谷津の穴


平成18年度 監督兼ヘッドコーチ報告
監督兼ヘッドコーチ 谷津法彦(平成5年卒)



 平成18年の商大ボート部の目標は「インカレベスト8進出」「北大戦勝利」と決まった。しかしいよいよ我が部も部員減少に歯止めを賭けることが出来ず、今年はエイトを組める人数が揃わない。今現在故障でリハビリに回っているものも含めて漕手は6名。出漕する種目について話し合ったが、レースで勝ちに行くなら冬の段階から目指すものがはっきりしていなくてはならないという現役の意向もあったので、インカレ対校には2×(ダブルスカル)をおくことになった。要はその2つのシートを6名で争ってもらう訳である。そこで11月の茨戸最後の合宿の日に昨年のインカレでベスト8以上に進んだ2×クルーのレースでの各クオーター毎のタイムカーブと自分達のそれとを折れ線グラフに書き出して比較。そうすると明らかに相違点が現れた。

☆ベスト8クラスのクルーと商大クルーとの違い☆

@「全力で飛び出すスタート(最初の500m)で既に遅れをとっている」

A「第2、第3クオーターでまた更に落ち幅が大きい」

わざわざ書き出すまでもなく分かっていなくてはならないことだが、部員にとって見た目の差として提示した意味は大きかったと思う。結局は折れ線グラフ全体をぐっと上に上げなければならないことで認識を統一した。そこからトレーニングの方針を導き出した。

☆トレーニング方針☆

[T]「1本で進む距離(DPS=Distance Per Stroke)にこだわり、トップスピードを上げる」

[U]「ユーティリゼーションは長さよりも水中の強さを追求する」


また昨年故障者に泣かされた反省も踏まえて、

[V]「叩いても壊れない頑丈なアスリートになる」

以上3点。
 なんだ当たり前じゃないかという声が聞こえてきそうだが、この基本の徹底しか王道は無いと思う。はっきり言って今までも言ってきたことであり、全く目新しいことをやるつもりもない。ただやり方を変える。今年からコーチ側でトレーニング方針や練習メニューを提示する昔のスタイルに(現役の意向もあって)戻してもらうことになった。昨年度までの選手の自主性、自発性はそのままに自分からは客観的な立場から必要なことを遠慮なくやらせてもらう。

☆コンセプト☆

「練習の為の練習でなくレースの為の練習をする。」

 これも現役の時に言われたぞという人もいるだろう。懲りずにまた掲げさせてもらいます。
 これに関しては今自分が部に対して最も不満を感じる点である。つまりはエルゴにしろマシーン、フリーウエイト等の筋トレにしろ、レースに役立てようと思ったらそんなやり方するか?と感じずにいられないペースでやっている時がある。特に冬場はそうだ。必死で漕ぎ続けるレースでのテンションに遠く及ばない、ただこなしているだけの練習をしている時がある。これでは週に何回スタンバイを設けようが同じことである。
 それを解消する為に、例えばエルゴなら同じくらいのレベルの漕手と並べて競争する他に、ユーティリゼーション(つまりロング)をやるのでも初めに長さありきではなく、とにかく水中を全力で漕ぐことを前提とし、追々その強さで漕げる長さを増やしていくというやり方を取り入れる。ユーティリゼーションに関してはローイング関連の文献には必ずレートも強度も低くて心拍数もある程度抑えて長時間という風に載っているものだが、例えば慶応前監督の飯室さんは「ユーティリゼーションはレースと同じ強さで漕がなければ無意味。ただシートのスピードを上げるだけでレースレートになるように常に強く漕ぐことが重要」、また全日本ナショナルチームのヘッドコーチ大林さんは「よくユーティリゼーションの強度を最大心拍数から計算することがあるが、最大HRが240を越えてしまうような人もざらにいる。そういう人ならHR180くらいでも漕ぎ続ける。だからあまり気にせずにそれぞれが全力で、弛み無く漕ぎ続けられる範囲で漕ぎ続けて徐々にその距離を伸ばしていけばいい。」、臨時コーチとしてお招きしたことのある古川・桑野造船社長も「ユーティリゼーションは強く漕ぐべきであると確信する。・・・・常に艇を強く押し続けているか、その気付きが大切である。・・・・相対的な強度はレートを下げればいい。逆にシートを上げれば明日にでもレースに出られるという状態を目指してトレーニングする」、日本を代表するトップスカラー武田大作氏は「とにかくスピードを上げることが最重要課題。強く漕ぐことで距離は長くは漕げない、長く漕ごうと思えば強くは漕げない。どちらが大事かといえば短くてもいいから強く漕ぐこと。その時々の最高スピードを出すことを考える」、また我が部のアドバイザーである中央大学OBの小林さんもユーティリゼーションで求められるのは「正確なフォームと力強い水中」とおっしゃっている。つまり有識者はマニュアル通りのカテゴリー区分を踏襲していない。しかしそれもレースに必要なものは何かということが出発点になっているのなら自然な考え方であろう。頭が真っ白になるまでがむしゃらに漕ぐのがレースではないか。そこに近づく練習をしないとレースでも出来ない。だから練習でうまく漕げていてもいざ2,000mのトライアルになるといつも通りの漕ぎをしようとしても出来ず、玉砕してしまう者が後を絶たない。普段の練習とレース及びトライアルとのギャップを埋める為の意識改革(改革というより原点回帰なのだが)が強く求めていきたい。
 技術的なアプローチについてはここ1,2年で自分の中に大きな蓄えが出来たように思う。上に名前をあげた方々から直接お話しを伺うことが出来たのが何より大きい。思い切り簡単に言えば「艇のスピードを求める」ただその一点。つまり体の使い方でもブレードの動かし方でもなく艇の動きやスピードを感じてそれを変える為にどうすべきか考え実行する。目的を履き違えるなということだ。自分がこれは避けたいと思うのが一つは漕手が技術論に逃げること。力を出し切らない漕手というのは得てして技術の話をしたがる。タイムが出ないのを瑣末な技術論で煙に巻こうする。ドライブで力を出し切らずにハンズの出がどうとかボディセットがどうとか、本末転倒な議論をしたがる。もう一つは練習といえばメニューを消化するだけで何の工夫も創造性も漕手が持たないこと。言わずもがな何の為に練習するのかというと艇を少しでも速くする為である。ここをもう少しこう変えてみようか、とかこんな癖を引きずってたらどんなに体力付けても艇は速くならないぞ、とかいう部分を放っておいてただ何分何セットということにしか気が回らないようでは、体力はある程度伸びても肝心の艇は速くならないままという事も有り得る。この2点、一見相反することのようだが要は漕手側が何の為に練習するのかきちんと把握し、覚悟を決めて臨んでいるかどうかだけの問題なのだ。その根底にあるのは「勝ちたい」という欲求であり、更に大事なのが「速くなるのが楽しい」という感覚であると考える。どんなハードな局面でもこの「速くなると楽しいでしょ?」と問い続けることだけは忘れたくない。試乗会で初めてナックルに乗った時、初めてエルゴのハンドルを引っ張った時、上手には漕げなくても力いっぱい漕いだ時に感じたスピード、水の上を滑る感覚、それを忘れてしまったらおしまいである。
 自分から現役に与えたコンセプト、というかスローガンはもう2つある。一つは

「出来ないことを出来るようにする為に、今出来ることを完璧にやろう」

例えばこの文書を書いている12月は完全に低いレート(18〜22)に絞って全力で漕いでもらっている。というと恐らく60分前後のステディのロング漕を想像されるかも知れないが、はっきり言って今の漕手達では60分間まったくたるむことなく漕ぎをコントロールしながら漕ぎ切れる者は(5年目の細川を除いて)いないと言っていい。なので例えば12km漕でも4,000m×3に区切って、その代わり区切らないでステディで漕いでいるであろう他の大学の連中より強い水中を漕いでやろう、といった具合に進めている。そこから時間をかけて強く漕げる長さを増やしていく、というのは先に書いた通りの方針である。出来ないことに無理にチャレンジしてもそれなりの充実感は残るだろうが、自分は少しでもいいから確かな成果が欲しい。これをやったからこうなったという積み重ね、こうやって成功体験を繰り返すことが王道だと思う。もう一つは、

「ベストを出すことよりも大事なことはベストを尽くすこと」

例えば上のメニューで言えばレートは22が上限。4,000mくらいなら20台後半でも漕げる者もいるが、22上限にしているのは理由があって、テクニックをしっかり確かめつつ全力で漕いで一本で進む距離を伸ばしていく為である。レースが近づいてレートが上がってきた時に最大の有効レンジ、落ち着いたフォワードと強いドライブとの協調したリズム、真っすぐ押せるところまでしっかり押す、といったことが生かせるようにする為である。それこそ「シートのスピードを速くするだけでレースレートになる」という状態を目指している。エルゴのベスト記録を狙うだけならレートの上限など設けないでガンガン上げた方がいい。でも夏に最高の艇速を出す為に計画的に信念をもってやっているのだから、与えられた条件でベストを「尽くす」ことを要求している。また冬場はマシーン、フリーウエイト、サーキットなどの筋力トレーニングも平行して行っている。当然体にダメージを与えるものだから、疲労と回復が交互にやってくる。だからいつもベストの状態とは限らない。でも仮にコンディションが80%くらいに落ちてしまっている時でも、その時々でのベストを「尽くす」ことで、万全にコンディションが回復した際にもともと100%だったものが110%や120%に上がる可能性が高い。仮にその時ベストが出なくてもその状態なりのベストを尽くすことが次につながる。

☆出漕予定のレース☆
 この文書を書いている12月の段階ではまともに練習をこなせる漕手は3名、リハビリに回っていた者もやっと復活してトレーニングにも緊張感が戻ってきたような気がする。夏には対校ダブルスカルで目指すタイムは伏籠で7分をきること。まだ具体的なクルーのイメージが見えてはこないが、出られるレースにはなるべく速い段階から照準を絞って出漕していきたいと考えている。冒頭で書いたようにインカレと北大戦はメインとなるが、特にこだわっていきたいのが茨戸レガッタと全日本軽量級である。

茨戸レガッタ : 軽量級と重なったりしなければ全員出漕、全員が決勝進出、最低一組はメダルを取ることを目標とする。対校ダブルは当然金メダルを狙う。茨戸で勝てなくてどうやって全国をねらうのだ。まずホームコースで一番速いクルーになる。
全日本軽量級 : 皆体格が小さいというなら、この軽量級選手権は格好のターゲットにしなければならない。日本代表を初めとする実業団選手も大勢出てくるので順位を目標設定するのは正直難しいのだが、まず何としてでも準決勝に駒を進め、日本代表クルーもひしめく中でどこまでタイムと順位を付けられるかぶつかってこればいいと思うのである。やはり小さいなら小さいなりの戦い方を確立しなければいけない訳で、そういう意味では軽量級という大会は商大にとっては試金石とも言える。

☆新人勧誘について☆
 いろいろ書いてきたが、この新人勧誘を成功させないことにはレースで勝った負けた以前に部の存亡に関わる大変な状況である。これに関してはトレーナーの方で12月の段階で部員全員にアンケートを実施、戦略を練っている。自分が現役だった頃と違うのは部活動自体に加わろうとしない学生が増えており、勧誘しようにもコンタクトを取ることさえ覚束ないという点であろうか。しかしどんなに少数でもきっかけを与えれば花開く人材は必ずいるはずである。現役部員がボート部とボートの魅力をどれだけ端的に伝えられるかが重要である。もちろんその為には彼ら自身が魅力を感じていなければならないが。

☆スタッフについて☆
 4年目の堀川がもう一年大学に残って平日の上級生のコーチングにあたってくれることになった。なので今年はちょっと趣向を変えて上級生チームは堀川と私谷津が見ることとし、ジュニアコーチの野口には新人及びトレーナーの面倒を見てもらうことにした。理由はたとえ少数だったとしてもせっかく入ってくれた1年目を基礎からしっかり教え、ボートの厳しさと楽しさを伝えてあげて欲しかったのと、漕手経験の少ないトレーナーへのバックアップが必要と感じたからである。今年野口が新人育成のノウハウを持ってくれたら、来年以降また漕手経験の少ない者がトレーナーになっても(実際大いに考えられることである)十分にサポート出来る。よって平日は上級生には堀川、1年目にはトレーナーの藤崎と村松、週末にはそれぞれ谷津と野口がつくというスタイルとなる。
 もう一点、既にキラーホエールタイムスでも報告済みだが、今年から中央大学OBの小林眞樹さんがアドバイザーとしてわがボート部に関わってくださることになった。小林さんは84年に中央大入学、インカレエイトで優勝された他、同校の小艇のコーチとしても多くのメダルを獲得している。現在札幌勤務、ご自身北海道のご出身ということもあり何らかの手助けが出来れば、と快く依頼を引き受けて下さった。自分も勉強になることが多いし、小樽商大の小さな常識を破る為にも大き存在と言える。選手よりコーチの方が多いんじゃないかなどと陰口も聞こえてきそうな状況だが、それだけ一人の選手に対するケアは行き届かなくてはおかしい。エイト中心だった昔に比べれば細やかなコーチングが可能となる、これは逆に喜ばしいことだ。大いに生かしていきたい。

・最後に
 ここ数年全国的に高校生のレベルが上がっている。北海道でも石狩翔陽高校を初めとして(部員数は減っているものの)確かにハイレベルな戦いを通して元気なクルーが育っている。それに対して大学生のレベルが伸び悩んでいるそうだ。その原因は何か、と尋ねられた全日本ナショナルチーム・ヘッドコーチの大林さんはこう答えた。「大学生を見ていて感じるのは速くなりたい、勝ちたいという『本能』で漕いでいない。確かにみなきれいな漕ぎをしているが、きれいなだけで遅い。高校生はへたくそでもがむしゃらに全力で漕ぐよう教えられている、それがいつの間にか速くボートを進める合理的なスタイルになっている」ここ重大なヒントがある。真摯に受け止めなければならない真理がある。ボートに対する姿勢、目的、そこから変わっていかなくてはならない。