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2021.01.13

令和2年度第10回講義:「30歳で起業、株式上場(IPO)を目指すIT起業経営者の展望」

講義概要

 

○講師:栗山規夫 氏(平成15年商学部社会情報学科卒/株式会社ユニラボ 代表取締役CEO

題目:「30歳で起業、株式上場(IPO)を目指すIT起業経営者の展望」

  • 内容:

商大を卒業して21年。この間の日本経済は世界のIT化の波に乗り遅れ、往時の勢いを失ってしまった。大手総合商社に就職した私は、1年ほどでそこを退社して、インターネット・ベンチャーの世界に飛び込んだ。10年前の30歳で起業して現在にいたるが、私の転職や起業を入り口に、日本のインターネット業界の歩みと現状、そしてこれからの可能性を解説したい。また、後輩たちの進路選択の糧に、「起業家的な生き方」という選択肢を提案してみたい。

 

 

 

ベンチャーでしか味わえない仕事の価値がある。

 

栗山 規夫 氏(平成15年商学部社会情報学科卒/株式会社ユニラボ 代表取締役CEO)

 

 

自分の原点をつくった商大での日々

 

私は30歳で東京で起業して、40歳になった現在は、IPO(株式上場)をめざしています。私の会社である(株)ユニラボは、BtoB(企業間取引)のマッチングプラットフォーム「アイミツ」を運営する、インターネット企業です。現在の社員は、アルバイトを含めて140人ほど。昨年(202011月)、総額20億円の資金調達を行って、次のステージに上ろうとしています。今日は、「ベンチャーキャリアの実際」や、「IT/インターネット業界の変遷」を中心に、私と私の会社についてもお話します。起業とかIT業界のことを少しでも身近に感じてもって、私の話から何かを感じた方は、ぜひすぐ行動を起こしてほしい。そんな気持ちで講義を進めたいと思います。まず、商大卒としては珍しい存在ではないかと思いますが、「ベンチャーキャリア」である私のことから始めます。私が生まれたのは1980年で、1999(平成11)年に商大に入学しました。このころインターネットの常時接続は個人では無理で、大学でしかできませんでした。卒業後は三菱商事という総合商社に入ることができたのですが、1年半くらいで、周囲の大反対を押して辞めてしまいました。転職先は、(株)ディー・エヌ・エー(DeNA)というベンチャーです。今ではプロ野球球団をもつほど大きく成長していますが、そのときは社員が100名ほどの、まだ第二草創期にありました。そこで7年半ほどキャリアを積んで、2012年、30歳で現在の会社、(株)ユニラボを立ち上げたのです。まだ40歳ですが、私には何度か転機がありました。私のキャリアは、連続ではなく「非連続」で、転機のたびにとにかく自分の頭で考えて行動してきました。そんなことが皆さんの進路設計の参考になると良いのですが…。振り返ると、私の原点となったのは、まちがいなく小樽時代だったと言えます。その後の自分の基礎は、商大での4年間で作られたのです。中心にあったのが、酒井弘一先生のゼミです(プロジェクト管理論)。小樽や札幌の実際の企業が抱えるさまざまな課題に対して、私たちなりの分析や解決法を提案するという、企業コンサルティングとプレゼンテーションの実践でした。もちろん、学生がプロの経営者に提案をするのですから、試験勉強とはまったく違う次元の猛勉強が必要でした。東京のビジネスコンテストにも出場しました。とにかく必死に勉強しなければついていけませんから、厳しいけれども充実していました。ゼミの仲間たちは、いまでも私の大切な人脈となっています。自分は小樽商大で作られた。私は、自信と感謝をもってそう言うことができます。

 

就職、転職、そして本当の「0→1」へ

 

さて卒業して入社した三菱商事でしたが、同期130人のうちで自分は全然ダメだな、とすぐ思いました。北国の小さな大学出身で、英語もできない田舎者だなぁ、と。配属されたのは、希望していたわけではない経理部門。覚えることばかりで、帰宅しても毎日必死に勉強しました。でも、世界を舞台にダイナミックなビジネスを深く展開している会社なのに、自分のいる場所はそういう活気とはあまりにも遠い場所。ビジネスのリアリティが全然感じられませんでした。小樽時代は楽しかったなぁ、といつも思っていました。同時に東京に出てきた仲間たちもいたので、週末ごとにゼミの続きのプロジェクトを作って学びあったり、東京の緑丘会の催しなどにも積極的に参加しました。資格の勉強もしたのですがほどなくして、この会社で一生働くどころか、あと8年もある20代をこんなところで過ごすことはできない、と思うようになります。そして、両親をはじめまわりの人全員に大反対されながらも、転職を決意しました。このままじゃ絶対ダメだ—。自分にはその確信があったのです。転職のエージェントに登録して、「知名度はないけれどこれからグングン伸びる会社に行きたい!」と伝えたところ、(株)ディー・エヌ・エーを紹介されました。調べて、実際に面接に行くと、ものすごく活気があってみんなイキイキと働いていました。安定した大企業とはまったくちがう、とても魅力的な世界がそこにあったのです。当時(2004年)はディー・エヌ・エーの第二創業期と呼べるころで、100名くらいの社員がeコマースを軸にしたビジネスを展開していました。電話営業の仕事から始めて、簡単ではありませんでしたが、ひたすら没頭して結果を出しました。気づくと25歳で営業部長。部下が50人くらいいました。28歳で最年少執行役員になって、さまざまなビジネスをプロデュースしました。大企業なら40代にならないとできないようなことを、ベンチャーならこの年齢で経験できたのです。eコマース、広告、決済、ゲームなど、いろいろなプラットフォーム事業を経験しながら、私は、ビジネスってなんて面白いんだろう、と思いました。小樽時代のわくわくを、東京の最前線でさらに本格的に味わっていたのです。会社は私に、次々に新しい挑戦の機会を与えてくれました。毎月変化があり、同世代の仲間たちと切磋琢磨できる。三菱商事時代とはまったくちがって、ひとつひとつの仕事に余計な迷いをもつ必要がありませんでした。でも30歳を目前にしていた夏、私は考えました。このままディー・エヌ・エーでおくる30代と、思い切って飛び出して自分で会社を作る30代を比較したのです。この会社は、入ったときとその時点ではまるで別の会社であるように、見事に成長を遂げていました。ここにいれば、とりあえずの将来は万全です。でもどちらの道の方がワイルドで、どちらの道の方がキツイだろうか。起業すれば、執行役員では経験できない経営者の世界があります。私は、本当の「0→1」をやろうと思いました。20代の自分をふりかえ選ってみると、まず、自分で思い切って行動してみたのが商大時代。いちばん厳しいと言われたゼミで揉まれました。そして大商社に入れたものの、安定したサラリーマン生活をすぐに辞めて、(当時は)名もないベンチャー企業に飛び込みました。そして精一杯背伸びするように、大企業ではとても体験できない責任のある仕事に挑戦して、たくさんのマネジメントを経験します。実績を積み上げましたが、その上で、執行役員の立場を捨ててもっと成長したい、と起業しました。自分で一度作ってみて、それを自分で壊してまた次のものを作る。それが私の20代だったと思います。私の父はふつうの会社勤めで、子どものころのまわりの大人には、商売や会社経営をしていたロールモデルもいません。両親は、わが家からなぜお前のような人間が育ったんだろう、と今も言いますが、その原点は、まちがいなく商大の酒井ゼミにありました。皆さんもいま、長い人生の中でそういう時代を生きているんだ、と意識してみてください。

 

ベンチャーキャリアという選択

 

皆さんはベンチャーという言葉にどんなイメージをお持ちでしょうか。就職先の選択肢に入ってくるでしょうか。ベンチャーについてお話します。日本の経済を語るとき、よく「失われた30年」という言い方をします。1989年、いわゆるバブル経済の絶頂期の「世界時価総額ランキング」では、一位NTT、二位日本興業銀行、三位住友銀行というふうに、日本の企業が世界を圧倒していました。しかしその30年後、2018年には上位50社に入っている日本企業は、35位のトヨタ自動車だけ。私が社会人になった時代は、まさに日本企業が世界にあっけなく追い越され続けた時代でした。30年前の世界の経済は、製造業と、それを支えた金融機関が動かしていました。これに対してその30年後の主役は、GAFA+M(マイクロソフト)と呼ばれるITプラットフォーム企業になっています。「学生に勧めたい大手企業ランキング」という、大学の就職課などの声をまとめたランキングがあります。去年(2020年)のランクでは、一位がJR東日本、二位トヨタ、三位ANAといった名前があがります。ベンチャー系の企業は30位にもまったく入っていません。しかしです。これはあくまで大学や親兄弟が勧める企業で、実際の経済の現場とこのランクにはずいぶん乖離があると思います。ベンチャー企業の動きの方がはるかに活発で、将来性もあるのですから。終身雇用や年功序列の時代はとうに終わっています。自分の力で稼いでいく時代が来ているのですから、就職先は大学のキャリアセンターや両親の声の前に、自分でしっかりと選んでください。もちろん、一発で最高の会社に入れるとは限りません。でも人生100年の時代。最初の就職はゴールではないのです。また、仕事の現場には、年を追ってAIやロボティクスが浸透していきます。「AIに取って代わられる仕事、そうでない仕事」、という論考がいろいろありますが、生き残る仕事とされているのは、小学校の先生とか心理カウンセラー、ドクター、看護師、ソーシャルワーカーなど、人間の心に直接ふれるような仕事です。企業選び、職業選択では、こうした潮流も見定めておきましょう。そうした新たな発想にふれることができる2冊の本を紹介します。伊賀泰代(ちきりん)さんの『採用基準』と、瀧本哲史さんの『僕は君たちに武器を配りたい』、です。伊賀さんのブログに「最初に働く場所の選び方」という文章があって、私は入社式で必ずこれに触れます。そこには、35歳でもいまだに「会社や上司から与えられた仕事をこなすことが自分の仕事であり、リスクのある新規プロジェクトに携わった経験もない」ような人は、いくら一流大学出身でもダメだ、とあります。一方には、35歳の時点ですでに、「自分が言い出したプロジェクトで失敗したり成功したりした経験を積んでいて、今の会社を辞めてもなにかしらで食べていける自信がある」ような人もいる。つまり35歳くらいで、圧倒的な差がついてしまうのです。また瀧本さんはベンチャーキャリアについて、「(一流大卒などの)ハイスペックでも、自分の頭で考えないと『コモディティ人材』になってしまう」と言います。その人がいなくても代わりはいくらでもいる、というだけの存在です。仕事をするなら、代えの効かない『スペシャリティ』をめざさなければなりません。私は入社式で、自分で考えて自分で動ける「リーダーシップ」を磨いてほしい、と訴えます。自分の仕事の意味と価値を「生産性の概念」から捉えて、つねに「マーケット感覚」を持っていること。とにかく「自分の頭で考えるスキル」を身につけてほしい、と。こうしたことが20代で実践できるのが、ベンチャーなのです。私の会社にはこういうことが楽々とできる20代の社員がたくさんいます。いわゆる一流大企業の27歳と弊社の27歳の社員ではおそらく、「個」として比較にならないほどの差があります。

 

「ベンチャー」から「スタートアップ」へ

 

ベンチャー企業とは、新しい技術によって既存の大企業ではできない革新的なビジネスを展開する新興企業です。だからそれは昔からあるわけです。皆さんも知っている例としては、日本の戦後復興の時代(1940年代後半)に生まれたホンダやソニーがあります。1970年前後には、リクルート、ニトリ、キーエンス、日本マクドナルドなど。そのあとスクウェア・エニックス、スタジオジブリ、ビックカメラなどがつづき、1990年代から2000年代にはヤフージャパン、楽天、サイバーエージェント、ディーエヌエーなどがありました。メルカリなどが出てきた2013年くらいが第4次ベンチャーブームと呼ばれていて、2012年創業の弊社もこのグループにいます。いままでベンチャーという言葉を使ってきましたが、実はいまは「スタートアップ」という言葉が使われるようになっています。そして、私の時代には考えられませんでしたが、例えば東京大学の大学院卒のIT人材で、日立製作所やソニーよりもスタートアップ企業をめざす人が多い、ということが現実になっています。彼らの多くは時代の潮流と自分の技能を見定めて、大企業で安定した仕事人生をおくるのではなく、自分の力で未知のことに挑戦してやろうと気概を持っています。これを裏づけるように、スタートアップが大型の資金調達に成功するようになりました(弊社もそうです)。経産省など、今は国をあげてスタートアップを重視していこうとしています。そうしなければ日本経済はますます停滞するばかりだからです。私が三菱商事を辞めてスタートアップに飛び込んだときに比べて、こうした新興企業の給料は、いまははるかに良くなっています。

 

この20年の世界潮流に乗り遅れた日本経済

 

この20年くらいのインターネットビジネスの歩みを振り返ってみましょう。私が商大に入学した1999年は、高速デジタルデータ通信技術のADSLが登場したころ(皆さんはおそらくわからない世界でしょう)。2000年にはGoogleAmazonが日本でもサービスを開始しました。2003年には家庭向けの光回線が登場。2006年にはディー・エヌ・エーのモバゲーのサービスがスタート。スマホが登場する前、このころのインターネットの人口普及率は72%くらいです。Youtubeが日本語版サービスを始めたのが2007年で、2008年は日本でiPhone販売開始。FacebookTwitterが日本語版を立ち上げたのもこの2008年です。2011年にLineがはじまり、2013年メルカリ、2014年にInstagramの日本語版サービス開始。2016年には楽天がドローン配送(そら楽)をスタート。皆さんは24時間インターネットが使える環境に当たり前のようにいますが、私が商大生のときそれができるのは、大学の情報処理センターの中だけでした。この20年で、インターネットの世界はどれほどの変化をしたことでしょう。日本の企業はまさに、この変化に完全に乗り遅れてしまって、世界で勝てなくなりました。GAFAと言いますが、例えばYouTubeGoogleのサービスですし、Instagramを提供しているのはFaceookです。Amazonにしても、単にeコマースだけではなく、クラウドサービスの分野でも世界一のシェアをもっています。皆さんが知らないところでもこうした寡占企業は世界の日常のすみずみにビジネスの根を張りめぐらせているのです。そしていま、次のFacebook、次のAmazonをめざして世界中でたくさんのスタートアップが切磋琢磨しています。もちろん弊社もそのひとつです。ひと口にIT産業といっても、大きくふたつの分野に分かれます。情報サービス業と、インターネットに付随するサービス業。前者は官公庁や金融などのシステムを開発するシステムインテグレーター(SI)。後者はいわゆるコンテンツサービスで、市場規模でいえば、国内の2016年の数字で情報サービス業は全体で18720億円。インターネット付随サービス業は34180億円。まるで規模が違います。日本のIT産業は、NTTデータさんなど、SI、システム開発会社が大部分を占めているのです。そして日本の大企業は、こうしたところにシステム開発を外注します。一方でGAFAなどは社内に優秀な技術者がいて、システムは自社開発するのが原則です。日本では優秀なIT人材が、製造業や小売業には少ない。私は、各企業でこうした人材の育成が急務だと思っています。

 

リアル産業とITサービスの融合

 

この話に繋がっていきますが、これからのIT業界の展望として、「リアル産業とITサービスの融合」は必然です。例えば小売業や広告業などには多くの方の目に見える形でIT技術やAI技術が浸透しています。これからはすべての業界でこれがいっそう進みます。広告ビジネスの世界では、広告費総額で2019年度、ついにインターネット広告がテレビ広告を抜きました。新聞、雑誌、ラジオ、テレビの4媒体はみな前年比割れが続いていて、ネット広告だけが伸び続けています。広告媒体は、この20年くらいで本当に劇的に変わったのです。小売りの世界では、日本のEC市場は毎年右肩上がりで昨年には10兆円を突破しました、でも日本のEC化率は6%くらいで、アメリカの15%、中国の30%とはまだ開きがあります。アメリカや中国は国土が広いのでeコマースへの依存が強い、という側面もあるでしょう。札幌には「北の達人コーポレーション」さんという、eコマースで注目される上場企業もありますね。ネットの市場にはまだまだ伸びしろがあります。ゲームに代表されるスマホビジネスはどうでしょう。スマホゲームはすでに2016年の段階で国内で1兆円市場となり、いまでは家庭用ゲーム機の4倍です。いつでもどこでもというスマホならではの遊びやすさが人気を博して、日本のスマホゲームユーザーはいまや3700万人。国民的なものです。これもこの10年で急速に変わった世界でしょう。このように、自分はIT業界には興味がないと思っている人でも、すべての業界はIT化の流れと無縁では決していられません。その流れはいまどのように進み、拡張されているでしょうか。端的に言えば、BtoC(企業・消費者取引)からBtoBという流れです。産業界では、まず第一フェーズとして、「IT利用による業務プロセスの強化」の時代がありました。紙の帳票をなくして効率化を図る、という段階。第二フェーズでは、「ITによる業務の置き換え」。ソフトウェアやロボットに仕事を代替させて自動化を進めようという段階です。そしていまは第三のフェーズ。「業務とITがシームレスなる」段階です。ITと人間が適材適所で役割分担をします。この段階がつまり「DX」、デジタルトランスフォーメーション。小売りや広告の世界では個人ユーザーのデジタル化がずいぶん進みました。しかしビジネスの現場では、いまだに紙とFAX、はんこが不可欠で、これは日本の大企業に顕著です。ここをどう進化させていくか。IT企業じゃなくても、すべての企業にとってDX化は必然です。そして弊社は、第三フェーズである「DXを産業界で促進させるBtoBの会社」なのです。

 

何のために起業したのか

 

さてこれからは、就活でスタートアップ(ベンチャー)企業を選択肢に入れたいと考える人に、気をつけてほしいことをアドバイスします。第一に、導入期、成長期、成熟期など、企業の歩みにはいろいろな段階がありますが、その会社がどんなステージにあるのか。そしてその企業が属する分野の時代的な位置づけ。つまり未来に向いた成長産業か、右肩下がっていくような衰退産業なのか。そして、経営理念をしっかり見すえましょう。経営理念には、ビジョン、ミッション、バリューという3つの要素があります。3つ目は、誰を顧客に、何を提供している会社か。調べてみると、例えば小売りの会社だと思っていたところが、実は卸売りで利益を上げていたりします。企業活動の軸をしっかり理解しましょう。4つ目は、その企業が持っている強み、競争優位性は何か。5つ目は、どうやって収益を上げているか。最後に、どんな人がどんなふうに働いているか。企業のカルチャーですね弊社(株)ユニラボは、BtoBのマッチングサービス「アイミツ」を運営しています。これは「マッチングプラットフォーム」という事業形態です。例えば商大が教室で使うプロジェクターを新調したいとします。どこから買うのがベストでしょうか。「アイミツ」は、あるモノやサービスがほしいと考える企業に、その製品や商品が簡単に比較選定できる場を提供するのです。婚活や就活、住まい探し、飲食などBtoCではたくさんのマッチングアプリがありますが、あれの企業ビジネス版だと考えてください。この分野のBtoB商品はまだ少なく、私たちはこの分野のナンバーワンをめざしています。私たちの事業ドメイン(領域)を俯瞰すると、この受発注のほかにも、人事や会計、営業、マーケティング、法務、製造、技術、M&Aなどなど、企業経営を構成する広大な課題群と、DX(デジタル・トランスフォーメーション・IT技術やAI技術)を掛け合わせる領域が見えてきます。ある企業(発注者)がホームページを立ち上げたいとか、経理をアウトソーシングしたいと考えても、現状ではどの業者が良いのかが分かりづらく、代理店や下請け構造もあって、価格も不透明です。また受注企業側にとっては、それがスポットの仕事だとしても次につながってある程度の単価も見込めるため、優良顧客と出会う機会をなんとか増やしたいと考えます。弊社は両者のあいだに正しいビジネスマッチングをかなえます。経営理念には、ミッション、ビジョン、バリューという3つの要素があると言いました。弊社のビジョンは、「受発注を変革するインフラを創る」こと。ミッションは、「あらゆる発注を 『便利』へとつないでいく」こと。そして大切にする価値、バリューは、「顧客の成功のために、顧客とまっすぐ向き合う」ことです。私は、20代から一貫して中小企業の支援を志してきました。日本には400万社くらいの会社があり、その99%が中小企業です。しかもその6割が赤字だといわれます。また東京とそれ以外の地域(地方)では、生産性、求人、消費性向、進学率など、さまざまな面で大きな格差があります。地方の主役はいうまでもなく、中小企業です。東京でも、失われた30年のあいだに世界の先頭グループから離されているのですから、地方の疲弊はさらにあまりにも深刻です。私は小樽で暮らしていた時代から、「地方」と「中小企業」の現実を体感しながら、課題解決のために貢献したいと考えていました。ですからいまやっていることは、商大時代の自分が描いた未来なのです。DXの時代のITによって、弊社は中小企業を支援します。皆さんは就活でトップの方と話ができたなら、「御社はなんのためにこの事業に取り組んでいるのですか?」、と聞いてみてください。私なら、いま言ったように答えるでしょう。年を追って人口が減っていく日本では、当然、労働人口も縮小していきます。生産性を高めなければ、成長はおろか、経済規模を維持できません。しかし現実は、日本の労働生産性は先進国の中では見事に最下位。ITによって生産性を革命的に高めていかなければなりません。弊社にはさまざまな若者が刺激し合いながら、強い意欲を持って働いています。ぜひホームページをのぞいてみてください。経営のバリューに「まっすぐ」というフレーズがあることにふれましたが、弊社は仕事と社員ひとりひとりに対しても「まっすぐ」な姿勢を大切にしています。3年前には、私の第二のふるさとである小樽に社員旅行をして、寿司店を借り切って楽しい時間をすごしました。コロナ禍で、そうしたこともかなわなくなっているのが残念で、今日の講義も本来なら母校に行って行いたかったのですが、東京からのリモートになってしまいました。(株)ユニラボのカルチャーも、本来は社員同士も密な関係で仕事をするのですが、今日出社しているのは私を入れて3人ほどです。

 

「起業家的な生き方」を考えてほしい

 

皆さんにお伝えしたかったことを最後にまとめます。私は皆さんに、実際に起業するかどうかは別にして、社会人には「起業家的な生き方」という選択肢がある、と気づいてほしいのです。つまり自分の人生を自分でデザインして、自分で経営してみる。あるいは、人生をロールプレイングゲームのように、知的に、そしてダイナミックに楽しんでみる。この変化の激しい時代には、10年先のことは誰もわかりません。一方で、大学を出てからの10年間が勝負だと思います。その時間で何を経験して、何を身につけられるか。そこを真剣に考えてください。成長するためには、インプットしたことをアウトプットできる場が必要です。本を読み、大学の講義を一生懸命学んで良い成績をもらっても、それだけでは物足りない。なんといっても実践に価値があります。実践を繰り返せば、学んだことを再現できる力がつきます。私は商大時代に、ゼミで小樽や札幌の企業を相手にいろいろなプレゼンテーションを行いました。インプットしたものを、自分なりに繰り返しアウトプットしたのです。皆さんが卒業後に立つことになる仕事の現場は、まさにそういう場です。「起業家的な生き方」とは、「自分の人生を自分で決める」こと。大学に入るまでは、ご両親や世間の意思に影響されたこともあるでしょう。でも社会人になれば、どこに住んでどんな仕事をするか、どんな人生をおくるかは、すべて自分の意志で決めましょう。人生はとても長い時間です。そこを生き抜くためには、自分の人生を自分で決めていく力が必要です。そのために学び続け、成長しつづけなければなりません。それはとても楽しいことだと思います。IT業界への就活のことなど、リクエストがあれば私は皆さんの相談にお答えします。今日の講義や進路のことなど、何か私と話したいことがあれば、連絡をください。私は、どんなときも後輩を応援できる先輩でありたいと願っています。

 

 

<栗山 規夫さんへの質問>担当教員より

 

Q 商大時代に熱中したこと、記憶に強く残るエピソードなどを教えていただけますか?

 

A やはり酒井弘一ゼミで鍛えられたことです。良書を毎週一冊読んでレポートを書くなど、最初からハードルが高くて、さらに小樽や札幌の企業の問題解決のプロジェクトがあり、インプットとアウトプットの両方をものすごくハードに求められました。セキュリティやいろんな面で今では難しいのでしょうが、仲間たちとゼミ室に泊まることも珍しくありませんでした。仲間同士で刺激し合って励まし合った時間は、「辛(つら)楽しい」日々であり、そこまで付き合ったから、40歳になったいまでもその関係は続いています。

 

Q 三菱商事で働いた日々で、どんなことを得ましたか?

 

A 大企業でしか見えない、社会のいろんな景色が見えたと思います。結果的にベンチャーに行くにしても、そのためのパスをそこで得ました。いまベンチャーをめざす人はおそらく、大企業経由のそうしたパスはもう要らないわけですが。仕事が楽しくなかったと言いましたが、いわば出番がないから当然ですね。もっと自分の出番を作れる環境がないだろうか、という気づきをくれたのも、大企業にいたからだと思います。私は当時も今も、「キャリアの初速」が大事だと思っています。人生の中で、はじめて仕事をする1年目がほんとうに大事だと思います。

 

Q 始まったばかりの栗山さんの40代は、上場をめざす、経営者としての新たなフェーズにあると思います。ご自身の40代とその先をどのように構想していますか?

 

A 何かを必死に学ぶのは、20代、30代までだと思います。もちろん学びはその後も続きますが、40代では、学んだことによって社会に何かの価値をもたらしていくことを考えなければ、と思っています。自分はようやくそのフェーズに入ったのだ、と考えています。40代が終わった先は、具体的にはまだ考えられない、というのが正直なところです。

 

Q DXの潮流の中で、栗山さんの会社は可能性豊かな未来を見すえていることがわかりました。ここまで全て順調に来たのでしょうか、それともやはり苦しい時期もあったのでしょうか?

 

A もちろん、苦しいことの方が多かったくらいです(笑)。端的に言えば「人」と「金」の問題です。これはベンチャー「あるある」ですが、会社が成長して、社員が30人、50人、100人になるときに、たいてい壁が立ちはだかります。弊社でも社員が30名くらいになったとき、立ち上げからいっしょに頑張ってきた仲間が何人も去って行きました。信頼するメンバーの離脱は、とても辛いものです。社員が30名くらいの規模なら、社長はオールラウンドプレーヤーでいられます。しかしそれ以上に会社が成長すると、人事、営業、マーケティングなど、しっかりした分業体制を敷かなければなりません。これは今も日々悩み、学んでいることです。また資金繰りに苦労する局面では、トップとして悩み、苦しみます。幸い昨年資金調達に成功して、当面はその苦しみを味わうことがなさそうなのですが。

 

<栗山 規夫さんへの質問>学生より

 

Q 就活のとき、最初からベンチャー企業をめざす、という選択肢はなかったのでしょうか?

 

A 時代が違うのです。世の中に、新卒でベンチャーに行くというカルチャーはありませんでしたし、求人もありませんでしたね。三菱商事で仕事をはじめてビジネスの世界が見えてきたときに初めて、自分が進路を間違ったことと、ベンチャー企業という選択肢があるんだ、ということがわかったのです。

 

Q 卒業すると誰でも何の疑問もなく就職をすることに、自分としては納得しきれないのです。このレールしかないのかな、と。卒業したらギャップイヤーを作って世界を旅することも良いな、と考えているのですが、それではダメでしょうか?

 

A それぞれの人生ですから、私が良い悪いを判断することはもちろんできません。でも私としては、こう思います。仕事は人生を左右するとても重要なものです。そして、仕事の基盤を作る上で20代はとても大切で、その上に結婚や家族があるでしょう。ギャップイヤーのモラトリアムは、社会人としての経験をしてからの方が価値があるのではないでしょうか。その方がお金の余裕も少しあるでしょうし。また、仕事をしながらいろんなこともできます。仕事をゼロか100かで考えない方が良いのではないでしょうか。

 

Q 好きなことを仕事にするな、と言います。趣味など、自分の好きなことと仕事の折り合いについてどうお考えですか?

 

A いくらサッカーが好きでもふつうはプロ選手にはまずなれません。好きなことと仕事が完全にイコールになればこの上なく幸福でしょうけれど、そうはいかない。ではどう考えるべきか—。Will・Can・Mustのフレームで考えれば良いと思います。つまり「したいこと」、「できること」、「するべきこと」の3つの輪を描いて、その重なりを大きくするように行動する。まず「Can・できること」の輪を大きくすれば、自ずからやりたいことが広がってくると思います。

 

Q 栗山さんが求める人材像を教えてください。とくに重要視するスキルはなんでしょうか?

 

A 新卒者で考えると、即戦力を求めるキャリア採用ではないので、スキルより「Will(したいこと)」を重視します。仕事によってどんな人生を送りたいのか。その考えを聞いてみたい。あなたはそのためにどんなふうに仕事と取り組みたいのですか、と。スキルよりもマインドを問いたいと思います。

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