西村友幸教授
NISHIMURA Tomoyuki
大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻
2足す2は五里霧中
私の研究分野は経営学です。現在の主な研究テーマは2つあります。1つは「シナジー」です。これは以前から関心のあったテーマなのですが、他の研究が一区切りついたので数年前から本格的に取り組むようになりました。シナジーという言葉が経営学の文献に登場し始めたのは1960年代のことです。その当時、アンソフ(「アンゾフ」とも読んだり書いたりします)という人が、シナジーとは「2+2=5」の効果であると言いました。この数式というか暗号1つとっても、シナジーという概念は大変ミステリアスで魅力的ではないでしょうか。もう1つが「バーナード」です。バーナードとは、実務家でありながら非常に抽象的な本を書き、もって経営学の歴史に不朽の名を残したチェスター・バーナードのことです。バーナードの思想に魅せられた人のことを「バーナーディアン」と呼ぶわけですが、私もその一人であり、かつ冬の寒さが厳しい北方圏に在住していますので、「北方バーナーディアン」を名乗っています。最初にこの名前を使ったのは、2016年の日本経営学会第90回全国大会で「北方バーナーディアンから見た組織境界」と題して報告したときでした。このタイトルからわかるとおり、私のバーナード研究の原点は組織境界の解明です。組織というものはインタンジブル、つまり無形ですが、それでも組織とその外側とを隔てる境界を見出せるのではないかというのが、今なお続くバーナード研究の出発点でした。
わりといい加減なノリで
経営学には大学生時代に出会いました。教養課程ではなくて、専門課程に進級してからです。経営学の授業を担当されていたのが、「北方バーナーディアンの始祖」(この異名はもちろん後付けです)こと眞野脩先生です。経営学が、というよりも、授業中の眞野先生の雑談がおもしろかったので、ゼミも眞野先生のところへ行くことにしました。日本ではかつて、「経営学ブーム」が起きました。ブームは1958年に始まり、東京オリンピック開催の翌1965年に終わったと言われています。ブーム終えんの理由は不況です。一方、私の中の経営学ブームは、不況とともに始まりました。ここで言う不況とはすなわち、バブル崩壊です。宴は終わったという気分になり、ようやく3年次の後期から身を入れて勉強するようになりました。今から考えれば非常に初歩的なレベルですけど、誰かの知識を吸収するだけでなく、自ら知識を創造することにも努めました。
学部卒業後、そのまま大学院へ進学というコースも考えましたが、結局民間企業に就職しました。入社1年目に、いわゆるリアリティ・ショックをはじめとして二重三重のショックに襲われてしまいましたが、どのショックも「組織」が共通原因のように思えました。経営学の本で見かけた「現代は組織の時代である」というフレーズを身をもって知りました。入社2年目、今度は組織とは関係ありませんがさらに強いショックを受け、運命に導かれるかのように退職して大学院進学、研究者の道を歩み始めて今日に至ります。
ところで、経営学の魅力は何でしょうね。2019年から2024年まで公認会計士試験の試験委員を仰せつかった関係で情報をチェックしていたのですが、試験科目の中でも経営学は「おもしろい」という受験生の声をちらほら耳にしました。私なりに推論してみると、経営学が「おもしろい」と感じられるのは、研究テーマや思考が陰うつなものではなくポジティブだとか、発見事実や結論が意外だとかいった特色があるからではないでしょうか。
社会との付き合い方
経営学は社会科学の中の一分野です。社会科学とは社会現象を取り扱う科学の総称です。よって、経営学と社会は必然的につながっています。 「研究分野と地域・社会とのつながりを教えてください」という問いに対しては、以上でQ.E.D.(証明終了)としたいところですが、今述べた回答は現実の社会を観察することで得られたものではなくて、自分の頭の中だけで観念的に作り上げられたものであることを付け加えなくてはなりません。 社会科学かそうでないかにかかわらず、現実や経験を対象とする科学を経験科学と言います。「経営学は経験科学ですか」と聞かれて「イエス」と答えない経営学者はおそらくいないと思います。では、この答えを受けて、質問者が「なぜイエスなのですか」と追及してきたとしたら、経営学者はどう返せばよいでしょうか。 言いたいことは、これは何も経営学に限った話ではないはずですが、たとえ経験科学に属すると考えられている研究分野であっても、現実の現象の観察に頼るばかりでは前に進めない場合があるということです。その場合、研究者はいったん具体的現実を離れ、もっぱら頭の中で物事を考えるようになります。 何事も適度が大事だという結論でこのお話を打ち切らせていただきます。
商大的シナジー
小樽商大の前身の小樽高等商業学校(小樽高商)には、高浜年尾、小林多喜二、伊藤整といった、文学的才能を持った青年たちが集結しましたよね。 その頃すでに、日本の教育体系は文系と理系とに二分されていたらしいので、彼らは「商学×文学」という組合せを、どちらも文系の学問に属するものとしてさほど違和感なく受け容れたのでしょうか。よくよく考えてみると、この組合せは実はとてもユニークなのではないかと思うのです。+の代わりに×の記号を使ったのは、商学と文学の間の掛け算的効果、つまり相乗効果を強調してのことです。 経済記事等でシナジーという語が使われるとき、カッコ書きで(相乗効果)と簡潔に語義説明されることが少なくありませんが、私の知る限り、日本で今までに発行されてきた数々のビジネス書の中で、シナジーを相乗効果という四字熟語に変換したのは今坂朔久(いまさか・さくひさ)著『逆立ちする経営ピラミッド』が最初です。この本は1965年に出版されています。今坂は公認会計士の資格を持った経営コンサルタント、そしてより重要なことですが、小樽高商の出身者です。シナジーはプラスの場合もあればマイナスの場合もあり、後者は「アナジー」と呼ばれたりすることがありますが、今坂はマイナスのシナジーのことを相乗効果との対比で「相殺効果」と命名しました。「相乗効果×相殺効果」という組合せは、それこそシナジーがあるし、文学的センスに溢れているようにも思います。 ちなみに、朔久は本名ではなく雅号とのことです。雅号を使うのも文学者っぽいですね。朔という漢字は「一日(ついたち)」を意味します。
4+2=5
見出しの奇妙な数式は、小樽商大を目指す高校生への暗号的メッセージです。 先ほど申し上げたように、私は大学の学部を卒業してから社会人を経験し、その後に大学院へ進学しました。20世紀末のお話です。当時、一旦就職するかそれとも学部からストレートで大学院へ進むかにかかわらず、大学院の修士課程を修了する(修士=マスターの称号を得る)ためには、学部で最短4年、そして修士で最短2年、合わせて最短6年の期間を必要としました。4+2=6だったのです。加法性(全体が部分の総和に等しくなること)が成立していたのです。今や加法性は崩壊し、従来6年かかっていた小樽商大入学→小樽商大の大学院へ進学→修士課程修了というコースを5年に短縮することが可能となりました。「5年一貫教育プログラム」という制度ができたからです。正確に言うと加法性は崩壊しておらず、このプログラムの下では、学生は学部を3年間で「早期卒業」し、その後に修士課程で2年間学ぶことになります(3+2=5)。 いずれにしても、計5年、つまり本来の学部修業年限である4年にあと1年追加するだけで、修士の称号を得ることができるのです。良い時代になったものです。そして、5年一貫教育プログラムにおける、学部早期卒業後の進学先の1つが、私が教員として籍を置いているアントレプレナーシップ専攻、通称OBS(小樽商科大学ビジネススクール)です。OBSの学生の大多数は社会人ですので、授業は平日の夜間もしくは土曜日に主として札幌サテライトで行われます。所定の単位を修得するなどの要件を満たし、課程を修了した者に贈られる称号がMBA(Master of Business Administration)です。 小樽商大には5年一貫教育プログラムという制度があって、通常よりも1年早くMBAに到達できるということを頭の片隅に入れておいていただけると幸いです。
北海道大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(博士(経営学))。 釧路公立大学経済学部講師、助教授、准教授、教授を経て、2016年より小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻教授
研究者総覧