1. 複式簿記の生成


 現在においても企業会計の基本的計算構造は複式簿記である。したがって、企業会計は複式簿記の直系の子孫である。優れた会計史家そして会計理論家であるリトルトン(A. C. Littleton)は、会計の発展は、複式簿記がもつ潜在的可能性を、時代と社会の要請に応じて、再発見してきた歴史であると指摘している。

LIttleton, A. C.,"Accounting Rediscovered," The Accounting Review, Vol.33, No.1(April, 1958), pp. 246-253.


 では、複式簿記の起源はいつ、どこに求められるのだろうか。これには古代ローマ起源説と中世北イタリア説とがある。

 古代ローマ説は、貴族と彼の富を高利貸しとして運用する奴隷との関係から複式記入が生成されたと考える。しかし、この説は複式簿記における資本と利益との関係を説明できないこと、また明確な資料的裏付けが無いことなどから、あまり支持されていない。

 中世北イタリア説は、中世の地中海貿易の中心地であったベニスやフィレンツェなど北部イタリアの都市で、複式簿記が発展してきたとする説である。この説は商業の発展から簿記の発展を説明することができ、また資料的裏付けも豊富なことから、今日では一般的な説となっている。

 とりわけ当時の著名な数学者であったルカ・パチオリが、1494年に活版印刷術によって出版した数学書のなかでベニス式簿記の紹介と解説をし、それが広く普及した。ヨーロッパ各国にも翻訳紹介され、複式簿記の普及に大きな貢献をした。 そのためルカ・パチオリは「会計の父」とも称される。