3年後


―11月1日(金)―
 チャーリーも自分も10分程寝坊してしまい慌てて車に飛び乗る。チャーリーは朝練習があるのだった。「急がせて申し訳ない」と詫びると“Don’t mind”を繰り返す。「それより河を見てみろ。今日は最高のコンディションだ」と言われる。この3週間モーターの上から見ていたチャールズ河を今日は車窓から眺める。チャールズ河もこれで見納めかと思うとちょっとやばくなった。別れを惜しんでくれているのか、運転中いつもかかっているラジオも今朝は切られたままだ。何を話せばいいのか決めあぐねていると、Logan Airport への方向を示す標識を通り越した。これは思ったより早く空港に着いてしまう。焦った自分は再会を約束するしかないと思った。天の助けか、3年後のrowing world championship世界選手権は日本で行われるのだ。「3年後の日本での大会で再会出来ると信じている」と言う。「コーチとして行くか行かないかは選手次第だ」とチャーリー。そりゃそうだ。その会話からユナイテッド航空の出発口に到着するまでものの5分くらいであった。チャーリー宅からわずか20分で着いた。スーツケースを降ろしトランクを閉めた後、車中で何度も繰り返した別れの言葉 をかみしめるように言った。「Thank you for your kindness and hospitality. I never forget」チャーリーは笑って何か言って(忘れちまった)自分を抱き締めてくれた。車に乗り込むチャーリーに最後に「Thank you very much」と言った。

 チャーリーのワンボックスは何事もなかった様に車の波に紛れていった。今日も彼は彼の選手の為にあの情熱あふれる献身的なコーチングを極寒のチャールズ河にとどろかせるだろう。ちょうど13年前初めて茨戸で会った時のように。そしてこれからもずっとそうに違いない。人間は生きているうちにどれだけ尊敬する人間と出会うことが出来るだろう?自分はその場に立ち尽くし人目もはばからず泣いた。しばらく涙が止まらなかった。自分がコーチになったこと自体ある意味この男の幻影を追いかけてきたようなものなのだ。それが今まで間違いでなかったこと、そしてこれからも彼を追いかけていくことが間違いであるはずがないという確信を得られたのだ。自分のコーチとしての過去・現在・未来とつながる階段を覆ってきたもやは一気に晴れた。

 彼のコーチングを受けたものなら皆きっと感じたであろう、人の奥底に潜むエネルギーを全開に引き出すあの不思議なパワーは幻どころか今も健在である。 

 
〜完〜