FDコラム
「テストの良し悪しをテストする:やさしくわかる項目応答理論」
教育開発センター 辻 義人

 これまでFDコラムでは,数回にわたって「テスト理論」の話題に触れてきました。テスト理論の目的は,受験者の学力や理解度を,公平で客観的に評価することです。これは,言い換えれば,「真面目に努力している人を正当に評価し,その後の人生においても役に立つ知識や技能の獲得を促す」ための理論であるといえます。今回は,最近提唱されたテスト理論である「項目応答理論(IRT:Item Response Theory)」を紹介します。

 一般的には,テストを実施したときには,よく内容を理解している学生の得点は高く,あまり理解していない学生の得点が低くなります。ここで,学生のテストの得点を正答率に置き換えると,よく理解している学生の正答率は高く,あまり理解していない学生の正答率は低いと言い換えることができます。学生の理解度が高くなるにつれて,テストの問題の正答率が高くなることは,ある程度実感することができるのではないでしょうか。このことから,テストの得点(正答率)には,学生の理解度が関連しているといえます。

 次に,テストの得点を左右する要因として,問題の難しさが挙げられます。易しいテスト問題であれば,さほど内容を理解していない学生でも,正解する可能性は高くなります。逆に,難しいテスト問題であれば,理解度が高い学生であっても,正解する可能性は低くなります。このように,テスト得点には,問題の難しさも関連しています。

 また,テストの得点には,運の要素も絡んできます。もし,あなたが何かのテストを受験して,答えがわからなかったときには,どうするでしょうか。何らかの適当な解答を記入するのではないでしょうか。もし,その問題が4つの記号から1つを選ぶものであった場合,適当に記号を記入しても正解率は25%です。これは,白紙で提出するよりも,何かを記入した方が,断然お得であることを示すものです。

 「項目応答理論」では,テストの得点に関連するすべての要因を,1本の曲線にまとめて表現します。このことによって,受験者の理解度と,テストの得点との関連を計算し,予測することが可能となります。例えば,上記の例では,テスト得点を左右する要因として,(1)学生の理解度,(2)問題の難しさ,(3)運,これらの3つの要因に注目しました。これは,3つの要因に注目しているので「3パラメータ・ロジスティック・モデル」と呼ばれています。この「3パラメータ・ロジスティック・モデル」を使うことによって,そのテストの受験者の理解度,そのテストの問題の難しさ,当てずっぽうで正解になる割合,これらの計算が可能となります(詳しくは,大友,1996)。

 では,実際に項目応答理論に基づき,テストの特徴を比較してみましょう。図の縦軸は,テストの正解率を表します。1であれば100%,0.6であれば60%,0であれば0%(つまり零点)となります。横軸は,受験者の理解度を表します。左側ほど理解度が低く,右側ほど理解度が高いことを示します。ここでは,テストA,B,Cを比較します。


図 項目応答理論に基づくテスト結果の比較(大友,1996を参考に作成)

 まず,テストAの特徴として,理解度が低くても正解率はなかなか低下しないことが挙げられます。この結果から,テストAは比較的易しい問題から構成されていたことがわかります。次に,テストBでは,理解度が中程度のとき,およそ60点を取ることができます。非常にバランスのよいテストだったと考えられますが,理解度が極端に高い受験者や低い受験者に対しては,ほとんど意味のないテストであったといえます。最後に,テストCの特徴として,正答率が全体的に低いことが挙げられます。この結果より,テストCは,テストA・Bと比べて,非常に難しい問題であったことがわかります。なお,どのテストにおいても,「当てずっぽう」による正答の可能性があるため,どれほど理解度が低くても正解率が0%になることはありません。

 このように,項目応答理論を用いることによって,客観的にテストの特徴(良し悪し)を判断することが可能となります。「テストの良し悪しをテストする」という目的に照らしたとき,項目応答理論は非常に強力な分析手法であるといえるでしょう。しかし,項目応答理論を教育現場に活用するにあたり,一つの大きな問題があります。それは,非常に高度な統計処理が求められることです。残念ながら,現時点においては,簡単に計算できるソフトやツールは開発されていません。そのため,非常に強力な分析手法でありながら,普及には至っていない状況にあるといえます。今後,簡便な分析ツールの開発と普及が期待される分野です。

 《参考文献》
 大友賢二(1996) 言語テスト・データの新しい分析法「項目応答理論入門」,大修館書店


  
このコラムに関するご意見があれば教育開発センターまでお知らせください。