
- <担当科目>
- 学部:経営戦略論
- 大学院(アントレプレナーシップ専攻):統合科目Ⅰ(サービスマネジメント)、ビジネスプランニングⅠ、ビジネスワークショップ、リサーチペーパー
内田純一 教授
UCHIDA Junichi
サービス優位の時代が到来
よくありがちな誤解として、ぜひ改めていただきたいのは、「サービスマネジメントやホスピタリティマネジメントは製造業には関係ないんでしょ?」という認識です。現在の日本をはじめとした先進国では、サービス経済化が極度に進み、サービス産業がGDPの7割を稼ぎ出し、サービス産業に従事する人が就労者の7割を占めるようになっていますが、製造業のサービス部門で働く人もまた多く、実態としてあらゆる産業がサービスで稼ぐ世の中になっています。いまや製造過程の生産性ではなく、サービス活動の生産性が企業成長の源泉になっています。
私自身の研究上の大きな関心も、まさにこうしたサービス活動の生産性をいかに高めるかということにあります。2025年に中央経済社から上梓した『サービスファースト!:生産性を高める活動ベース戦略』では、サービス生産性向上のための理論や考え方についてたくさん紹介しました。
そして、ホスピタリティマネジメントもまた、あらゆる業種に必要なノウハウだと言えます。先に述べたように、いかなる業種であっても、接客と無縁ということはあり得ません。2025年に小樽商科大学出版会から上梓した『ホスピタリティの戦略論理:感情労働と接客対話の経営学』では、「世界はホスピタリティでできている」という見出しから書き出しています。
ホスピタリティ業界について集中的に学んだ学部時代
出身学部は経営情報学部ですが、私の在学中(1990年代前半)の母校では当時、「レストラン・ホテル学科(仮称)」を増設するため、その準備作業として今で言うところの産学連携型の社会人向け冠講座をたくさん開講していました。写真の教科書はその当時のものですが、これらはいずれも業界の第一線に立つ実務家を講師に迎え、それらを専任の大学教員がコーディネートする形で開講されていました。レジャー業界、ホテル業界、フードサービス業界、ファシリティマネジメント業界にいる実務家たちが、一般社会人向けに講義をするのです。学部生はそのいずれにも追加負担なしで一般社会人に混じって聴講可能となっていて、ありがたいことに単位も取得できました。
まだ国内に社会人向けMBAコースなどない時代で、今思えば無料の公開講座ではなく、有料でインテンシブなコースを提供するカリキュラムの先駆けであったと思います。私はそれらのすべてを受講し、これがホスピタリティ研究との最初の出会いになりました。
それまでの私は、経営情報学を専攻しつつも、業界を限定して学んでいたわけではありませんでした。ところが、これらの講座でホスピタリティ業界について集中的な知識を得た結果、理論や技術の実践適応を頭で思い描きながら、具体的な実務のイメージも持てるようになりました。講座に参加中は、前後左右に一般社会人が座っているわけで、彼ら彼女らの質問する内容からも「ホスピタリティ業界の実社会人はこのような課題に悩んでいるのか!」などと大いに刺激を受けたものです。
私自身は卒業後、保険会社に就職し、しばらくホスピタリティ業界とは遠ざかりますが、2000年代初頭に大学教員に転職した数年後に、勤務する大学院において観光学の新専攻を立ち上げる仕事に参加することになります。結果としてこのことが私をホスピタリティ業界と再び結びつけることになりました。
小樽市における宿泊税の導入
コロナ禍からの回復以降、全国各地でインバウンド観光客が回復しており、小樽市にもたくさんの外国人観光客が来訪しています。私はホスピタリティ産業研究の一環として、長らく観光地マネジメント研究にも携わってきましたが、研究に取り組み始めた頃は、ちょうど日本が観光立国宣言をしたばかりで、いかに多くの国々から観光客を引き寄せるかということが最大の課題でしたが、現在ではむしろ、増えすぎた観光客が引き起こす観光公害(オーバーツーリズム問題)対策、とりわけ自然環境や生活者コミュニティの維持を観光地づくりとどう両立させるか、という論点のほうが大事になってきています。いわゆるサステナブルツーリズムという考え方です。
昨今、全国各地の自治体で宿泊税が導入されていますが、そこで得た財源の使い道として考えられるのが、こうした自然環境や生活者コミュニティとの共存をはかりつつ、観光振興を進めていく予算とすることです。そもそも税金というのは受益者負担が原則ですから、遠方から来た来訪者が観光目的地に負荷をかけていることのコストを税の形で負担するのは理にかなっています。
ここ小樽でも、小樽市観光税導入に係る有識者会議が2019年から設置され、私がその座長を務めました。会議が始動してまもなくコロナ禍に突入し、観光客が途絶えた時期には、観光税導入で実質的に宿泊料があがると、客離れを起こすのではないかと心配する声も少なくありませんでしたが、議論を重ねるうちに、むしろそうした社会変化に対応するための財源が必要なのだ、という考え方を小樽市の産業界の皆様と共有できるようになりました。なお、小樽市では2026年4月から宿泊税条例が施行されます。
ホスピタリティ・ロジックを知ることが仕事の悩みを和らげる
商大卒業生の多くは、金融や商社、流通や物流、そして情報通信やシステムコンサルティングなど、広義のサービス業に就職していきますが、メーカーに職を得た場合も文系就職の場合はサービス部門で活躍する人が多いはずです。ちなみに商大では近年、公務員になる人も多いですが、その仕事もパブリック・サービスと呼べます。それらの業種には多かれ少なかれ接客の仕事があります。
その反面、サービスの最前線にある接客に関するノウハウが商学・経営系の大学で講じられることは少なく、実業界においても接客部門の配属者に対する研修制度は確立しているとは言い難いものがあります。
そのため、多くの新米社会人は接客の仕事に苦労するし、管理者側も接客従事者のフォローアップのあり方について思い悩むことがとても多いのです。とりわけサービス業にはクレーム処理に代表されるような感情労働者が多いとされ、その現場のストレスマネジメントが大きな課題となっています。また現在の日本では、ワークライフバランスが重視され、健康な勤労生活を誰もが過ごせるような社会形成が目指されていますが、感情労働者への対応が十分ではありません。政策的にも、マネジメントスタイル的にも、急速なサービス経済化をまだ十分に反映できていないように思われるのです。
だからこそ、サービスやホスピタリティを学生時代に学んだ社会人が世の中に供給されることには大きな意味があります。サービス経済化する今だからこそ、新しい学問であるサービスマネジメントとホスピタリティマネジメントを学んで欲しいのです。それらに含まれるロジックの中には、感情労働者である接客従事者が直面しがちな日々の悩みや痛みを和らげるような示唆を含むものが少なくありません。
私の教育研究が、そのような実務的課題に対し、少しでもヒントを与えられれば嬉しいです。
都市・地域の魅力
写真はタイ国立フィルム・アーカイブに最近訪問した際の一枚です。私は趣味と研究上の実益を兼ねて、各国の映画博物館やロケ地めぐりをライフワークとしています。その理由は、映画やドラマの舞台となることで都市や地域の魅力が対外的に発信され、聖地化する現象も、私の研究対象の一つだからです。そして、映画の記憶を後世に残そうとするフィルム・アーカイブは、私にとって研究素材の宝庫なのです。まぁ本音を言えば子どもの頃から単に映画が好きだという個人的な動機も大きいわけですが。
私の趣味や研究のことはさておき、古くから映画のロケ地に選ばれてきた小樽は、本当に魅力的な町だと思います。最近、30年ぶりに4Kリマスターされて銀幕に蘇った日本映画『Love Letter』はその筆頭で、今でも多くの外国人観光客が、この映画を見たことで小樽に行きたくなったと口々に答えてくれます。近年は中国のオムニバス映画『恋する都市 5つの物語』が、小樽の魅力を世界に発信しました。もちろん、この映画のヒットによって、無人駅である朝里駅が聖地化してしまい、観光客が駅周辺に増えて近隣住民とのトラブルを発生させるなど、聖地化することの負の側面も顕在化しました。しかし、そうしたことも全てひっくるめて、観光地マネジメント研究の対象だと思っています。今後は、聖地化した地域のサステナビリティをどう担保するかという問題についても研究していきたいと思っています。
ところで、Netflixで2024年から配信されているドラマ『さよならのつづき』では、ドラマの重要なシーンの舞台として小樽商大が何度も登場します。ドラマの中では正門に<小樽教育大学>と刻まれ、架空の大学になってしまってますが、劇中に商大の公式キャラクター「商大くん」が映り込むなど、紛れもなく本学であることがわかります。
もしドラマを鑑賞して感動された方がいれば、ぜひ本学にも足をお運びください。その際、観光公害だの聖地化の弊害などと言われぬよう、くれぐれもマナーと節度を持ってご来訪くださいませ。
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