと考えるのではなくて、日本的なていねいさや品質と中国のスピードや柔軟性をセットにすれば、より強い企業に成長していけると思います。こうした統合の姿勢を取っていくことで、日系企業はまだまだ戦っていけると思います。
中国企業の海外戦略。走出去(ゾウチューチー)と一帯一路
中国企業の海外進出は、「走出去(ゾウチューチー・海外進出)」と「一帯一路」という、大きな国家政策とセットで進んできた経緯があります。
中国企業の海外進出は大きくは3つの段階に分けることができます。ひとつ目は、2000年代の「走出去(ゾウチューチー・海外進出)」政策。これは海外に出る中国企業の背中を国家が後押しした政策で、狙いは資源の確保、海外市場の開拓、技術やノウハウの吸収。いわば外から価値を取りに行く、という動きでした。
ふたつ目は、2013年からの「一帯一路(Belt and Road Initiative)」政策です。この政策の狙いは、鉄道、港湾、発電所などインフラを通じた世界とつながる構想にありました。まず国有企業が中心となって、プロジェクトベースで世界経済に存在感を獲得してきました。
そして3つ目が、近年の民営企業の台頭です。ここが現代の中国企業の海外進出の特徴になっていて、通信のHUAWEI(ファーウェイ)、EVのBYD、電池のCATL、アプリやECにおけるTikTok、ALIBABAといった存在ですね。
さらに最近では、中国企業の海外進出は単なる市場奪取ではなく、ブランドや技術、サプライチェーンの主導権など、より高い価値を獲得する動きへと進化しています。つまり、海外に出ること自体が目的ではなく、海外で得られる将来の競争力を丸ごと取りに行くというフェーズに入っていると感じています。
「走出去(ゾウチューチー)」政策をもう少し見てみます。
走出去の狙いは、いま言ったように自国の成長を補う外部資源の獲得です。2000年代の中国は経済成長が加速し続けていて、石油や鉄鉱石など大量の天然資源が必要な時期でした。そのため中国企業がアフリカや中東、南米へ進出して、資源企業の買収や権益の取得が進められました。
これは中国経済が後に急成長するための外部エンジンを確保する戦略だったといえます。走出去のもうひとつの重要な狙いが、技術の吸収です。当時の中国企業は技術やブランド力が日本や欧米には遅れていました。そのために外国企業の買収などを通じて製品、技術、マネジメント、ブランド、知的財産などを学び取り、競争力を引き上げてきました。この時代に、今のように世界で戦える中国企業が生まれる基盤が作られたのです。
最初は資源インフラ中心でしたが、ここで得た経験と自信が、後の一帯一路や民間企業の積極的な海外展開につながっていきます。
次に「一帯一路」にふれます。
一帯一路は中国が2013年に打ち出した巨大な経済圏構想ですが、これは単なる政策スローガンではありません。今も現場レベルで確実に動いている国家施策なのです。一帯一路が生まれた背景はふたつあります。ひとつは国内の余剰施設の活用です。中国は急速な発展の中で、鉄鋼や建設、インフラ関連の生産能力が過剰となっていました。その活用先として海外インフラ市場に目を向けたのです。
ふたつ目は外交。一種の地政学的な狙いです。中東から欧州、そしてASEANを結ぶ交通網や港湾を押さえることで自国の影響圏を広げる目的がありました。私は現在、こちらの金融当局の会議によく参加していますが、その場でときどき中国当局から、もし日系企業を含めて一帯一路の関係の動きがあれば必ず共有してください、と言われます。外資系企業である私たちですらそう求められているわけですから、中国の企業は「一帯一路」をさらに強く意識して動いていることが、容易に想像できるでしょう。
つまり一帯一路とは、掲げただけの構想ではなく、企業行動を日々動かしている実務政策です。地図上で見ると壮大すぎてわかりにくい政策ですが、現場で働く立場からするとその影響はとてもリアルなのです。

中国民営企業の台頭
なぜ中国企業が現在も海外進出への勢いを保っているのでしょうか。その鍵を握るのは民営企業の台頭です。
多くの方は中国の海外投資=国有企業、というイメージを持っているかもしれません。しかし実際にはここ10〜15年の間、海外市場で最も伸びたのは民営企業です。民営企業が力を付けた理由は主に3つあると思われます。ひとつは、製造技術力の急伸。中国企業の安かろう悪かろうの時代は終わり、各分野で世界トップクラスへと進化していきました。例えば家電大手のHaier(ハイアール)はその象徴的な企業です。
Haierは、2011年に日系企業の三洋電機の白物家電事業を買収しました。それによって技術やブランド資産を取り込み、アジアでの事業基盤を一気に拡大しました。
ふたつ目は、国内市場の巨大化と極端な競争です。中国の市場はとにかく大きくて競争が激しいため、そこで勝ち残れば海外でも戦える力が自然と身につきます。EVや家電、デジタル分野は、国内競争=世界競争と言われるほどのレベルと規模になっています。
3つ目は、国家政策との整合性です。民営企業は国有企業とは違い、完全に政府の指揮下にはありませんが、企業の成長方向は各政策と自然に合致させていることが多く、結果として国家戦略と企業戦略が相互に強化される構造になります。
中国では国家方針が企業の行動原理にまで浸透されやすい文化があります。民営企業のもうひとつの特徴は、先ほどから繰り返している、意思決定の速さです。そのために海外投資も短期間で意思決定され、すぐ実行に移されます。
中国企業の海外進出の成功と課題についてお話ししましょう。
成功例としては、中近東のインフラ事業、ASEANの電力分野、そして欧州のEVとの連携などがあげられます。
一方で大きな課題の代表的なものとしては、スリランカの債務問題などがあります。大型インフラの案件を進めた結果、相手国の返済負担が重くなり、これは債務の罠であると海外から批判を受けています。こうした問題は、中国企業の海外進出が政治的に見られてしまう要因にもなっています。
収益性の低さも課題です。急いで進出したものの、実はとりあえず参入するという姿勢の企業も多くて採算面が弱いプロジェクトも多いのです。また、国有企業と民営企業が混在している点も複雑です。国の戦略に沿って動く国有企業とスピード重視の民営企業、この両者が海外でいっしょに動いているために、ガバナンスや意思決定が読みにくくなることがあります。そして、海外での回収リスク。これは私も銀行業務で肌で感じるのですが、海外案件では、長期にわたって資金を確実に回収できるか否かがとても重要です。中国企業はこの部分がまだ十分ではないな、というふうに感じることがあります。
日系企業への影響
中国企業の海外戦略は、日系企業にとってどういう意味を持っているでしょうか。
意識すべきは、競争の軸が、品質から「技術とスピードを掛け合わせた時代」へと移っていることです。結果として日系企業は、事業の再設計が求められている局面に入っているのです。
中国企業のスピードと量産力が市場の競争構造を大きく変えました。これはEVに限らず、家電、デジタルなど幅広い分野で起きている事態です。一方で日系企業の強みは何か—。日本のモノづくりは品質や信頼性で依然として強みを持っています。これは中国企業が短期間では真似のできないことです。私も現地の企業から、品質では日本に本当に勝てない、という声をよく聞きます。かつブランド力も非常に高いです。
一方でこれまで触れてきたように、市場環境があまりにも速く変容しているために、ていねいに作り込んでから市場に出す従来のやり方では間に合わないケースが出てきます。これが日系企業が苦戦している大きな理由です。
以上から、中国の日系企業にいま必要なのは、事業の再設計だと思います。これが核心です。根底から全部変える必要まではありません。強みを維持したまま、弱点を補うような再設計が必要な局面にあるのです。
具体的には、意思決定のスピードをもっと上げる。現地の裁量を増やす。中国市場向けの商品企画を加速化する。必要に応じ中資系との協業も検討する。こうした構造の見直しが求められていると思います。日系企業が取り戻すべきものは単なる強みそのものではなく、市場がどこを競争力としているかを正しく理解する姿勢だと思っています。品質だけでは勝負が決まらない時代になって、技術とスピードと市場理解の総合力が問われている、ということを強調したいと思います。
「一帯一路」、そして民間企業の台頭などを見てきましたが、ひと言でまとめますと、中国企業は量を追う段階から、価値を取り入れる段階へ進化しています。こういった中国企業の海外展開は、単に国際ビジネスの話ではなく、これから日本企業がどう変わっていくべきかを考えるには非常に重要なテーマだと思っています。
日系の強みがそのまま未来の強みになるとは限らない時代です。だからこそ、海外で働く世界の変化に自分の目で触れることには強い意味があると思います。
ここまでの話のまとめです。
世界は大きく動いていて、産業構造も企業競争も本当に速いスピードで変わってきています。日系企業は製品の品質や技術、誠実なモノづくりいう強みを持っていますが、変化に対応するスピードや意思決定の遅さという課題もあります。
一方で中国企業は、繰り返してきたようにスピードにすぐれ、手厚い政策支援の背景などもあるために、一部の分野ではすでに日系を上回っていると言えます。ただしこれはどちらが良い悪いの話ではなく、両者の違いを理解することが重要です。
海外で働く意義
ここから少し視点を変えて、私自身が中国で働く中で感じた、海外で働く意義について皆さんにお伝えしたいと思います。
私にとって海外の始まりは、小樽商科大学でした。
初めて海外に行ったのが大学時代、1995年にいまいるこの大連に短期留学でやって来ました。中国の社会は現在ほどまだ整っていない状況で、日本との文化や生活のレベル差は実は非常に大きかったのです。ただ、私はここで異文化に身を置く面白さを知り、海外で働くという人生の方向感を抱くことができました。
もし小樽商大にあの短期のプログラムがなければ、私は留学という選択肢をおそらく持たず、いまのこの姿、つまり中国から後輩たちに話をするようなキャリアを積むこともなかったと思います。
とはいえ中国語は容易ではありません。実は最初の留学のとき、商大で学んでいてそれなりに自信のあった私の中国語は、現地ではうまく通じませんでした。このショックや悔しさが、もっともっと中国語を学びたい、という気持ちに火をつけました。そして私はその後、さらに一年間天津の大学で学んだのでした。
人生の方向性を20代前半で作ることができた私は、ひとつの経験で大きなものを得ることができました。だからこそ、いまの皆さんが大学で学び、さまざまな経験への機会に毎日接していることを大切にしてください。
中国で生活していると、日本は良い意味でも悪い意味でもはっきりした個性や特徴を持つ国だと気づきます。良い面は、先ほど来申し上げていますが、モノづくりの品質の高さ、誠実さ、ていねいな対応。悪い面は、変化に対するスピードがどうしても遅いこと。
外から見たこうした日本の姿は、日本で生活しているだけでは見えません。外に出ることで初めて見えてくる日本の姿に気づけるのは、海外の海外経験における大きな価値だと思っています。
また中国メディアを通じて見る日本にも、非常に興味深いものがあります。同じニュースでも、SNSを含めてこちらのメディアを通すと、まるで論調が違います。良し悪しがありますが、これも海外ならではの経験です。海外に出ることで、日本の長所・弱点が初めて客観視できるでしょう。そして外から日本を見る経験は、キャリアの判断軸をしっかりと太くしてくれます。
三菱UFJ銀行中国大連支店では日本人は5名、中国人のスタッフは約140名います。日本の職場のように多くの日本人スタッフはいません。そのために日本人ひとりが担当する業務の範囲は日本よりも大きくなります。営業として派遣されていても、実際にやる仕事は企画や総務、人事、オペレーションなど、会社全体の仕事に広く関わる必要があるのです。私の主な仕事は内部管理ですが、東北エリア(瀋陽や長春など)の営業活動も行っています。
こうしたことはキャリア形成にとっては望ましいことで、これにより視野が広がり、ビジネス全体の流れが自然と理解できるようになります。
海外で働くことは、責任も増えますが、そのぶん自分の成長も早い。私はそう思っています。
海外では日本と違う価値観に触れる機会が多くなります。例えば中国でよく言われるメンツ(面子=体面)です。日本人も実は同じようにメンツは気にしていると思います。しかし違うのは、直接的に伝えるかやんわり伝えるか—。
私は中国で失敗したことがありました。ある重要な社内人事をめぐって、私は曖昧な伝え方をスタッフにしました。当時の日本企業では、中国ではメンツが大事なのでそういうことには直接触れない方が良い、という風潮があったのです。しかしそれが誤解を呼び、後日その方から、なぜその時はっきり言ってくれなかったのか、と涙ながらに抗議を受けました。
文化が違っても、本質的で大事な話ほどはっきり伝えることが必要なことを、私は学びました。
海外で仕事をしていると、日本にいたときとは違う種類の失敗を経験します。裁量が大きくなる分、判断ミスや進め方の違いによるトラブルも増えるのです。そこで大切なのは、小さな失敗から学んで次に生かす姿勢だと思います。
海外では変化が多いため、100パーセント完璧な正解を求めることはできません。その都度状況を読み取り、試してながら進むこと。その経験が結果として大きな成長につながります。
海外で働くために必要な武器は、やはりまず語学力です。
私は大学卒業後も中国語を勉強し続けています。結果として中国語が使えることで、中国の企業トップとも直接話ができるようになりました。
語学は、単に言葉を学ぶだけではなく、専門領域の知見と組み合わせることでさらに大きな武器になります。仕事の文脈で使いこなせる語学が価値になるのです。
私は現在も、中国政府公認の中国語能力試験である「HSK」を受験しながら、中国語を勉強し続けています。
海外での経験はひと言で言えば、自分の物差しが増えることだと思います。日本だけで生きていますと、ひとつの価値観だけで物事を判断しがちですが、海外で生活して働くと、全く別の視点から世界が見られるようになるのです。それは将来どんな仕事をすることになっても、必ず役に立つ経験になります。
自分の未来を、日本で見えている景色だけで決めてはいけない
ニュースやSNSから得られる情報には限りがあります。私が中国で改めて強く感じているのは、現場ほど確かな情報はないことです。世界トップレベルに発展した上海のまちや、私が今いる大連(さまざまな歴史舞台となってきた、緩やかに発展を重ねるまち)などには、実際に来てみないとわからない、数字やレポートだけでは感じられない生命感や温度というものがあります。そして、現場に来てみて初めて、そういうことだったのかと腑に落ちる瞬間があるのです。皆さんもぜひ、世界に目を向けてほしいと思います。中国に限らずどこでもいいと思います。その経験が、思考の幅を何倍にも広げていきます。
海外経験は、皆さんのキャリア形成における短期的なスキルではありません。そして語学や専門知識以上に重要なのは、海外で多様な価値観に触れることで得られる判断力です。異なる文化と接して自分の常識を揺さぶられる。そんな経験を繰り返すことで思考の柔軟性は育まれます。10年後20年後、それはきっと大きな差になっていくでしょう。
海外経験には、人生の選択肢が広がるという面もあります。選べる道が増えるということは、人生が強くなるということです。海外に行くこと自体が目的ではありません。未来の選択肢を増やすために行くんだ、と考えてみましょう。
視野を広げて自分で考える力を持ちましょう。世界は複雑で正解はひとつでありません。だからこそ、自分の目で見て、自分の頭で考える力が大事なのです。
そして何より、皆さんの未来は、いま日本に見えている景色だけで決めてはいけないと思います。世界には皆さんがまだ見たことのない可能性や選択肢が無数にあるのです。海外が怖い、と思う方もいらっしゃると思います。いろんなメディアからの情報もあるでしょう。でもその怖さの正体をていねいに分解すれば、私はどれも必ず向き合えるものだと思っています。私は留学や駐在を通じて人生が大きく変わりました。
皆さんにも外の世界を見て、自分の未来を自分で選べる人になってほしいと思います。今日の講義がその最初のきっかけになるとしたら、大きな喜びです。

<澁谷真さんへの質問>教員より
Q)澁谷さんは今日の事前課題として、中国市場の変化が日系企業に与える影響を考察しようと問われました。講義ではその象徴として自動車産業が取り上げられましたが、他の産業においても基本的には同じ変化が起きているというふうに考えてよいのか、あるいは産業ごとに違いがあるのか、そのあたりはいかがでしょうか?
A)今回は非常に大きなインパクトをもつ自動車業界を取り上げましたが、産業ごとに違いがあり、それぞれで違った動きがあると思います。ただ、少しずつ状況は変わってきている印象を持っています。日系の企業と中国企業では組織文化、企業カルチャーに大きな違いがあることを説明しましたが、そうしたことはやはり現地でなければ感じられないものです。
特に中国企業と合弁を組んでいるような企業さんは、最初にそのギャップに苦しんでいらっしゃいます。そのことから最近は、日本から中国に来る方もベテランの方が増えてきています。つまりビジネスでいろんな経験を積んでいる社員でなければ務まらないわけです。ただ、企業文化の違いをしっかりと理解しながら、人の交流を増やしていけば、こうした問題はやがて解決できていくと思います。
<澁谷真さんへの質問>学生より
Q)日中間では、企業の意思決定スピードやリスク管理に大きなズレが生じているというお話から、そのギャップを橋渡しする、あるいは再設計することが必要になっているんだと思いました。そういう場面でどんな人材やどんな仕事が求められているのでしょうか?
A)ひと言で言うと、物事の判断をまず自分でできる人間です。問題を前にしてただ指示を待っているのではなく、自分としてこうしようという軸を持てることが大事だと思います。判断をするにあたっては当然、自分にその裁量や決裁権限が与えられているか否かがポイントですが、与えられているという前提の上で言うと、自ら判断をして、その過程や結果を本社や親会社とやりとりしていくことが求められます。ですから組織の中のコミュニケーションやコネクションを、粘り強く成立させる力を身につける必要があるでしょう。
Q)いまのお話を大きく考えると、日本の企業組織を大きく変えていく必要がある、ということでしょうか?
A)海外で仕事をしながら日本企業の組織体を変えていくのは非常に難しいと思います。中国にいる立場でいうと、いかに本社の人に中国のことをわかってもらうか、中国のマーケットを理解する人を作っていくかが課題だと思います。そのためには長いコミュニケーションの時間が必要です。長年中国で働いている方々は、日本に戻ればそれ相応の部署に行かれるでしょう。そういった方たちをいかに仲間にして、企業文化というか、トップに伝えていく体制を作っていくか。その意味では新しい組織を作るということなのかもしれません。
社員ひとりでできることは、残念ながらほとんどありません。そこで無闇に戦うことも間違っていると思います。理解してもらうためには、コロナ禍で一時的に途絶えた交流を力強く復活させる努力も必要ではないでしょうか。昨年(2024年)11月、コロナ禍で停止されていたビザ免除が再開されて、環境は好転しました。現地で取り組んでいることを日本の本社の人たちにわかってもらう努力が、ますます重要になっています。
学生の皆さんに言いたいのは、いまの時期に旅行でも留学でも、日本を離れた場所に自分を置いてみる経験をしてほしい、ということです。そうした体験が、のちにビジネスで外国と関わるようになったときのとても大きな糧になります。
教員より
Q)講義後半では、ぜひ海外経験を積むと良い、という強いメッセージをいただきました。最後に後輩諸君にひと言エールをいただけますか?
A)私は51歳ですが、皆さんは多分私の半分にも行っていないと思います。ひとつ言いたいのは、大学生活と卒業後に歩む長い道で、楽な道を選ばないでいただきたい、ということです。皆さんはすでにいろんなことに取り組んでいると思いますが、学生時代に持っている可能性は本当に無限だと思います。しかも体力も十分にある。ですからいろんなことに思い切って挑戦して、とにかくたくさんの経験を積んでください。そのひとつひとつが、自分の土台に積み上がります。いろんな人に会い、いろんな場所に行ってみてください。
