ティフ=ウッド、晩餐会



―10月18日(金)―

  チャーリーのLM4+を追いかける。水中フェザーになっている。恐らく引ききれとか言っている。指示はコックスに出している。「選手が理解していないぞ」とか言っている。NICE CHANGEとか言っている。ノンストレッチャーをやる。エルボーバックを強調。

 明日からのHead of the Charlesに向けて昼からハーバードの艇庫はごった返していた。ハーバードの艇やオールを借りる為にアメリカだけでなく他の国からも選手が来ているので、聞いたことのない言語であふれている。でもほとんどのクルーがBoat houseのローイングジャケットを着ている(ネームの字体も同じ)ので親近感が持てる。

  夕方は、モーターに乗らずにハーバードの船台から通り過ぎていく練習クルーを次から次へとビデオに収める。そうしている間に信じられないことが起こった。チャーリーがあの『栄光と狂気』で有名なティフ=ウッドを紹介してくれたのだ。グレッグ=ストーンと組んでオーバー50のダブルで出場するそうだ。日本のオアズパーソンで知らない者がいないだろうと思われるあの男が目の前にいる。チャーリーがそれをビデオに撮っている。なんと言っていいのやらわからない。後でティフの奥さんとも話をする。やはりRowerだったらしい。ティフの時と同じく、「ティフはあの本のおかげで日本でも有名なんだ」と伝える。原作本は良いが映画はがっかりとのこと。こればかりは洋の東西を問わないらしい。本の日本版タイトルを聞かれたので「Glorious and crazyだ」と教えると非常に感心していた。確かに言い得て妙だ。原題「The amateurs」もとても意味の深い良く出来たタイトルではあるが。

  興奮覚めやらぬ中、ハーバードディナーとやらに連れて行かれる。てっきり学生と自分とチャーリーとでどこかのレストランにでも晩メシを喰いに行くのかと思っていたら大間違いだった。スーツやネクタイを持参しなかったことをこれ程後悔するとは思わなかった。ガイドブックには正装が必要な所はほとんど無いと書いてあったはず。「地球の歩き方」編集部に文句をつけたいところだが、誰だって予想がつくはずがない。日本にいる間に教えて欲しかったなぁとも思ったがチャーリーも私とメールのやりとりをしている頃にはそこまで気が回らなかったのだろう。

  要するに晩餐会だったのだ。ハリーや学生までがブレザーに身を包み、艇庫から車で30分くらいかかる「HARVARD CLUB IN BOSTON」という建物に集結。中に入ってまずヤベ〜と心の中で叫んだ。100人以上はいるだろうと思われる紳士・淑女が軽食をつまみながら談笑している。どうやらコーチ、現役選手だけでなくいわゆるOB・OGも来ており、あちこちで旧交を深める場面に出くわす。そんな中でスェットにジーンズ姿の私は明らかに場違いな東洋の部外者だ。チャーリーの連れで無かったら即刻つまみ出されてもおかしくない状況だったので、娘のEMILYと一緒に離れないようチャーリーの後を必死に付いていく。するとしばらくして準備が出来たので集まれというアナウンス。メイン会場だと思っていたその部屋は実は単なる控え室だったのだ。深紅の絨毯が敷かれ、吹き抜けにシャンデリアがぶら下がっただだっ広い階段をディナールームへ向けて正装の男女がぞろぞろ下りていく様は完全に映画のワンシーンである。平凡な例えだがそれしか言いようがない。そしてディナールームへ。ルームといってももはや部屋なんてもんじゃない。ハリーポッターが魔法を習う学校の食堂が3倍くらいの広さになって窓が全く無い代わりに50mくらいの吹き抜けがあると思えばいい。伝統とか格式とか言うんでしょうか。J.F.K以外は知らない人ばかりだった肖像画の数々。おそらく一年間の結果発表の場でもあったのだろう。各コーチがスピーチ、選手が前に並び記念品を受け取る。選手もコーチに記念品を渡す。Henley royal regattaなどの名場面のビデオが上映される。司会者が「Well done Harvard!」と叫び場内から大拍手。当たり前だが負けてばかりのクラブならお話にならないレベルである。でも何でレースの前日なのか?OB・OGも集まるからかな。チャーリーがスピーチの中で今日は日本から来たオブザーバーを連れて来ていると私の事を紹介してくれた。あのハーバードクラブインボストンのディナールームにOtaru Shodaiの名が響き渡った瞬間は何とも言えない光栄を感じた。だから余計に正装でなかった事が悔やまれた。非常に貴重な体験をしたが、比べるものがあまりにもなくて皆には参考にならないかも。緑丘会館を思い浮かべられても逆に困る。知らない方がいい事もあるのだ。何でも知った気になってはならない。ひょっとしたらここにきていたハーバードの現役学生だって分かっていないのかも知れない。この晩餐会に出席して分かったこと、それは「我々の及びもつかない別世界がある」ということ。そしてそれのみが我々に新たな知性と真実をもたらす鍵なのである。などと仰々しい事の一つも言ってみたくなる雰囲気なのである。

  以前、ハーバードのホームページのコピーを見せてもらった時にチャーリーのことをFamily manと紹介していたが、全くその通りである。今日は長女のEmilyを連れて来ていた。子供を連れていたのはチャーリーだけだった。来年はEricを連れてくるのだろうか。