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2025.11.12

令和7年度第6回講義:濱口 真吾さん(H18卒)「農業は面白い!農業金融からみる北海道農業」

講義概要(11月12日)

 

○講師:濱口真吾氏(2006年小樽商科大学商学部企業法学科卒業/北海道信用農業協同組合連合会[JA北海道信連]総合企画部部長代理)

 

○題目:「農業は面白い!農業金融からみる北海道農業」

 

○内容:

気候変動や自然災害など経営環境が大きく変わる日本農業にとって北海道農業の重要度は確実に増している。北海道農業のアウトラインを解説しながら、そこにおける農業金融の関わりやその使命を説明したい。また社会人生活20年の中で私がたどってきたキャリを俯瞰して、後輩たちの進路選択へのヒントを提供したい。

 

 

金融の視座から北海道農業の未来に関わる

 

濱口真吾氏(2006年小樽商科大学商学部企業法学科卒業/北海道信用農業協同組合連合会総合企画部部長代理)

 

 

 

 

思い出深い160番教室で

 

卒業から20年も経って、なじみ深かった160番教室に登壇するとは、当時の私には到底想像できなかったことだと思います。私はいたって普通の学生でした。日々授業を受けて単位を取って就職して、という人生をおくっています。今日は、そういうふつうの卒業生が40代になってどんなふうに仕事をしているかを、ひとつの例として伝えてみたいと思います。私は比較的楽しく社会人人生を生きていますから、その一端を感じてもらえたら、と思います。

 

まず私が働くJA北海道信連は、(皆さんも聞いたことがあるかもしれない)JAバンクのグループの一員です。
今日は4つのテーマでお話しします。
はじめに「日本の農業の現状」。2番目に、「日本における北海道農業」。その上で私の仕事である「農業金融の役割」。最後に、とりわけ皆さんの進路のヒントになることを願って、「わたしのキャリアデザイン」。
もう少し自己紹介をすると、私は帯広で生まれ育って、2002年に小樽商科大学に入学しました。当時は受験のときに学科を選ぶことになっていて、企業法学科を選びました。でも入ってみると、企業法学科は難しくて単位が取りづらいぞ、という先輩たちの声が聞こえてきて、愕然としました(笑)。
1、2年はサークル(軟式野球)やバイトに熱中するあまり、64単位しか取れませんでした。ギリギリで3年生になったのですが、そこから、自分は勉強するために小樽に来たんだ!とようやく目覚めて、勉強しました。3年生でがんばったので、4年生はゆとりを持って卒業できたのです。就活では金融とインフラ企業を志望しました。

2006年。北海道信用農業協同組合連合会(JA北海道信連)に入りました。十勝生まれで友人には農家の子もいましたし、農業金融という、一般の金融機関とは少しちがう分野になんとなく惹かれました。会社ではなく協同組合なので、正しくは入会です。
最初の勤務地は旭川。4年ぐらいいましたが、そこから札幌の営業部に移ります。そこでは一般の企業向けの融資の仕事をしていて、2014年から農業分野を専門とする農業融資部で仕事をしました。ここからはいわゆる「農業金融」の世界です。次にJAバンク推進部という部署で、金融企画やキャンペーンの企画を考えるセクションに異動しました。
現在は、外に出て行く仕事と言うよりも社内で全社的な経営計画や戦略を立案する総合企画部で仕事をしています。
資格としては、金融なので銀行業務検定という資格や、FP(ファイナンシャル・プランナー)、そして農業経営アドバイザー、さらに、あとでまた触れますが中小企業診断士の資格を持っています。

 

 

JAグループの仕組み

 

JA(農業協同組合)という組織は皆さん聞いたことがあると思います。ではJAバンクはどうでしょうか。JA(農業協同組合)は地域ごとにあって、全国に約500あります。JAが行う事業には5つの柱があります。
ひとつは経済事業。農産物の販売や農業資材の供給などを行い、北海道ではホクレンという名称を掲げています。
そして厚生事業。これは医療・保健・福祉事業などです。厚生病院という病院はこの枠組みにあります。
3つ目は共済事業。これは保険事業です。
さらに、金融を扱う信用事業。私はこの分野で仕事をしています。
5つ目が、全体を統括する中央会。それぞれには都道府県単位の組織と、それらを束ねる全国組織があるのです。

信用(金融)事業において北海道で活動するのが私が勤務するJA北海道信連で、都道府県信連全体をネットワークする機関として、農林中央金庫(本店東京)があります。
実は私がこの職場に入ったのは、JA中央会に勤務していたこともある多木誠一郎先生の会社法のゼミで、JAの仕事について教わったことが影響しています。
北海道内には 98のJA があります。店舗で言えば 250店舗くらい。北海道の179市町村のうちほとんどに JA があるのです。地域の金融業務は地域の JA が担っていますから、私がいる北海道本部は、地域の農業がうまくまわるようにどうやって資金を供給していくか、という観点から仕事をしています。

 

 

日本の農業と北海道農業の現状

 

全体像をイメージしていただくために、ここで日本の農業の全体像を、数字をまじえて概説します。
日本の農業の特徴として、まず世界の中では圧倒的に「規模が小さい」ことがあげられます。なので「多品種を少量生産」しています。桃太郎電鉄というゲームをやったことがある方なら、各地でいろんな名産や特産品が出てくることをご存知でしょう。でもそのぶん、儲けの効率から見ると低いですね。なので本州以南では専業農家の数はかなり少なくなります。
そして多くの産業で共通していますが、「高齢化・担い手不足」の問題があります。
一方で北海道農業は、違います。まず日本の中では「規模が大きい」。そして「少品種を多量に生産」しています。規模の経済を追求しているわけです。一方で、「高齢化・担い手不足」は共通です。アメリカの農業従事者の平均年齢は58歳で、これも十分に高齢だと思いますが、日本では65歳を超えています。一般に先進国の平均年齢は高齢化しています。

 

農業経済学的に昨年(2024年)末のデータで見ると、日本の農業生産高(農家が出荷した金額)は、約9兆円。そのうち北海道は1.3兆円で14.3%のシェア。47都道府県があってこの数字ですから、とても大きいですね。しかし日本のGDP(国内総生産)は550兆円ですから、農業生産高はその2%にも届きません。全体で見れば小さな経済規模しかない日本の農業ですが、その中で北海道は高いシェアを持っていることを理解してください。
日本の農地面積は約429万ヘクタールで、そのうち北海道は114万ヘクタールで、シェア26.5%。北海道が日本全体の四分の一以上を占めています。北海道全域の中で、農地は10%強を占めています。この広さは、ちょうど北見市のすべてが農地、ということも言えます。まだピンとこないと思いますが、エスコンフィールド(約5ヘクタール)約23万個分です。これでも分かりづらいですね(笑)。
日本の農業の担い手は約89万7千経営体で、そのうち北海道は3万2千経営体。シェアは3.6%。このシェアの低さは、ひとつの経営体の規模が全国よりも大きいことによります。いまの農地面積でいうと、ひとつの農家がエスコンフィールド7個分の農地を持っている計算になります。ここまで来ると、北海道農業のイメージが浮かんでくるでしょうか?
また日本の食糧自給率は約38%(カロリーベース)で、これに対して北海道では218%になります。いまの政権は食糧自給率100%を目指す、と言っていますから、その実現のためには北海道農業がますます重要になってくるのは間違いありません。

 

北海道農業をもう少し細かく見ていきます。
主要な産物の生産高を並べてみ見ると、米が1,067億円で、国内シェア8%。これは新潟県に次いで全国2位です。少し前に、米が買えない!という騒動がありましたが、高温化や頻発する災害で、本州では米の生産がさらにしづらくなってくるでしょう。一方でいま、東南アジアなみに米を年に2回作る二期作の取り組みが始まっています。
次に生乳。これは4,109 億円で、国内シェア52%と圧倒的です。かつては40%くらいだったのですが、酪農の世界では牛も高くなり、ますます大規模な設備が必要になってきているので、本州の農家が酪農をしづらくなっています。北海道のシェアはさらに高くなっていくと思います。
そして肉牛。1,203億円でシェア15%。この分野では本州にいろいろなブランド牛があり、高い値を付けますから、生産高ベースでは北海道のシェアは低くなります。
玉ねぎは768億円で54%。馬鈴薯は543億円でこれも54%ほど。小麦は414億円で76%。
そして軽種馬(サラブレッド)712億円と甜菜448億円については、国内シェア100%。日本では北海道でしか生産されていません。事業収益が優に3兆円を超えるJRA(日本中央競馬会)の事業を見ると、軽種馬に関して北海道はもっと潤っても良いのでは、という気がします。
このほかにも豆類とか人参とかブロッコリーとか、広大な畑が必要な作物では、北海道のシェアはとても高くなります。

 

 

 

 

日本にとっての北海道農業の役割

 

北海道農業の役割をまとめてみましょう。
これまで北海道は、広い農地から日本全国に食料を安定して届ける生産基地と言われてました。そのために、寒冷に耐えられる品種改良を続けて、安定的な収量を確保する体制を整えてきました。さらには麦チェンとか米チェンとか、農産品のブランド化を図りながら付加価値も高めてきました。
そしてこれからの北海道農業の進路は、どのようなものになるでしょうか?

 

これまでの立ち位置はもちろん変わりません。しかし世界の情勢に合わせて、北海道の役割はますます重要になるでしょう。つまり、先進国は人口減の時代ですが、世界的には人口がまだまだ増えています。一方で気候変動や災害の増加で、食糧生産が不安定になっていく。だから食糧の争奪戦が起こるでしょう。日本の牛や豚の飼料はほとんどが海外から買っているものです。安い野菜なども海外に頼っています。でもそれが、いわゆる発展途上国がたくさんの食糧を必要としますから、そこで争奪戦に負けてしまうと日本にはってこない。そうなったら今までと同じ食生活を維持できなくなります。さらにウクライナ紛争やイスラエルの問題など、国際情勢が不安定化しています。その結果、餌代が高騰したり、いろんな影響が出てきています。アメリカが課す関税の問題もあります。
自分たちの国の食料は自分たちで守っていかなければ、国民が飢えてしまう。将来のリスクが増すばかりです。それが食糧安全保障という考え方ですが、そこにおいて北海道農業の役割は、きわめて重要になってくると思います。

 

 

農業金融の世界。運転資金の仕組み

 

ここからは農業金融の役割に少し触れていきたいと思います。農業に限らず一般企業も同じですが、そもそも金融という事業の柱は、必要とする人にお金を貸して、そのお金を返してもらってまた貸して、少しずつ金利分を儲けていく事業です。
必要な資金には、運転資金と設備資金の2種類があります。運転資金は、営業をするのに必要なお金です。事業をやると何かものを作って売ります。作ってから売るまでの期間には、必ずラグがあります。そこを埋めるのが運転資金。これを経常運転資金といいます。
ほかに赤字資金と呼ばれるものもあります。作ったけれど全然売れない。災害にあって作ることができない。そうなると営業できなくなるので、その場合にも金融の出番があります。金融機関が融資することによって、事業を継続することができます。

設備資金というのは、土地とか建物、そして機械や設備を更新するために使う資金です。また農業金融に特有なのが、経済動物。搾乳をする牛だったり、繁殖をする肉牛だったり、繁殖用の豚だったり。こういう動物も設備資金に入るのです。
これらは経営体ごとに大きく異なることが大きな特徴で、一般企業も農業も需要があること自体は変わりませんが、何が必要になるのか、どうやって返すのかについては、経営体ごとにかなり異なってきます。そこが農業金融の一番の特徴になると思います。

 

稲作を例に細かく説明しましょう。
稲作の運転資金ってどんな感じで必要になるか。運転資金とは、生産から販売までに必要な資金(サイトギャップ)のことですね。稲作は 1年に 1作なので、春に植えて秋に収穫します。つまり種を買って苗を育てるためにかかる種苗費や燃料費、労務費がまず必要です。それから機械で田植えをして肥料や農薬を使って手入れをしながら、草取りも必要でしょう。1月から収穫までずっと資金が必要です。我々は、夏前や収穫前の適切なタイミングで運転資金を融資するわけです。そのお金は収穫したときに返済していただきます。これが同じサイクルで毎年つづきます。

次に肉牛の場合です。この場合は、子牛を買ってきて太らせて販売する、肥育牛です。このほかにも牛の経営体には種類があって、繁殖牛を飼って、その子供を売るという形もあります。
肥育牛の場合、子牛は10カ月ぐらいのものを買ってくるのですが、買った牛を肉にするまでには14カ月ぐらいかかります。稲作よりもだいぶ長いわけです。1月に買ったら、翌年の4月までずっと餌を食べさせ、人も雇って、牛は寒さにも暑さにも弱いので、四季を通して環境を維持していく必要があります。牛がちゃんと高い肉になって売れるように、運転資金を融資するのが私たちの仕事です。そして売れたときに、返済していただきます。
これを500頭とか1,000頭という規模で経営している農家さんもいらっしゃいますから、運転資金は10億円くらいになる場合もあります。ですからこれが予定通りに返ってくるかどうか、金融機関としては注意深く見ていくことが必要になります。

 

 

設備資金の仕組み

 

次にトラクターを例に、設備資金のしくみを説明します。
シンプルで分かりやすいのがこの設備資金です。トラクターにはさまざまなタイプがあって、近年ではGPSがついて無人運転ができるものなどもありますが、平均でいうと700万円くらいになります。
使用期間は、税法で7年と定められていますので(もっと長く使われることも少なくありませんが)、これくらいで更新する前提で融資が組まれます。そうすると年間 100万円プラス利息分をいいただいて融資をするわけですが、理想は返していただきながらも、返済後にもちゃんと余剰が出ること。つまりトラクターを買って業務の効率を上げて、それまで100あった収量を120にする、といった成果を出すことが融資の目的です。
農家には必ずトラクターがありますが、PTOという仕組み(エンジンの回転を油圧に換えることでさまざまな作業機を動かす装置)によって、たくさんの異なる作業ができます。耕起や播種、草刈り、消毒、施肥、運搬といったことですね。十勝やオホーツクに行くと、2千万円、3千万円もするとんでもなく大きなトラクターが一生懸命働いています。私は、それを見るだけでワクワクします。

そして次に、設備資金をめぐって初妊牛のことを説明します。
これは農業金融ならではの分野で、私も好きな仕事です。とはいえ私自身、十勝生まれではありますが、酪農の世界はぼんやりとしたイメージしか持っていませんでした。でも現場でいろいろ勉強すると、当然ながら酪農とはまずこの牛が乳を出すところから始るんだ、と実感しました。酪農事業は、乳を出せる状態の牛を買うことがスタートです。
ではその牛とはどんな牛か?
初めての妊娠を控えた雌牛が初妊牛です。雌牛はだいたい 14カ月齢くらいで人工的に種付けされて妊娠するのですが、その状態で妊娠が確認できた牛が市場に出されます。そしてその牛が出産すると初めて乳を出しますからその時点から搾乳ができて、牛乳が生産できます。搾乳を続けないとビジネスにならないので、搾乳してもう一回妊娠ができる状態になったら種付けをして、出産。そしてまた搾乳することを3回くらい繰り返すのが酪農です。最初の妊娠よりも2回目、3回目の方が乳量は増えていって、1日40キロくらい乳を出します。一方で、乳牛は毎日100リットルくらい水を飲む必要があります。

 

では生まれた子牛はどうするか?基本的には市場に売ります。オスであればすべて売りますし、メスであれば後継牛、次の世代の搾乳牛にしようと考えて手元に残して育てる場合もあります。
初妊牛の値段はだいたい60万円〜100万円くらいで、4年間くらい働いてもらいます。「出産→搾乳→妊娠→出産→搾乳」というサイクルを3回くらい繰り返すのが一般的なのです。そのあとは肉にして売ります。これを廃用牛と呼びます。スーパーで道産牛として売られているのは、だいたいがこの廃用牛です。

ざっくりとした数字をもとに一頭の売上高と売上原価、そして経常利益などのモデルを表にした計画を見ていただいていますが、売上の中心はもちろん生乳の販売です。これが4年間で415万円くらい。原価の中心は飼料で、これは4年間で166万円くらい。十勝だとこれはアメリカなどからの輸入になります(道東では放牧によってこれをずいぶん抑えている農家さんもいます)。だから関税や為替の影響をもろに受けます。プラス水や電気代が80万円。これに減価償却費、100万円の融資を受けて買った初妊牛ですから、4等分25万円ずつが計上されますし、利息を払います。そのほかもろもろを計算すると、余剰が285,000円くらいになります。一頭でも複雑な表になりますが、これが500頭、1,000頭となるととても複雑で分かりづらくなります。
なので融資をした金融機関としては、とにかく牛がちゃんと存在しているか、乳を出しているか、病気になっていないか、ということをしっかり見ていく必要があります。

農業金融の役割をまとめましょう。
運転資金の分野では、経営体ごとに特徴が違ってきますので、これに応じた対応が必要です。さらには気候変動や、農産品価格の大きな変動などがありますから、そうしたリスクに対応するための資金の提供が重要です。いろんな経営体の方とお付き合いをしていますので、金融の視点で経営改善のガイドや支援が求められています。
設備資金の分野だと、お客さまとのコミュニケーションの中から投資の必要性や妥当な返済計画の判断をします。そして実際にお金がまわると事業は動きますから、その支援と投資した効果の検証を行いながら、さらなる成長のために必要な投資についてお客さまといっしょに知恵を出します。
私たちの仕事は、北海道の持続的な農業経営を金融の専門家として後押しすることなのです。

 

 

 

 

私のキャリアデザイン

 

話の方向を変えて、私のキャリアについてデお話しします。
これまで仕事をしてきた中で、印象に残っているエピソードを3つ紹介します。
仕事で失敗したことは少なくありません。そんな自分が今日皆さんの前に立っていること自体が感慨深いのですが、失敗してもそれを取り返して楽しく仕事ができるんだ、ということを知ってほしいと思います。
まずひとつ目は、入会して3年目のことです。
北海道農業に貢献するんだ、と張り切って就職したわけですが、最初の部署は事務のセクションで、全然仕事を任せてもらえませんでした。精度や効率を求める事務の分野ではベテランの人たちが長年のルーティンで仕事を回しています。最初から私のモチベーションは低く、自分がやりたいのはこういう仕事じゃないんだ、という顔をしてひたすら自分軸で働いていました。だからまわりの人も受け入れてくれませんでした。悩みながら仕事をしているなかでたまたま欠員が出て、JAの支援や指導をするセクションに異動します。
そこでは、「JAが困っていることは何ですか?いっしょに解決していきましょう」という行動が求められますから、つねに相手軸で考えて、信頼を得なければ仕事が進みません。前の部署でのように、こっちは正論を言ってるんだ、などと主張しても、それは正しいかもしれないけど「当JAではやりたくないんだ」ということもままあるのです。だから相手を動かすためにはどうすれば良いかを、自然に考えるようになりました。そして、わたしが提案したことのなかで、たまたまうまくいって「良い結果が出ました」なんて相手に言われると、これが仕事の価値なんだな、と納得できたのです。
相手軸で考えることを意識してみると、うまくいかなかった前の部署での自分の行動はどうなのだろうか。おそらく、みんなとちゃんとコミュニケーションを取りながら、まず事務をきちんと覚えることが君のミッション、と先輩たちは期待していたのに、自分にはそれがまったく見えていなかったことに気が付きました。相手軸で考えて、自分の仕事が相手の仕事を良い方向に変えられること、自分が誰かの仕事のひとコマとして存在していること、これが仕事の価値だと腑に落ちたのです。

 

次に、5年目くらい。農業ではなく一般企業を顧客とする営業部で仕事をしたとき、金融機関の仕事の意味や価値を痛感した話です。
企業の業績が順調なときは、その企業と取引をしているいくつかの金融機関はライバル関係にあります。しかし、業績が厳しくなると協調することもあります。つまり、いっしょにこの企業を立て直しましょう、という協調モードです。
わたしの担当していた会社で業績が厳しくなり、まさに協調して融資をした経験をお話します。
メインバンクはその会社に、財務責任者というポストで行員を派遣していました。
融資している銀行は10行くらいあるのですが、その方は毎月のように来て、くわしく経営状態を説明します。運転資金は企業の生命線なので、融資の継続についての協議を重ねました。各銀行とも様々な事情があるなかで、本気でその企業を助けようとしている銀行の姿に胸を打たれ、コンサルティングの力ってこういうことだな、と私は痛感しました。結果的に、各金融機関の協調融資によって、この企業は生き残り、関係者はもとより北海道経済にも好影響が及んだと思います。
金融業務のすごさにあらためて触れた経験でした。

 

そして最後に、農業法人との仕事ではこんなことがありました。
私は30歳くらいで農業融資部の所属となりました。当時、JA バンクとしてもこれまで取引のない特に農業法人を中心に積極的にアプローチして、まず考えをいろいろ聞いて回ろうじゃないか、という方針を立てました。
齢30にしてはじめて飛び込み営業に挑みました。電話でアポイントを取って、訪問します。二人でチームを組んだのですが、慣れないことでビビっている私を尻目に、後輩がどんどん電話をかけていきました。こいつスゴいな、と思いました。負けじと私も電話して、それなりにアポを取ることができたのです。まさに「案ずるより産むが易し」です。実際行ってみるとかなり厳しいことも言われましたが、中には融資につながったこともありました。

 

 

中小企業診断士の資格を取得

 

経営者とお話をしていると、これまでの業務経験だけだと物足りないんだな、ということも分かってきます。そこで本気のコンサル力がやっぱり必要だなと思い、中小企業診断士の資格を取ることにしました。時間はかかりましたが、一昨年(2023年)に取ることができました。
中小企業診断士とは経産省認定の国家資格で、いわゆる経営コンサルタントですね。企業の経営者といっしょに経営を強くしていきましょう、と行動します。企業のお医者さんなどとも呼ばれます。
ネットなどでは一千時間勉強が必要な資格、と言われていますが、学生時代の勉強と社会人の勉強はかなり違います。学生のときは試験に失敗したら進路を左右することになりますが、社会人の資格試験は、落ちても失うものはなくて、次の年また受けられます。私は、プレッシャーが少ないからなのか6年もかかりましたが、夜と早朝の勉強を重ねてなんとか取ることができました(一次試験は3年間で7科目の合格が、筆記と口述による二次試験では2年間の制限)。今後は、この資格で得たスキルを活用して、「より専門性を磨いて、農業者の成長を支援」していきたい」と思っています。いま現在は経営戦略の立案などを仕事にして、当然幅広い知見が求められる部署ですから、資格取得で得たものが役立っています。
また、中小企業診断士の資格を取ってみると、社外の人たちとの人脈が一気に拡がりました。道内外のいろんな業界で活躍している人たちとコミュニケーションが取れるようになって、自分の人生をとても豊かにしてくれました。

 

学生時代の「今」を生きよう

 

今日は農業を中心にお話してきました。農業は面白い!と掲げましたが、それはなぜかというと、どんな人でも生きるためには食べることが必要だし、わたしは心を豊かにするのも食べ物だと思っています。その農業ビジネスの世界に金融という形で関わることができているのは、とても面白いです。
社会人生活20年でいろいろ失敗もありましたが、基本的には私は楽しく仕事をしています。その中でこれは大事な考えだな、と思っている3つのことを皆さんにお伝えしましょう。

 

ひとつ目は、「能力差5倍、意識差100倍」。
これは電機メーカー、ニデック(株)創業者の永守重信さんが、自社に入ってくる新人たちを見てきて言うものです。知識や技能の差というものは人によって5倍くらい違うが、入社して何をしたいかをしっかりと見すえることができる人間とそうではない人間の差は、100倍くらいになる、というのです。優秀な方と仕事をすることもありますが、この意識をもって仕事に励んで10年20年もたてば能力の差は埋めることができると考えて、仕事に臨んでいます。本質を捉えながら成長曲線に乗れる人は、企業にとってとても有用で、本人にとっても仕事は楽しいはずです。

 

もうひとつ。世界有数のコンサルティング企業であるボストンコンサルティンググループの日本法人を率いた内田和成さんが、「仮説思考」を説いています。
例えば皆さんデートをするときに、いろいろプランを考えるでしょう。ここで食事したいけどもし休みだったり満席だったらこうしよう、とか。内田さんは、でもビジネスになると一気にその仮説がなくなっちゃう人が多いと言います。いわゆる指示待ち人間で、上司がこう言うからこうする、という人が多い。でも常に、自分はこう思う、なぜならこうだからだ、という考え方を持つと、仕事はスムーズになります。雑音に惑わされるとよけいな仕事を強いられますが、この仮説思考を持っていると物事があすごくシンプルで楽になります。内田さんの著作の中では、「スパークする思考」が薄くて読みやすくてとてもオススメです。

 

そして最後の3つめは、「今を、生きる」。

 

月並みな話ではありますが、いま皆さんがおくっている学生時代の時間の流れや空気感って、ほんとうに素晴らしいものなのです。商大を出てしばらくして、振り返るたびにそう思います。20年間社会人で働いてきましたが、あんな感じはまったく味わったことがありません。
いま私ががんばれていられるのも、この時間があったからなのです。
ぜひ皆さんは、いまやりたいこと、いま考えていることを実行してください。そういうことに全力で向かってください。それが必ず卒業後の人生や仕事の経験に生きるはずです。学生時代にしかできないことを、しっかりやってみてください。

 

 

 

 

<濱口真吾さんへの質問>教員より

 

Q)今日の事前課題で濱口さんは、北海道米の道内食率が上がってきた要因として、「技術力(美味しさ)向上」、「マーケティング」、「官民連携の強化」の3つを挙げられて、最も重要であったのはどれかを考察してみよう、と投げかけました。解答例として、濱口さんご自身のお考えを聞かせていただけますか?

 

A)3つとも大事なのですが、私は最も効果があったのは「官民連携」であったと思います。2005年の秋に当時の高橋はるみ知事が自らCMにも出たりして、おいしい北海道米をもっと食べましょう、「米チェン!」、と道民に呼びかけました。そのことが、民間主導では及ばない力を発揮して北海道米のブランド化の起爆剤になったと思います。
消費拡大のマーケティングを担ったのはホクレンさんですが、JAバンクとしては間接的に、供給力のアップを進める農家さんへのご融資といったかたちで陰ながら貢献していたと思います。

 

Q)米騒動と言っていいような昨今のコメ価格の高騰があります。まだ終息しているとはいえないと思いますが、一連の動向を、濱口さんご自身、あるいはJAバンクとしてどのように捉えていたのでしょうか?

 

A)米はずっと供給過剰だと言われてきました。ですからJAグループは生産調整を行っていたわけです。水田を畑にして小麦を作るようにしたり、ですね。個人的な思いになりますけれど、過剰である、という前提が根底から崩れると、こんな混乱が起きてしまうんだ、という驚きがありました。JAグループ社員だから米は自由に買えるんでしょ?と言われますが、それはありえません(笑)。JAの倉庫も農家の倉庫も空っぽです。誰かがどこかに隠し持っているんじゃないか?と言われていましたけど、実際はそうじゃなかったのが驚きでした。だからその事実を元に、政策をあらためて作り直さなければならない。農政はそんな難しい局面にあると感じています。

 

 

<濱口真吾さんへの質問>学生より

 

Q)どんな学生生活をおくりましたか?サークルや部活などで活動しましたか?そして学生時代にチャレンジしたことは何ですか?

 

A)軟式野球サークルで野球を楽しんでいました。高校までは硬式野球に打ち込んでいたのですが、大学ではもっとゆるく野球を楽しもうと思ったのです。アルバイトは、家庭教師と居酒屋。2年生のとき、月に10万円くらい稼ごうと居酒屋のバイトをガンバリすぎて単位が危うくなった、というひと幕もありました(笑)。でもそこで調理や接客まわりのいろんな知識や経験を得たので、人生の糧にはなったと思います。いまも家事はふつうにできるので、妻によく褒められます(笑)。
軟式野球ではキャプテンをやって、50人ぐらいのサークルをまとめるのが結構大変でしたが、組織マネジメントの観点からいって、いまの仕事に活きているかな、と思います。
3年生になって学生の本分に目覚めて勉強にようやく馬力が入ると、授業はいつも最前列で真剣に受けるようになりました。だから成績はほとんど優だったのです(当時は優がいちばん良い成績でした)。ちょうどこの160番教室であった、結城洋一郎先生の「憲法」の熱い講義がいまも記憶に残っています。

 

 

Q)学生の時の時間の流れや、学生時代に身を置いた空気感のようなものはかけがえのないものだ、というお話が印象的でした。学生時代の経験が今も支えになっている、といったことはありますか? 

 

A)損得抜きで自分をさらけ出して人と密接に関わることって、社会人になるとなくなります。僕はひとり暮らしだったのですが、バイトを終えて部屋に帰ったらふつうに友達がいてゲームとかしているわけです(笑)。じゃあオレ寝るわ、とか言って彼はそのまま寝て、僕がゲームの続きをして、朝起きて大学行く、みたいな。
大人から見ると信じられないくらい無駄というか贅沢というか、そんな時間が日常に満ちていました。そういう夢のようにゆるくて楽しい時間があったから、いま多少つらいことがあっても頑張れるかな、と思います。社会人ではあり得ない長い夏休みなど、ただただ楽しい時間が流れていました。

 

 

Q)そんな商大生時代の濱口さんに、いまの濱口さんが声をかけるとしたら、どんなことを言いますか? 

 

A)資格の勉強をした方がいいよ、とアドバイスしたいです。私が一昨年取った中小企業診断士は、7 科目の勉強が必要なのですが、商大の授業を真剣に深く学んでいたら、コンプリートできるものなのです。社会人になってからの勉強って時間の制約があってなかなかしんどいものです。学生時代にちょっとでも興味を持って、他学科の専門科目にも挑戦して地力をつけておくと次に繋がりやすいと思います。私は企業法学科の科目しか取っていなかったのですが、中小企業診断士の勉強ではマクロ経済、ミクロ経済、簿記、社会情報とか、私にとっては専門外だった分野がいっぱい出てくるのです。それらを一から勉強するのはしんどかったです。学生時代、すばらしい先生たちがまわりにいっぱいいる環境であればこそ、そういう勉強もいち早くできると思います。

 

 

Q)融資を決める場面で、印象に残っているエピソードはありますか?

 

A)ポジティブな場面とネガティブな場面、いろいろありますが、悪い方からいうと、担当する会社に初めてあいさつにいった際に「取引終了しましょう」と言われたことです。そんな動きはまったく掴んでいなかったのでショックでした。
ポジティブな話だと、農業法人さんに飛び込みで営業にいって、融資につながったことです。

 

 

Q) 一般の金融の世界と農業金融では、なにがどのように違いますか?農業金融ならではの仕事の醍醐味とか、特殊性はありますか?

 

A)農業金融の場合は、ものが見えているところがやはり分かりやすいですね。この融資で小麦を作るとか、牛を500頭買うとか、自分が用意したお金が具体的に何に使われているのかが見えやすいと思いますし、貸したあとも、その成果をめぐってコミュニケーションが取りやすいのです。そのあたりが仕事としての醍醐味かな、とも思います。

 

 

Q) これからの北海道農業は、どのように発展していくとお考えですか?あるいはどのように発展していくべきだとお考えですか?

 

A)先ほど話した通り、食料安全保障という問題が出てきていて、これだけ気候条件が変わると日本の農業そのものが難しい局面にあると思います。そうなると、北海道の農業がさらにしっかりしていかないと国民の胃袋を満たせなくなると思います。それは近い未来に迫った課題です。北海道の食糧自給率は200%以上ありますが、これをもっと上げて行かなければなりません。現在の農業経営者の発展に加えて、北海道に新規で就農される方々を呼び込んで、いろんな人を巻き込みながら農業生産を増やしていく必要があります。北海道農業の近い未来の形としてはそれが望ましいと、僕は思います。

 

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