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エバーグリーンからのお知らせ

2025.12.17

令和7年度第11回講義:平野 開人さん(H27卒)「社会人10年目を迎えて思うこと」

講義概要(12月17日)

 

○講師:平野開人氏(2015年小樽商科大学商学部経済学科卒業/石狩市役所企画政策部企画課)

 

○題目:「社会人10年目を迎えて思うこと」

 

○内容:石狩市役所に勤めて10年になる私の社会人生活は、衝撃的な挫折のあとで始まった。単位数の計算をまちがえて内定取り消しとなり、半年間の留年を強いられたのだった。学友たちに遅れて社会人となり、私は札幌のシンクタンクを経て石狩市役所に入庁した。もともと就活で自分のやりたいことを見定めることができなかった私が、この10年のキャリアの中で出会い、考えを深めていったことを、後輩たちへのヒントやアドバイスとして語りたい。

 

 

モチベーションや能力を高めてくれる進路をめざそう

 

平野開人氏(2015年小樽商科大学商学部経済学科卒業/石狩市役所企画政策部企画課)

 

 

 

社会人としての基礎体力が培われたゼミナール

 

2015(平成27)年に卒業した平野開人です。現在は石狩市役所の企画政策部企画課で仕事をしています。今日は「社会人10年目を迎えて思うこと」、というテーマでお話しします。
石狩市と小樽市は隣同士なので小樽に来る機会はあるのですが、商大には7、8年ぶりです。とはいえ久しぶりだ、という気があまりしないのは、Netflixで「さよならのつづき」というドラマを観ていたからでした。観た方はいらっしゃると思います。小樽のまちや商大がいろいろ出てきますよね。
私は1992年生まれで、いま33歳です。みずがめ座のO型。唐突ですが、好きなプロレスラーは、現役のプロレスラーで最も偉大な方である棚橋弘至さんで、実は棚橋さんは来月(2026年1月)に引退してしまうのです。覚えておいていただければ幸いです(僕のプロレスファン歴は6年くらいのものなのですが、生で観る機会があって一気に惹かれました)。

 

一昨年に結婚して、去年女の子が生まれ、このあいだ1歳の誕生日を迎えました。私が市役所に入ったとき、上司にはちょうどそのくらいの子どもがいて、自分の子どもがいかにカワイイか、という話を四六時中していました。聞かされる方は実に反応に困るのですが、どうやら同じことをいま僕がしているみたいです(笑)。

 

小樽商大の卒業は、2015年の、春ではなく9月でした。このいきさつはのちほどお話しします。商大では準硬式野球部。後半はキャッチャーをしていたのですが、野球をしていた記憶よりも、それ以外でチームで遊んでいた記憶の方が強いかもれません。そしてゼミは、このエバーグリーン講座を担当されている大津晶先生のゼミでした。
まだゼミを選択していない方もいると思うので参考までに言いますが、大津ゼミで取り組んだり学んだことは、自分にとってとても大きなものがありました。ひとつのものごとを徹底的に考え抜いていく機会って、社会人になるとそうはありません。とくに現代は効率を徹底して求める社会なので、いま思えばあの時間は実に貴重でした。
考えを深めていく対象も、いわば正解のない問いのようなものでした。正解がひとつある、という類いの問題とはちがう問いをめぐって、学生同士が議論を深めていくわけですが、私の場合はしばしば、自分が導き出した答えがボコボコにやられてしまいました。大津先生の前ではいつも木っ端みじんです(笑)。でもこれもいま思えば、社会人になって上の人間がそこまでちゃんと深く自分のことを考えて指導してくれることも、そうはないと思います。別に意地悪されているわけではないのですから。何か問題を見すえて、それをとことん調べたり考えていく経験は、社会人として生きていくための基礎体力や馬力を育んでくれたと思っています。

 

 

衝撃の留年。半年遅れで社会人へ。

 

就活では、公務員志望では全くありませんでした。それ以前に、自分がやりたいことがさっぱりわからない状態でした。自分は果たして何がしたいのか。もう分からなさすぎて、同級生の中では一二を争うくらいたくさんの企業説明会に行ってみました。
100社ぐらいは説明会の場に直接赴きました。北海道だけでなくて、東京で当時ひとり暮らしをしていた大学生の友人の部屋に2、3週間滞在して、東京本社の企業説明会にも参加し続けたのです。
100社ぐらい行った経験自体、ちょっとやり過ぎた感は否めないのですが、世の中にどういう業種があってどんな企業が活動しているか、ということが実感できました。いまならスマホやAIで何でもだいたい分かってしまいますが、実際にその場に臨むことで、それとは次元のちがう理解が得られたと思います。
さてこのとき、やりたいことがわからない私が重視していた基準は、3つありました。それは単純に、「デカい」、「有名」、そして「高給」です。

 

そこから15〜20社くらいに絞って、最終的にはある大手企業から内定をいただきました。一応自分なりには、この3つに当てはまるんじゃないか、と思えたところです。
では、そんな僕がじゃあなぜいま、決してそんなにデカくなく、特段有名と言えるわけでもなく、高給ではおそらくないであろう市役所職員になっているのか—。
実は4年生のとき、年間で取れる単位数の計算を間違えるという、あり得ないミスをしました。それで履修の計画に不備があって、4年生の前期の時点で留年が決まるという、恐ろしい事態に陥ってしまいます。
最後には何らかの形で「大人」が助けてくれると思っていたのですが、学生といえども自分の行動には責任が伴うのですね。だから、何ともなりませんでした。本当に留年が決まってしまったのです(毎年何人かはこのような学生がいるそうです)。
頭が真っ白になりました。同居する親にもすぐには言えず、たいへん苦しい日々が続きました(僕の挙動があきらかにおかしかったので、親の方から問い詰められて白状したのでした)。
この場にいる1年生2年生の皆さんに言いたいのは、早いうちから単位の取得は余裕を持って取り組んでください、ということに尽きます。

 

その会社の内定式も出ていますし、北海道で内定した学生を集めた食事会なんかにも参加して、どんなふうに働こうかとみんなと楽しく話をしていました。卒業できないのに部活の卒業旅行に同行したりもしました。こっちは開き直りでしたが(笑)。
予期せず始まってしまった大学5年生なのですけれど、そこまで大量に単位を残していたわけではなかったので、半年おくれの9月になんとか卒業が決まりました。ただそこからまた始めた就職活動は、正直燃え尽きてしまったというか、熱量が持てずに内定が出ない日々が続きます。このままでは本当に行くところがなくなる、というところで、地元である石狩市の採用試験を受けました。
大津先生から石狩市に勤めていらっしゃるOBの方、OGの方を紹介いただいて、会いに行きました。すごく親身になって話を聞いてくださり、また大津ゼミの内容自体も地域の活性化につながるものだったので、市役所職員としてまちづくりに携わってみたいな、という気持ちで試験を受けました。

 

結果、補欠採用となりました。欠員が出たり、新たに人を採用する状況になったときのためのストック要員です。なんといっても「デカい」「有名」「高給」の3本柱で就活していた僕であり、世間知らずのくせに根拠のない自信だけはあったものですから、補欠採用ということにブチギレました(笑)。
とはいってもそのタイミングで働くところはありません。そんなとき地域活性化、といったキーワードでネットを検索していると、北海道二十一世紀総合研究所というシンクタンクのサイトがありました。全く知らない会社で、その壮大な名前から、ちょっとあやしい感じもしましたが(もちろん僕がただ無知であっただけです)、採用情報が載っています。条件は大学院卒、ということでした。ダメもとで連絡したら面白がってくれて、契約社員として採用していただきました。半年遅れのここから、私の社会人生活が始まりました。
(株)北海道二十一世紀総合研究所は、札幌に本社を置く地域密着型のシンクタンクです。北海道や道内の市町村が抱える課題を調査・分析して、行政や企業に向けて政策や戦略を提案するのです。
もし皆さんが興味のあること、やってみたい分野で行動しようとするとき、関連するホームページに情報が載ってないからダメかな、とか、最初の段階ですぐに諦めてしまうのはもったいないと思います。案外道は開けるものだと思います。

 

 

紆余曲折を経て石狩市役所へ

 

ここで私が働いたのは、結果的に半年くらいでした。そんな私ですが、北海道の自治体と本州の学生をつなぐインターン事業で、学生を現地に連れていく仕事をひとりで担当したり、会社はいろんなことを経験させてくれました。
そんな経験の中で、僕には気づきがありました。自分は、ある程度自分の裁量に任されて行動するのが心地良くて、それで成果があがれば仕事へのモチベーションがさらに高まりました。これは実際に働いてみなければわからないことでした。

 

そうこうしているうちに、石狩市役所から来年(2016年)4月から正式に採用したい、と連絡を受けました。いろいろ紆余曲折があったのですが、僕は入庁することを選びます。
今回の事前課題では、石狩市の認知度をめぐって問いを立てましたが、まず石狩市とはどんなまちなのかをお話しします。
石狩市は小樽市に隣接していて、人口の規模で6万人弱。2005年に、旧厚田村と旧浜益村を合併して、3つに分かれる南北に長い市になりました。南端から北端へ車で走ったら2時間弱はかかるでしょう。3つのうち厚田区と浜益区では、典型的な過疎地域になっているエリアが多いです。
伝統料理の「石狩なべ」は、聞いたことがあると思います。また話題としては少し鮮度に欠けますが、「「道の駅あいろーど厚田」(2018年オープン)が比較的知られています。また浜益地区のランドマーク的な存在である黄金山(こがねやま)には、人気のトレッキングコースがあって、山頂からは石狩湾が一望できます(山頂直下にはロープを掴んで登る険しい区間がありますが)。

 

近年の石狩で最もよく紹介されるのは、石狩湾新港地域という港のエリアです。
3,000ヘクタールの土地に780社くらいの企業が進出して、就業人口は2万人を超えています。皆さんに馴染みのあることで言うと、Costco(石狩倉庫店)があったり、また夏の「RISINGSUN ROCK FESTIVAL」の会場も、このエリアの一角になります。
さらに近年のトレンドとしては、巨大な風車が新たな風景を形づくっている洋上風力発電があります。また再生可能エネルギーとそのエネルギーを利用したデータセンターの誘致が、市として特に力を入れて取り組んでいる事業です。

 

 

福祉総務課の生活保護担当に

 

石狩市の職員となって最初に配属されたのは福祉総務課でした。生活保護の担当になりました。いまはどうかわかりませんが、札幌市役所だと新人の半数以上はこの部門に配属されると聞きました。ただ、石狩市では当時(2016年)、そこは採用1年目の職員がいく部署ではありません。まわりからは、人生経験の浅い新人がいきなり配属されたら辞めてしまう、と思われていたようです。辞めなかったから僕はここに立っているのですが。
主な仕事には、まず生活保護費の支給額を決める業務があります。毎月の額を決定して、実際に各家庭を訪問して生活状況を確認します。また新しく申請してくる方の判定もあります。1人で80世帯くらい受け持って、そのうち高齢の方が50、60世帯を占めるのですが、中には母子家庭の方、障害のある方、病気の方など、いろいろな世帯がありました。
これらの仕事は、生活保護法をはじめとした法令に基づいて行われる業務です。金額の決定も、誰がやっても同じです。担当者の裁量で支給額が変わることはありません。ただ、じゃあ全て誰がやっても同じ内容になるかというと、決してそうではありません。80世帯の生活を相手にしているので、大小さまざまで課題が本当にいろいろあります。
子育ての悩みや、子供が勉強でつまずいているとか、高齢の方だとあっちが痛いこっちが痛い、除雪が大変などなど。とにかく日々のいろいろな悩みと向き合う中で、それぞれの方が問題や課題にしていることにどれだけ気づけるか—。そういうところには個人差があると思います。そこに対してどれだけ支援の手を差し伸べるべきか。その家族の考えを尊重すべきか、あるいは自分が介入すべきか。担当する職員次第だな、と思う領域がいろいろありました。学生時代まで全く知らない世界と直面する毎日で、ハードでしたが、僕自身には社会を深く広く知る価値ある機会にもなりました。

 

先ほども触れましたが、仕事をしていく中での気づきとして、自分はある程度任されて裁量権をもっている現場で仕事をする方がやりがいを感じるな、と思いました。そして市民の人生を左右する生活保護の仕事では、それを強いストレスやプレッシャーに感じる人も少なくないと思いますが、幸いにして僕にはその責任が、どちらかというと自分のモチベーションにもつながったかな、と感じていました。
もっと具体的な話でいうと、例えば訪問先で、生活保護を受ける必要があるか否か、ということをめぐって話が進みます。その方の生まれた時から今に至るまでのお話を聞くので、平気で3時間4時間かかります。自分よりもはるかに年上の方が、泣きながら僕に話を続けます。絶望的に困窮するご家族の方から、あとはもうあなたがなんとかしてください、と下駄を預けられるというか、匙を投げられたり。
そもそも自分は福祉についての勉強をひとつもしていませんでした。けれども精神病院の閉鎖病棟に入って、入院している方と話をする必要があったりします。そもそもどうコミュニケーションを取って良いのか分からないところから仕事が始まります。衝撃を受けっぱなしの日々です。
いま生成AIの台頭が著しい時代ですが、困窮している見ず知らずの方の家を訪れて、相手の目を見ながら「こんにちは、いま困っていることは何ですか?」、なんて聞き始める仕事は、絶対に人間にしかできない仕事だと思います。

 

 

 

 

ソフトボール女子日本代表をサポート

 

福祉総務課は2年で異動になりました。次はスポーツ健康課のスポーツの担当部署。全く畑のちがう世界です。
ここでは主に、市民がスポーツに触れる機会とか、健康増進につながるようなイベントの企画をしました。石狩市は市民のスポーツとしてソフトボールを指定していて(1989年の「はまなす国体」がきっかけでした)、大きなソフトボール専用球場があります。私はソフトボールの普及啓発にも当たりました。当時(2018年)はまだコロナ禍の前で、日本中が、近づく東京オリンピック・パラリンピックの話題で沸いていました(2020年夏開催予定が実際には2021年夏開催)。僕の役職には、スポーツ担当に加えてオリンピック・パラリンピック担当の冠までついていました。
なぜ石狩市が東京オリンピックに関係があるのかといえば、ソフトボール女子日本代表チーム(五輪で過去2回金メダル)が、オリンピック前の合宿地に石狩市を選んでくれたからです。合宿が始まると僕は、球拾いをしたり弁当を配ったりと、実にさまざまな仕事をしました。これも市役所の仕事なんだ、とちょっと不思議に思いながら、生活保護世帯への訪問を繰り返していた日々との違いに、これもある意味で衝撃を受けました。

 

ソフトボールのこと以外でも、朝7時に山に入って、お昼の3時まで山道を20キロ歩くイベントとか、ラジオ体操を高齢者の皆さんに講習したり(もちろん正しい動きをみっちり練習しなければなりません)。
スポーツ担当になった当初、上司が仕事のできる方で、自分でどんどんやってしまうのです。あるときから指示を待っているだけじゃダメだ、と気づきました。自分からどんどん積極的に動くようになると、上司も僕のことを認めてくれるようになりました。

 

それと、市役所の広報チラシは、地味であまりちゃんと見られないものが多いものですが、自分なりに考えて取り組んでみました。情報発信のデザインを工夫してみよう、と。いま見ていただいているのは、石狩市でソフトボールチームの合宿をしませんか、という呼びかけのチラシなのですが、見やすく、分かりやすく、手に取ってもらえるものを作ると、参加者がちゃんと増えるという手応えがあって、充実感がありました。

 

 

コロナ禍の最前線へ

 

そして2020年。世界はコロナ禍に襲われます。感染予防のために不要不急の外出は控えることが叫ばれました。スポーツイベントなどは不要不急の典型ですから、軒並み中止。スポーツ担当は、市役所の中でニートみたいな状態になってしまいました。そしてやがてワクチン接種が始まることになり(2021年春から)、僕は年度の途中で、新設されたそのセクションに異動になりました。
全国の自治体で一斉に始まったこの重要な事業ですが、国の方から大枠の方針はおりてきましたが、現場での細かな対応は自治体に任されます。会場を用意して、全体のレイアウトから動線の設計と人員配置、運営方法などを決めていきました。そして予約の仕組みを整えることから、ワクチン配送の仕組みをどうするかなどなど、仕事は手探りで一から作り込むことばかりでした。
公務員の仕事は良くも悪くも前例踏襲です。全く一からものを作ることのハードルはとても高かったのです。前のふたつの職場も厳しく難しいことがたくさんありましたが、こちらはそれらに勝とも劣らない厳しさだったな、と、いま振り返ると感じます。

 

公務員は9時から5時の仕事で時間の管理が楽だよね、なんて思われがちですが、とくにこの仕事をしたときには、ピーク時には月の残業時間が百時間を超えることもあるほどでした。前例がまったくない仕事に、全員が追い込まれていました。
希望通りに接種を受けられない方々から掛けられる言葉は、それはもう過激なものでした。死んだらどうしてくれるんだ!お前が死ね!とか、そんなとんでもないことを平気で言われました。それも一度や二度ではなく、延々と受けていたような気さえします。

 

この仕事で気づいたことがあります。それは、いままで意識したことのなかった、「誰と共に働くのか」、ということです。
このしんどい時期を乗り越えることができたのは、上司や同僚がすばらしい人たちで、メンバーに恵まれていたからです。そのことをすごく感じました。私たちは自分が経験した酷いことを、内輪だけでこっそり吐き出し合いました(笑)。それで救われたと思います。
就職活動では、入社していっしょに働く人までを選ぶことはか難しいかもしれません。でもその組織の雰囲気は少しは感じられるのではないでしょうか。辛いことがあっても、まわりの人と支え合うことで乗り切ることができます。自分はどんな人といっしょに働くか、という視点も意識してみることをオススメします。

 

 

まちづくりの一環に関わることに

 

そして今年度からは私は、企画政策部企画課という部署で仕事をしています。
何をしているかというと、わかりやすく言えばまちづくりを担う仕事です。大津ゼミで取り組んでいたことでもあるのですが、自分としてはもともとまちづくりや地域活性化といったテーマに興味があって、毎年提出する人事の意向調査ではそう書いていました。ようやく自分がやりたかった部署への配属がかなったのでした。
しかし実際に働いてみると、企画の仕事は「何でも屋」みたいなところがあり、市役所組織の中で担当の部署が決められないようなことが企画にまわってくる場合も少なくありません。役所の仕事の窓口みたいになっていて、調整ばかりに追われがちで、物事をじっくり考えたり議論する時間がなかなか取れないのが現状です。

 

僕は就職活動をしているときから市役所に入ってからもしばらくは、自分がやりたいことがよくわからないままでした。なんとなく市役所に入庁して働き始めて、でもやがて、自分がどういう状況の中にいると居心地が良いのか。やる気が湧いてくるのか。そして力を発揮できるのか。そういうことがだんだんと分かってきました。こういう視点は、意外と就職活動に入っていくと見失ってしまいます。なんといっても就活ではどこに行くか、が最大の問題ですから。

 

 

自分が力を発揮できるのはどんな環境か、を考える

 

やりたいことを聞かれたときにすぐに答えられる人、明確にこれだというものがあるという人、すでに行動を起こしている人は、それは素晴らしいと思います。でもそうじゃない人もたくさんいるでしょう。やりたいことって何ですか?という問いにパッと答えられない人、具体的に何か行動を起こしていない人は、つまるところ、そこまでやりたいことがないのです。なんといっても私がそうでした。
それは良し悪しのことではなく、そこにフォーカスするよりも、いま言った、「自分がどういう状況の中にいると居心地が良いのか」、「やる気が湧いてくるのか」、「力を発揮できるのか」—、そういう方向で考えてみてはどうでしょう?
その業種への興味の有無くらいを判断したら、企業選択の手前にあるこういう問いを自問してみる。これであれば、少し時間をかければヒントが見いだせるのではないでしょうか。これから就職活動に臨む皆さんには、そういう視点も持ち合わせることをオススメしたいです。
僕自身の経験でも、まちづくりに興味がある、くらいの気持ちで市役所に入っても、これまでまったくちがう分野で仕事をしてきました。でもそこで、いま言ってるような判断基準のようなものに気づいたのでした。

 

また、就職活動では当然仕事の方に目が行きますが、プライベートの生活状態がどうなるかを考慮することも大切です。僕のまわりには、そこがうまく行かなくて転職を決めた人もいます。
考えたい要素は、「自分がどこに住みたいか」、「自分がしたい生活のためにお金がどれぐらい必要か」、「お金と生活の時間ではどちらを優先するか」、「家族や友人、恋人とどのぐらい会えるか」、などです。そのためには通勤時間にも大きな意味があるでしょう。
やりたいことがはっきりと決められない時には、企業選択に縛られずに、逆にこういった生活の要素から進路を考えることも有効です。こういう暮らしが自分としては納得できるな、というポイントを探るわけです。

 

繰り返しながら今日私が伝えたかったことをまとめます。
まず、偉大なプロレスラー棚橋弘至さんが年明け(2026年1月)に引退する、ということは置いておいて(笑)—。
皆さんは、自分がどんなときに力を発揮できるか、どんなことでやる気が出るか、どんな状態が心地良いか、といったことを、いまのうちに客観的に掴んでおくと良いと思います。ゼミの活動や部活、そしてアルバイトの現場でも、そういうことを感じることはできると思います。
それと、僕はもう10年ぐらい市役所にいるので説得力がないかもしれませんが、卒業後のファーストキャリアに固執する必要はないと思います。僕の同級生や高校時代からの友人知人の中では、この年に至るまでに転職をしている人の方が多い印象です。そのことも意識しておくと良いと思います。

 

 

 

 

<平野開人さんへの質問>教員より

 

Q)今日の事前の課題として平野さんは、人口を維持していく観点から、石狩市と近隣の自治体(江別市・千歳市・恵庭市・北広島市・小樽市など)、を比較して石狩市が優れている、または劣っていることを述べてください。とありました。参考までに、平野さんのお考えを伺いたいと思います。いかがでしょう?

 

A)個人的な思いとしては、残念ながら石狩市にはしっかりとした核があまりないのではないかと思います。例えば近年の北広島市で言えば人気のエスコンがある、というような。その意味で当事者ではない皆さんの意見や印象を聞きたいと思ったのでした。
その上で石狩市の強みとしては、やっぱりどこよりも札幌に近い大きな港があって、しかもそこで産業集積が進んでいる点かな、と思います。近年は大規模なデータセンターが進出したり、洋上風力発電の巨大な風車が小樽からも見えると思います。また札幌市よりも割安感のある宅地開発も注目を集めています。
また僕自身の体験的な印象では、保育園の問題などを含めて、子育ての環境として石狩市は良い条件を備えていると思っています。
一方で、石狩湾新港とその周辺で働いている人の数は2万人にも及びますが、その中で石狩に住んでいる人の数は、限られています。港で働く方に石狩市に住んでもらえる取り組みが求められています。

 

 

Q)ここであえてお聞きしたいのは、各自治体はなぜ人口を維持したいのか、増やしたいのか、ということです。学生諸君は物心ついたときから、ごく一部の大都市を除いては、人口が減っていくことが自明の社会で暮らしています(いまや札幌市も同様です)。人口問題がなぜ自治体の重要な課題になっているのでしょう?

 

A)各論の前にまず、拠って立つ前提を疑いながら本質的な問題点をグサッとえぐる大津先生の質問は、ゼミでしごかれた日々を思い出させてくれます(笑)。
分かりやすいところでいうと、人口が減ると、単純に自治体の収入が減ります。交通や医療福祉や防災、生活環境、教育など、公共インフラをまちが維持するにはたくさんの予算が必要ですから、人が減っていってはまちのあらゆる活動に支障を来すでしょう。
それと僕が思っているのは、どこのまちも移住の勧誘を展開していますが、それが小さなパイの奪い合いでしかなくなっている面もあるだろう、ということです。人口減対策はもちろん重要ですが、その前にいま住んでいる人たちに、わがまちの良さや魅力をもっと深く知っていただいて、長く住み続けていただく。そのための地域づくりが問われているのではないかと、個人的には思っています。

 

 

Q)石狩市役所の前に経験した、北海道二十一世紀総合研究所でのお仕事で強く印象に残っているものがありますか?シンクタンクの仕事の現場について、学生たちはあまり知らないと思うので、お聞きします。

 

A)例えばある銀行の経営基盤をより強化していくために、北海道で今後どういった進路を取るべきか、ということを議論するための資料作りに関わりました。北海道の産業構造について、じゃあ君はこの分野でこういう資料を作って整理してください、と指示を受けて取り組んだのですが、自分みたいな新人にいろんなことを任せてもらえるのだな、とモチベーションが高まりました。

 

 

Q)平野さんとしてはあまり思い出したくないことだと思うので恐縮ですが、石狩市の採用試験では、補欠採用でした。そのときの率直な気持ちはどのようなものでしたか?

 

A)正式採用とは違いますから、ほんとうに採用されるかどうかはその時点ではわかりません。とにかく待つしかないのか、ちがう会社を探すべきか、あるいは21世紀総研で正社員になるために努力すべきか—。とても悶々とした気持ちでした。

 

 

 

 

<平野開人さんへの質問>学生より

 

Q)市役所で働くモチベーションはどんなところにありますか?市の職員として働く醍醐味というか。

 

A)市役所で、という以前にまず言えるのは、家族ができて自分だけの人生ではなくなったことが、仕事への大きなモチベーションになりました。ほかには、これだ、とひとつの言葉で言えるものというより、市役所は比較的大きな組織ですから、所属した部署部署で、僕は良い上司や先輩たちに恵まれてきたと思っています。あぁこういう職員になりたいな、と思えるような。そんなことのひとつひとつが働くモチベーションになっていると言えるかもしれません。

 

 

Q)最初の配属が生活の保護担当ということでした。そしてコロナ禍でのたいへんな仕事も経験されました。心が折れそうな状況もあったのではないかと想像するのですが、どのようなお気持ちで仕事と向き合っていましたか?

 

A)先ほど触れたように、コロナ禍のワクチン業務では本当にきつい言葉をかけられました。どうしてそれに耐えられたかというと、やはり業務そのものが本当に人の命に直結しかねないものだったからです。また、数ある市役所の業務の中で、あそこまで大規模なワクチンの接種は、誰も経験したことのないものでした。役所全体でまったく初めての仕事、というのはそうそう経験できるものではないので、そこがモチベーションに繋がりました。またそのときの上司や先輩たちが信頼できるすばらしい人ばかりで、ひどい言葉をぶつけられたら、あとで部署の中でみんなで吐き出すことができました。状況を共有して、ひとりで抱え込むことがなかった。それは大きかったですね。

 

 

Q)当初就職先に、大きくて高給な会社、という漠然としてイメージを見ていた平野さんですが、いろいろな経験をされたいま、当時のご自分に言葉をかけるとしたら、なんとおっしゃいますか?

 

A)就活と単位に関わることでは、いまでも後悔はあるかもしれません(笑)。でも当時の自分に声をかけるとしたら、いま君が囚われていることのほかにも、広い世界はあるよ、ということでしょうか。お金はもちろん大事ですが、いま現在の自分は、それだけではない世界が見えているので。
就活では皆さん自分の軸をいろいろ探すと思います。はっきりと自信が持てないまま、これかな、というくらいのものを設定する人も多いと思います。でもそんなふわっとしたものにガチッと囚われすぎるのも良くないと思います。例えば市役所職員の仕事はとても幅広いもので、部署の異動で転職するくらいの環境の変化があります。

 

 

Q)いまのお話から。行政職の公務員になると、何年かに一度の異動を繰り返していくと思います。専門性を高めていくというよりは、仕事の幅をどんどん広げていくそういうキャリアを、平野さんはどのように受け止めていますか?どんなところにやりがいを実感しますか?

 

A)僕自身もこの10年で、転職を何回かしたくらいに幅広い仕事をしてきました。ちがう分野の仕事をいろいろ経験できることをポジティブに受け止められる人であれば、公務員はオススメだと思います。キャリアを積むほど、組織の全体像が立体的に見えてくると思います。一方でもっと自分としての専門性を深めたいと思っている人にとっては、難しい職場かもしれません。それと、生活保護やワクチンのきつかった仕事を僕が説明したのは、まず市役所の現実を知ってもらいたい気持ちからでしたが、そんな日々でも感謝されたり、自分でも良かったな、という経験がいくつもあります。辛いことばかりではありませんでした。
例えば生活保護の仕事で、お子さんが大学に行くかどうかで悩んでいる家庭がありました。こういう場合、市の担当者によって対応が違ってくるのです。僕は自分が卒業間もなかったし、大学に行く価値を十分に理解していたので、背中を押して、奨学金などもろもろの手続きのアドバイスをしました。結果本人や親御さんから感謝されたことは、自分自身良かったな、と思いました。市の職員は誰がやっても同じ仕事をしている、と思われるかもしれません。それが基本ではありますが、それだけではないことも知ってください。

 

 

Q)学生時代にもっとやっておけば良かった、と思うことは何ですか?

 

A)言うまでもなく、124以上の単位をちゃんと計画的に取っておけば良かったな、とは思いますが(笑)、それ以外では、後悔することはあまりありません。仲間と酒を飲みながら語らったことは良い思い出です。しかしまあ大きく言えば、卒業生がそれぞれに思うことでしょうが、もっと勉強しておけば良かった、とは思います。仕事の現場で、福祉のこと、会計の分野などでもっと専門的な知識があれば、と感じました。いまの企画のセクションでは、都市計画についての基礎的な知見が求められています。

 

 

Q)プロジェクトをはじめ、大津ゼミで印象に残っているはどんなことのですか?

 

A)ゼミでは本当に鍛えられました。自分が一生懸命練って考えてきたことが、理詰めで淡々と批評されて、自分の未熟さを痛感する体験ばかりでした。印象に残っているのは、地方創生実践塾という一般社団法人が自治体向けに小樽で研修を実施することになり、研修の中身を作り込むのに僕らゼミ生が参画した、という経験ですね。そこに石狩市役所のOGの方も参加されました。社会人が受ける研修プログラムを学生が作るという、貴重な経験でした。

 

 

教員より

 

Q)今日の講義タイトルは「社会人10年目を迎えて思うこと」ということでした。1、2年生の学生たちに、学生生活のガイドラインというか、こんなことを勉強すれば、あるいはこんなことに取り組めば10年後に芽吹いてくるかもしれないというヒントを、最後のメッセージとしていただけますか?それと、10年を経た平野さんはご自身のこれからをどんなふうにイメージしているのかも合わせてお願いします。

 

A)先ほどの話の結びであげましたが、自分にとってのベストな状態とはどういうものかが分かるような行動をすると良いと思うのです。学内の活動にかぎらずアルバイトでも良いのですが、自分に少しプレッシャーがかかったり、日常を離れた環境にあえて身を投じて見ると、自分に向いていないこと、辛いこと、反対に心地持ち良いことなどがリアルに見えてきます。僕自身それができていなかったので、学生時代からそれができる人はやってみてほしいと思います。
そして僕のこれからですね。実はいま石狩市に限らず、若くして転職で辞めてしまう自治体職員が少なくありません。そもそもの採用の段階でも、募集に満たないことがあります。待っていれば人材が集まった時代とは違う現状があります。ですから僕自身、より力のある行政職員になることを求められてることを実感していて、自分としてもそこに応えようという気持ちです。40代ではしっかり中核を担う人材になりたいと思っています。これを学生さん側から見ると、自治体組織での仕事を選ぶと、若いうちから自分をアピールして、いろんな仕事を任せてもらえるような環境が待っていると思います。そんな意識で、石狩市のことを気にしてくれたらうれしいです。

 

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