- <担当科目>
- ミクロ経済学、現代経済理論、経済理論、経済学演習、ミクロ経済学II(大学院)
白田康洋 教授
SHIRATA Yasuhiro
経済学は突き詰めるとインセンティブの学問だ
経済学の教科書『ヤバい経済学』(レヴィット、ダブナー著、望月訳、東洋経済新報社、2007年)でも述べられているように、「インセンティブ」という言葉は経済学における最も重要な基本概念のひとつです。日本語では「動機づけ」や「誘因」と訳されるこの言葉は、人々の意思決定や行動を変化させる報酬の仕組みを指します。
典型的な例として、企業が売上目標を達成した社員にボーナスを支給する契約があります。また、プロ野球選手が球団と結ぶ出来高契約もよく知られています。この契約では、例えば「何試合以上に出場する」「何勝以上を挙げる」といった条件を満たすことで、追加の報酬を得ることができます。こうしたインセンティブ契約を結んだ選手は、より高い成果を目指して努力するため、結果としてチームの成績向上にもつながります。
このように、チームを政府、選手を労働者に置き換えて考えると、インセンティブの設計次第で経済全体が大きく左右されることが理解できるでしょう。しかし、複雑化した現代経済において、どのようなインセンティブ契約が効率的であるかは一概には言えません。
そこで私は、社会厚生の向上を目指し、望ましい制度設計について研究しています。特に、競争入札メカニズムの設計方法に焦点を当て、より効果的なインセンティブのあり方を探求しています。
パーツではなくシステムを知りたいんです.
これは、私の好きな推理小説『氷菓』(米澤穂信著、角川書店、2001年)に登場する印象的な一節です。そしてこの言葉こそ、インセンティブデザインを考える上で最も重要な視点だと私は考えています。
たとえば、「生産量目標を達成すれば巨額のボーナスを支払う」という契約を想定してみましょう。一見すると、生産量の拡大という“パーツ”に対して有効なインセンティブのように思えます。しかし、企業全体の“システム”として見た場合、この契約は必ずしも望ましい結果をもたらすとは限りません。なぜなら、従業員が品質の維持や改善よりも量の達成を優先してしまい、結果として製品の品質が低下し、顧客からの評価が悪化する可能性があるからです。
もう一つの例として、「最高額入札者が次点の入札額を支払う」という2位価格オークション(セカンドプライス・オークション)を挙げてみましょう。価格決定方式という“パーツ”だけを見ると、入札額と支払額が一致しないため複雑で直感的に理解しづらいかもしれません。しかし、システム全体としては非常に優れたインセンティブデザインであることが知られており、実際にヤフオクなどのネットオークションやGoogleの広告枠オークションなどで広く採用されています(詳細は本学・中島教授のコラムをご参照ください:https://www.aucnet.co.jp/aucnet-reseach/report/20221222_01/)。
このように、多様な利害関係者の間に働く複雑なインセンティブの相互作用を理解し、全体として効率的なシステムを設計することこそが、私の研究分野の醍醐味であり、最も魅力的な部分だと感じています。

労働者不足時代の公共調達入札制度
この記事を執筆している2025年現在、かつて経験したことのない深刻な労働者不足により、入札制度のデザインには抜本的な見直しが求められています。
たとえば、「小樽市新総合体育館整備事業に関する入札の中止について(令和7年5月16日公表)」という公告に示されているように、地方自治体が公共工事を発注しても、入札に参加する企業が一社も現れないという事態が全国各地で頻発しています。特に、能登地震の復興事業においては、この問題が大きな障害となっていることが広く報道されています。また、本学が発注するメンテナンス工事などでも、同様の入札不調が発生しています。
従来の公共調達制度は、十分な数の入札企業が存在することを前提に設計されており、現在のような企業不足に対して有効な対応策を持ち合わせていません。そのため、現場では場当たり的な対応に頼らざるを得ない状況が続いています。私はこのような入札企業不足が生じる背景要因の解明に取り組むとともに、より多くの企業が入札に参加しやすくなるようなインセンティブを与える制度設計の改善方法について研究を進めています。
AI・データ時代における文系学生の挑戦と可能性
近年の大規模データベースの構築やコンピュータ性能の飛躍的な向上により、これまで机上の理論とされてきた複雑な経済理論も、実際のデータを用いた検証が可能になってきました。さらに、ChatGPTをはじめとするAI技術の急速な進化は、経済学を含むいわゆる文系分野にも大きな影響を与えています。
こうした背景のもと、経済理論や経済データの扱い方に加えて、AIやデータ分析の基礎となる計算機理論の理解、そして効率的なプログラミング技術の習得が、今後ますます重要になっていくでしょう。
特に、高校時代に理系科目を避けて文系を選択した学生にとっては、線形代数や微分積分といった基礎的な数学の学習に最初は苦戦することも少なくありません。しかし、文系出身だからこそ、倫理・社会・文化といった人文的な知識と技術的な知識を融合させることで、プラットフォーム独占に関する産業政策や、個人情報の管理に関する倫理政策など、テクノロジーと社会の接点において大きな貢献が期待されます。理系分野の学習は一朝一夕には身につきませんが、統計学や計算機科学などの知識を、文系分野の学びと並行して、少しずつ着実に積み重ねていってほしいと思います。
経済学と計算機科学の融合が切り拓く未来

近年の産業界、特に人気の高いコンサルティング業界では、大規模な顧客データを分析し、最適な成長戦略を立案するために、経済学と計算機科学の両分野に精通した人材が高く評価されています。こうした背景から、他の理系分野と同様に、より高度な技術を身につけた人材へのニーズが増加傾向にあると考えられます。
経済学と計算機科学の両分野の知識・技術を習得することは容易ではありませんが、本学では一つの学部の中で両分野の授業が提供されており、学生にとって非常に恵まれた学習環境が整っています。実際、私のゼミに所属していた学生の卒業研究では、「ロボテックによる農家経営の変革シミュレーション」や「日本の製造業における資源配分のゆがみのデータ分析」など、経済理論に基づいたテーマに取り組み、Pythonなどのプログラミング言語を用いて実際にデータ分析を行っています。
技術の進展に伴い、求められる知識やスキルもますます高度化していますが、それらを身につけた人材は社会にとって非常に貴重であり、キャリアの選択肢も広がると期待されます。学生の皆さんには在学中という貴重な時間を活かし、社会経験の前に、長期的に役立つ基礎的かつ普遍的な知識・技術の習得にぜひ力を注いでほしいと思います。
関連リンク