黒澤清編集代表『会計学辞典』東洋経済新報社,1982年。
新銀行は船出から荒波をかぶった。開業の翌年,三井組と並ぶ銀行の大株主で多額の信用貸しがあった小野組が破たんした。小野組危うしの情報をいち早くつかんだ渋沢栄一総監役の機敏な対応や,小野組が進んで抵当を差し出したこともあり何とか危機を乗り切る。この事態に紙幣寮(大蔵省銀行局の前身)が急きょ銀行検査をしている。
日本で最初の銀行検査は紙幣寮のお雇い英国人のアーランッシャンドが担当した。その検査報告書の一節に「政府ハ銀行ノ勘定ノ虚算ヲ許ス事素ヨリアルベカラズ。正シキ実際ヲ公告スルハ銀行ノ信用ヲ増スルノ利アル事ナリ。若シ虚算ヲシテ差引残高表及ビ諸簿冊中ニ加入スルヲ得セシメバ,到底銀行の信用ヲ棄損スルノ患アルベシ。」
以上は「(旧)第一銀行史」で知った。第一勧銀の総会屋への利益提供は窓口の総務部だけでなく融資ッ審査部門も関与した「銀行ぐるみ」の疑いが強まり東京地検の捜査が一段階進んだ昨日,五十四歳の新頭取が決まった。新経営陣は創業的出直しをしてほしい。後世の史家に,金融ビッグバンとはビッグバンク(大銀行)の自爆のこと,などと注釈されないためにも。
『日本経済新聞』「春秋」1997年6月11日より